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2話 銀色の長い髪の嫋やかな姫

【エリー視点】


「と、いう訳で、今日はリックのおごりだ! かんぱーい!」

「か、かんぱーい……」

「かんぱーい……?」

「はぁ……。いいけどさ……かんぱーい」


 陽気な焦げ茶色の髪の男、クラッグが酒の入ったコップを揚々と掲げ乾杯の音頭を取った。クラッグの掲げたコップに3つのコップが戸惑いながらもぶつかり、キンという高い音が響いた。


 ここは王都の酒場であり、目の前のテーブルには所狭しと美味しそうな料理が並び、その香りが食欲をくすぐるのだが、今この食事会がどういう経緯で開かれているのかを知ると罪悪感から少し手が出し辛くなる。


「ほら、エリー、食え食え!今日の飯代はいくら食ってもタダなんだぞ!」


 ……焦げ茶色の髪の阿呆が何か言っている。


「ご、ごめんなさいね?リックさん。うちのバカが……」

「いやいや、いいよ、エリー君。遠慮はいらないから、たくさん食べてくれ」


 口元に苦笑がにじみながらも優しいことを言ってくれているのは、紅色の髪をしたリックさんだ。目鼻が整った甘い顔立ちをしており、思わず見惚れてしまう美しい容姿をしていた。


 そして何を隠そう、このリックさんは冒険者ギルドで最高位のランクを誇るSランクだ。数多の武功を残し、『紅髪の英雄』と敬われ恐れられている偉人なのだ。

 私たちのようなDランクの有象無象が気安く話しかけていいお人ではないのだ。


「いやー! 酒が美味いっ! いい気分だっ!」


 ……それなのにこの焦げ茶のバカは悪びれもせず、酒を一気にぐいと呷りコップを空にする。そしてお代わりを注文する。


「ほんと、ほんとすみません……。うちのバカが……」

「い、いや、ほんと気にしないで? エリー君は何も悪くないから……」


 勿論リックさんが僕たちに奢ってくれるようになった経緯はある。

 それは先日のレッドドラゴン戦だ。強力な魔物であるレッドドラゴンを倒したことによって商会から追加報酬が出た……のだが、実際に仕留めたクラッグにはほとんど支払われず、レッドドラゴンを倒したことになっているリックさんに大量の追加報酬が出た。


 まぁ、確かにDランクがレッドドラゴンを倒したなどと言っても信じて貰える筈はなく、それだったらSランクである有名なリックさんが倒したと言われた方がずっと信じられる話だ。


 と、いう訳でリックさんにも後ろめたさはあったようで僕たちに何か奢ってくれることにはなっていた。そのぐらいだったら、僕も罪悪感は覚えなかっただろう……。


 でも……、でもだ……。


「おい! そこの焦げ茶ぁっ! ちょっとは自重しろって! お前、もう4度もご飯奢って貰ってるんでしょうがぁっ!」

「えー」


 そう、このクラッグは1度だけじゃ飽き足らず、何度も英雄リックさんからご飯をたかっているのだ。しかも、お金が足りなくて買えなかった上着を奢らせて、なおご飯をたかっているのだ。


「いいか、エリー。お前は何も分かっていない。世間知らずだ。次の言葉をよく胸に刻め」

「な……、なんだよ……」

「人の金で飲む酒は上手い」

「このダメ人間っ! 人間失格! 人間失格!」


 この人間の屑っ!

 なんで僕、この人を相棒に選んでるんだろうっ!?


「というか、俺いまほとんど金ないから奢って貰えないと飯が食えねぇ」

「……仕事しなよ、クラッグ」

「レッドドラゴン倒した直後なんだから、ちょっと位休養してもいいだろ?リック?」


 ……確かに普通だったら、レッドドラゴンを倒せば5年は仕事せずに暮らせるだけの報奨金が出る筈なのだ。それが報奨金は出ず、しかも所持品全部燃やされたクラッグは不運としか言いようがない。

 あの戦いに出た人のほとんどは、傷が癒えず今もベットの上だ。でも、レッドドラゴン戦で得た報奨金によってお金には困っていない。

 ……クラッグには傷なんて見当たらないけど。


「お、お金に困ってるんですか? クラッグさん? わたしも報奨金かなり貰ったから、分けることは出来ますよ?」


 そんな申し出をしてくれたのはこのテーブルを囲うもう1人の女性、フィフィーさんだ。

 セミロングの少しくすんだ金色の髪を持ち、大きな杖とたくさんのマジックアイテムを身に纏っている彼女はリックさんの相棒でリックさんと並ぶSクラス冒険者だ。

 当然かなりの有名人であり、『魔導の鬼』という異名を持つ人だ。


「いやいや! フィフィーさん! この焦げ茶を甘やかしたりしたらダメですよっ! 寄生されますよ!?」

「失敬な。俺だってフィフィーにたかるのは、あ、あー……男としてのプライドが傷つくさ」

「プライドなんて欠片も無い男が何言ってんだよ」


 というか、さっきからなんでため口なんだよ。

 リックさんの事と言い、なんでDランクがSランクの英雄たちにそんな気易く出来るんだよ。僕だってちょっと緊張してるのに。


「とりあえずさ、すぐに王城でのパーティーもあるんだし、もうリックさんにたかるのはやめなよ、クラッグ。そこで事情を話せば当面の生活費や溶かされた装備代ぐらいは保証してくれるんじゃないの?」

「ん?」

「そうだね。レッドドラゴン討伐の祝賀会が開かれるなんて、国も気前がいいもんだね」

「んん?」

「王城でのパーティーなんて初めてです。今まで王城でのパーティーは位の高い貴族しか招待されていなかったので、冒険者を招くなんて異例らしいですよ?」

「んんん……?」


 そう。すぐ近いうちに、レッドドラゴンを討伐した慰安としてパーティーが王城で行われる。前にクラッグが言っていた通り、本来ならばレッドドラゴンを討伐するのは国の仕事のはずだったし、そこでなら今生活に困っているクラッグの報酬問題も何とかなるだろう。


 しかし、どうしたんだろう?さっきからクラッグの様子がおかしい。


「……なんだよ、クラッグ。さっきから変な声出して……」

「いや……、俺、それ、初耳なんだけど?」

「……え?」

「俺……、招待されてないんだけど……?」


 ……んん?


「え? いや、ボクが聞いた話だとレッドドラゴン戦に参加した人は皆招待されているみたいだけど? クラッグ?」

「いやいや、そんなこと言われても、ほんと俺その話聞いてないんだけど?」

「いやいやいやいや……」


 ちょっと待って、そんな筈はない。

 レッドドラゴン戦に参加した人は全員招待されているはずなんだけど……?


「エリーは城から誘い受けてんのか?」

「え? ……え? ぼ、僕……? う、うん……もちろん誘い受けてるけど……?」


 え? なんでこんなことになってるの? なんでクラッグ誘われてないの?


「なんでクラッグだけ誘われてないんだろうな?」

「そりゃ、リック……、俺がDランクで、男だからだろ?」

「あー……」

「えー……?」


 リックさんは納得したかのように小さく頷いている。嘘でしょ? まさか、本当にそんな理由で?


「それは……流石にあんまりな理由じゃないかなぁ? 国がそこまで露骨な真似するかなぁ……?」

「フィフィーは純粋だなぁ……。よし、いい子には飴を上げよう」

「あ、ありがとうございます? クラッグさん?」


 フィフィーさんが唐突に飴を貰って、少し困惑していた。……僕、クラッグから飴貰ったことないんだけど?


「と、いう訳で、だ、エリー。王城ではセクハラに気を付けろよ?」

「え? えぇ……?」

「だって同じDランクの女性が誘われて、男性が誘われてないってことはそういう事だろ。レッドドラゴン戦に参加したメンバーの中で俺とお前だけが極端にランクが低いんだ。絶対にカモだと思われてるから、ほんと気を付けろよ?」

「えー……」


 ほ、本当に信じられないんだけど、クラッグだけでなくリックさんまで心配そうに僕の事を見ている。え?本当なの?クラッグの与太話じゃなくて?世間知らずの僕だけど、本当にそんな危険があるの?


「心配なら俺の後ろに隠れてていいから。そんぐらいなら守ってやるよ」

「うぇ……? あ、うん……。あ、ありがと……」


 ありがと……。

 っていうか、クラッグ、今さらっと言ったけど、王族や貴族の権力を跳ね除ける自信があるの?


「というより、招待もされてないのに城の中入れるのか?」

「お前たちにくっついて入るさ、リック。で、それでも通さないっていうなら暴れてやるよ」

「やめてっ!?」


 それ大変なことになるからねっ!?


「ま、大切な相棒の貞操の為なら、少しぐらい無茶してやるさ」

「い、いやいや! いいから! 気持ちは嬉しいけど、いいからっ! 今更だけど、実は僕、用事があってパーティには参加できないからっ! ……だから大丈夫っ!」

「あれ? そうなのか?」


 良かった! 欠席扱いで良かった! この焦げ茶に暴れられたらたまらないっ!


「それは残念だねぇ? 王城のパーティーって、きっと凄い豪華だろうからね」

「う、うん……そうですね。僕の分まで楽しんでください、フィフィーさん」

「もしかして、また例の秘密の仕事か?」

「う、うん。そう、それ」

「なんだ。間が悪いなぁ。折角うまいもん食えるってのに、運が悪いな」

「クラッグって割と判断基準がご飯とお酒なとこあるよね?」

「秘密の仕事?」


 フィフィーさんが僕を見て小さく首を傾げていた。同じ女性の僕から見てもかわいい。


「そういう訳だから、2人は僕たちのこと気にせずパーティーを楽しんできてね?」

「あ、うん……」

「わかった、ありがとう、エリー君」


 さて、僕は僕の方で準備を進めないとな……。


「あ、リックさ、この『高級肉のステーキ』頼んでいいか? あと、酒おかわり」

「……お好きにどーぞー」


 ……ところで、このDランクの焦げ茶はさっきからなんで英雄様にこんなにも気易いのさ……。




* * * * *


【クラッグ視点】


「はーん! 王族なんて、なんぼのもんじゃーいっ!」

「……で? 結局なんで付いて来てるのさ?」


 日が沈み、一面が闇に覆われた美しい大通りの下で、まるで付いて来なかった方が良かったかのような言葉を英雄リック殿から頂いてしまった。


「いやさ……ここで俺が行かなかったらさ、なんか泣き寝入りして負けたような感じになっちまうだろ?」

「大人しくしていてくれよっ! 乱闘が起きるような要因がのこのこ付いて来ないでくれよっ! エリー君はとっても心配しているんだぞ!? 君が本当に暴れないか!」


 今日はレッドドラゴン討伐記念の宴が王城で行われる。

 嘗められているのか俺だけがこの宴に呼ばれていない様なのだが、全く、王族のやることというのはいちいち癇に障る。嘗められっ放しなのも癪だし、ピンポンダッシュぐらいの嫌がらせはしようかと思っている。


「でも……確かにクラッグさんがのけ者にされているのはわたしもどうかと思うよ? Dランクだから呼ばれないってのもおかしいし、何より本当にレッドドラゴンを討伐したのはクラッグさんなんだから」

「いやー、フィフィーは優しいなぁ……。よし、いい子には飴を上げよう」

「あ、はい。ありがとう」

「フィフィー、その男は甘やかしちゃダメなんだよ。ほんと、変なことはしないでくれよ? クラッグ? ダメって言われたら大人しく引き下がるんだぞ?」

「それは相手の態度次第さ」

「あー、もぅ……、やだあ……」


 なに、大したことはしないさ。ちょっと王国をからかうぐらいさ。星の見えない夜空の下で、英雄殿は情けなく肩を落として歩いていた。

 そして、すぐに大きくて豪華な王城の門の元へと辿りつく。


「お待ちしておりました。招待状をお出しください」

「ほう、お前、いい度胸じゃねーか?」

「やめろ! その人まだ普通の事しか言ってない!」


 門の元に立っていた執事の方に招待状の提示を促されると、リックがさっさと俺を羽交い絞めにして止めてきた。大丈夫、大丈夫だって、リック。そんなに暴れないさ。そんなには。


「……申し訳ありませんが、招待状をお持ちでない方は王城にお入れするわけにはいきません」

「ほほう、お前、よほど命が要らないと見えるなぁ?」

「すみません! すみません! このバカがすみません! すぐに連れて帰りますから!」


 リックが執事の方に謝っている。まぁ、俺もあまり調子に乗るのは止めて、ここいらで退くか。あまりやり過ぎたら本気で犯罪者になっちまう。


「じゃ、俺は今日のところは素直に帰らせて貰うから。2人は祭りを楽しんできてな」

「え!? クラッグが素直に帰るのか!? これは奇跡だ!」


 俺の言葉にリックが驚きの表情を浮かべていた。

 ……にゃろう、本気で暴れてもいいんだぞ?


 まぁ、でもそんな訳にもいかず、星の輝かない夜の空とは対照的に煌びやかに光る王城に背を向けて、その場から離れようとした。


「―――お待ちください」


 そんな時、人を拒む巨大な門の向こうから綺麗な声がした。


 まるでその声が封じられた世界の扉を開くように、鉄でできた巨大な門がゆっくりとゆっくりと開いていった。

 振り返って、思わず立ち止まってしまう。門の向こうには開けた広大な庭園と、王城まで続くよく手入れされた石畳が敷き詰められていた。


 そして、その石畳の上を1人の少女が歩いていた。


 城の明かりを受け綺麗に輝く長い銀髪。清らかに澄んだ湖のように純真な顔立ち。純白のドレスと髪飾りが彼女の嫋やかで楚々とした雰囲気をより一層際立たせている。その立ち姿だけで、穢れなき世界で穢れを知らず育った箱入り娘のような、そんな少し危うい印象さえ受けてしまう。


 思わず息を呑んだ。


「招待状の送致に不備があったと、話を伺っています」


 可憐な少女は小さくはにかんだ。


「初めまして、オーガス王国第四王女、イリスティナ・バウエル・ダム・オーガスと申します。以後、お見知りおきをお願いします」


 この国の姫様が俺たちを出迎えた。


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[気になる点] >まぁ、確かにDランクがレッドドラゴンを倒したなどと言っても信じて貰える筈はなく、それだったらSランクである有名なリックさんが倒したと言われた方がずっと信じられる話だ。 こんなことを…
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