129話 フランブベル
【イリス視点】
リックさんとルドルフが武器に膨大な魔力を載せ、前へと飛び出す。
リックさんは氷を纏わせた剣を、ルドルフは衝撃波を纏わせた槍を前に出し、その先端が衝突した。
強烈な緊張感が、それだけで肌をビリビリと刺激する。
これが最後の攻防になる。端から見てもそれが理解できた。
「はああああぁぁぁぁぁっ……!」
「だああああぁぁぁぁぁっ……!」
強力な魔力同士がぶつかり合い、まるで空間そのものが震えたかのような感覚を覚える。その2人の攻撃の余波だけで地面は抉り取られ、周囲の建物が粉々に崩壊していく。
2人は雄たけびを上げながら、その溢れんばかりの殺意を敵にぶつける。
「ぬわあああああぁぁぁぁぁっ……!」
2人が歯を食いしばって全力の攻撃を打ち込む中、その余波で消し飛ばされないよう僕も必死に自分に防御魔法を掛けまくっていた。
かなり距離を取っているにも関わらず、気を抜いたらなぜか僕が死ぬっ……!
絞り込まれた衝撃波と凝縮された氷がお互いを打ち砕かんと震える。恐ろしいまでの魔力の交錯は、それだけで2人の体を傷つけていく。
そして、その攻め合いに勝ったのはルドルフの槍だった。
「ぐぅっ……!?」
「はぁっ!」
リックさんの剣が弾かれ、押し込まれる。剣を右手から手放すようなことはなかったが、ルドルフの体に向かっていた剣の刺突が軌道を変え、上方向に弾かれる。
そしてそのままルドルフの槍の突進は進み、リックさんの右肩を貫いた。
「ぐうぅっ……!」
ルドルフの槍はいとも容易くリックさんの氷の鎧を貫き、彼の肩に大きな穴が空く。
剣との衝突により槍の軌道が少し変化し、リックさんの体の中央を刺し穿つことはなかったが、彼の肩を槍が貫通し、赤い血がボタボタと垂れる。
リックさんの右腕がぶるりと震え、その手に握られた剣に込められていた魔力が霧散する。
剣が威力を失い、リックさんの顔が歪む。
「終わりだっ!」
ルドルフが瞬時に槍を引き、2撃目を打ち込もうとする。剣との衝突により威力は激減していたが、その槍にはまだ魔力が残っており、衝撃波の威力が乗っている。
リックさんの剣と腕はまだ上方に弾かれており、態勢も崩れている。ルドルフの2撃目を防げる要素はなかった。
ルドルフの槍が走り、リックさんの腹に深く撃ち込まれる。
氷の分厚い鎧を砕き、リックさんの体がくの字に曲がる。間違いなく、ルドルフの槍がリックさんに刺さった。
「がばっ……!」
「リックさんっ!?」
「リックーっ……!」
遠方からフィフィーの悲痛な叫び声が聞こえてくる。
リックさんの目が大きく見開かれ、口から大量の血が零れだす。ルドルフが勝利の笑みを口元に浮かべる。
リックさんの『死』。
頭の中にその一文字が浮かぶ。
「……む?」
最初、気が付いたのはルドルフだった。
笑みを浮かべていた口元が歪み、眉がつり上がる。
「……え?」
僕も異変に気が付く。
リックさんはルドルフの渾身の一撃を喰らった。初撃で武器を撃ち合わせ、その威力が大きく相殺されたという点はあるが、彼は『領域外』の攻撃をもろに喰らったのだ。
なのに、体が貫かれていなかった。
ルドルフの槍がリックさんの体を貫通していない。槍がリックさんの腹で止まり、背中から生え出してこなかった。
「何故っ……!?」
「……ぐふっ」
リックさんが再度血を吐く。
しかしルドルフの槍の勢いは止まり、威力が死んだ。2人の体がその場で静止する。
「……まさかっ! まさかまさかっ……!」
「…………」
「まさか、お前っ……!」
ルドルフが驚愕の声を発する。目が大きく見開かれ、少しの恐怖が入り混じった声を絞り出す。
「リック! お前、胃の中を氷で満たしたのかっ……!?」
ルドルフの槍は確かにリックさんの腹に刺さっている。しかし、腹の内側で止まっている。
彼は胃の内側に超高濃度の氷を生成したのだ。
その胃の中の氷で、敵の槍を防御した。
「そんなっ……!? バカなのっ……!?」
つい自分の口からそんな言葉が漏れる。
確かに武器に魔力を集中させるより、自分の体に魔力を集中させる方が簡単である。体の中に流れる魔力を体の外に放出して留めるという工程が必要ないからだ。
だからって、胃の中に氷を満たし、胃で攻撃を受けるなんて、そんなバカな事あり得ない……!
僕たちが驚きで硬直する中、リックさんの目がかっと見開いた。
「……現れろ、フランブベル」
リックさんの氷の剣アルマスベルを持っていない方の手、空いている左腕の方からぼぅっと炎が漏れだした。
「……え?」
「炎?」
リックさんの左腕が突如燃え出し、その炎が一瞬のうちに凝縮されていく。
そして、1本の剣になった。
「なにっ?」
赤い刀身の美しい剣がリックさんの左手に握られる。その赤い剣からはゆらりと炎が漏れだしており、その炎の色はリックさんの紅色の髪とよく似ていて映えていた。
彼の右手には氷の青い剣アルマスベルが握られており、左手には正体不明の赤い剣が握られている。
僕たちは先程リックさんがぽつりと言った言葉を頭の中で反芻する。
「……フランブベル」
炎の魔剣、フランブベル。先程ルドルフがその存在を語っていた神器だ。
氷の剣アルマスベルと対を成す炎の剣フランブベル。二対一式の神器であり、2本揃ってこそ真価を発揮する剣だとルドルフは言っていた。
リックさんの実力ではアルマスベルとフランブベルの2本を同時に使いこなせる事は無いだろう、とルドルフが推察している。
そのフランブベルと思われる赤い魔剣がいつの間にかリックさんの手に握られている。
「……っ!」
リックさんの左腕から炎が漏れだしてからここまで1秒足らず。僕たちに状況を呑み込む暇などほとんどなく、そんな小さな隙にリックさんが剣を振るう。
両腕で青と赤の2本の剣を振る。ルドルフの槍はまだリックさんの腹に刺さっており、2人の距離はほとんど0のままだった。
ルドルフに、リックさんの攻撃を防ぐ手段などなかった。
「喰らえっ! ルドルフっ……!」
「……っ!」
リックさんが両手の剣を振るう。
ルドルフの槍が腹に刺さったまま、両腕を振り上げ、敵の袈裟に目掛けて剣を振り下ろす。右手の氷の剣は敵の左肩を裂き、左手の炎の剣は敵の右肩を裂き始める。
2本揃ってこそ真価を発揮する神器は、先程の超高濃度の魔力がこもった氷よりも強い魔力を迸らせながら、ルドルフの体を裂いていく。
ルドルフの顔が驚愕に包まれる。
氷の剣が肉を凍らせながら、炎の剣が炎を迸らせながら、敵の体にバツの字を描いていく。
「らああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
「……ああああぁぁぁっ!」
リックさんが雄たけびを上げ、そしてルドルフの体を引き裂いた。
ルドルフの体がバツの字に斬れ、4つに分解される。胸元を含めた頭、肩を含めた左腕、肩を含めた右腕、腹から下の下半身。その4つが切り離され、地面にぼとりと落ちる。
「…………」
「…………」
不意に静寂が訪れた。
目で見ているものをよく信じられない。勝利に対し疑心暗鬼になる。僕と、きっとフィフィーも、目を大きく丸くしながらその光景を眺めていただろう。
数秒が経過する。
しかし、ルドルフの体が動き出す気配はなかった。
「はぁっ……! はぁっ……!」
戦いの轟音が止み、静かになった世界の中でリックさんの荒い息遣いが目立つようになる。
彼は膝を折り、肘ごと右腕を地面に付けて、何とか倒れないよう体を支えていた。
リックさんが腹に刺さった槍を抜く。彼の腹は人間のものとは思えない程ボロボロで、肉は抉られ、脇腹には穴が空き、傷と呼ぶのもおこがましい、普通だったら即死してもおかしくないような傷だった。
「リックっ……!」
フィフィーが遠方から身を躍らせ、心配そうな声を上げながら彼の元へと駆け寄っていく。彼の体を支えながら、腹に手を当てすぐに回復魔法を行使していく。
肉体の損傷はすぐには回復しないが、それでもリックさんの苦しそうな顔が少し和らいでいく。
とんでもない事ではあるが、リックさんの生命力とフィフィーの魔術の力なら一命を取り留めるのだろう。
「ルドルフは……死んだ……んだよね?」
リックさんはフィフィーに任せ、僕は氷の双剣を構えながらゆっくりとルドルフに近づいていく。
まぁ、体が4つに分解されて尚生きている事なんてありえないだろうが……。
「……はは、まさか俺が敗れるとはね」
「うわあああぁぁぁっ……!? 喋ったあああぁぁぁぁっ……!?」
そのまさか。ほとんど頭だけに分かれたルドルフの口が動き、喋り出した。
飛び退いて氷の双剣に滅茶苦茶魔力を込めていく。
「まぁ、待て。落ち着いてくれ。俺はもう助からないよ。すぐに死ぬ」
「なななっ……!?」
ルドルフがゆっくりと喋る。
その状態で落ち着いて喋れることが信じられない。
僕は驚き慌てふためきながらリックさんの方を見ると、彼は小さくこくりと頷いた。リックさんが良いというのなら、良いのだろうけど……。
頭だけになっても喋るって時点で本当にこいつらは人間を辞めている。
「……フランブベルは君が隠し持っていたのか」
「……あぁ。魔力に変換して、体の中に隠し持っていた」
ルドルフは目だけを動かし、リックさんの目を見る。2人の視線が交錯し、そしてゆっくりと言葉を交わし始めた。
「元々、アルマスベルとフランブベルはボクとボクの親友2人で扱っていた剣だった。一方が氷の剣を持ち、一方が炎の剣を持って、二対一式の神器を何とか扱っていた……」
「リック……?」
傍で聞いていたフィフィーが首を傾げながらリックさんの方を見る。
どうしてだろう、2人は幼馴染であるのに、それはフィフィーの知らない話の様だった。
「でも最初に語った様に、その親友は『アルバトロスの盗賊団』に殺された……」
「……そうか」
ルドルフは小さくそう呟くだけだった。
「……ルドルフの言う通り、ボクに2つの神器を1人で扱う力はなかった。フランブベルを隠し持ちながら、いつか使えるように力を鍛えていた」
「……そして、今使えるようになったと」
「どこがだよ」
リックさんは自嘲気味に小さく笑う。
炎の剣を持つ彼の腕は燃えていた。腕の内側から炎が噴き出し、明らかに神器の制御に失敗していた。
フィフィーが固まったリックさんの指を動かし、フランブベルから手を離させる。
それでやっと彼の腕の炎が弱くなる。
腹も腕もボロボロで、リックさんは本当に満身創痍だった。
「いや、十分に使いこなしたさ。だって、この俺の体を斬り裂いたんだ」
「……ありがとう、ルドルフ」
そう言って、2人は微笑み合う。まるで模擬戦が終わった直後の武人の様な、疲れ切っているけど爽やかな笑みだった。
そこに恨みは感じられなかった。
「……じゃあ、そろそろ死ぬ」
「うん、お達者で」
そう最後の言葉を交わして、ルドルフは静かに目を閉じる。
そして、今度こそ本当に絶命した。
「…………」
「…………」
「リック……」
敵が死に、静まり返った戦場の中で、フィフィーが幼馴染の名前を呼ぶ。
彼女は戸惑っていた。眉を曲げ、愁いを帯びた目でリックさんの事を見ている。
きっと多分、フィフィーはその双剣の話を知らなかったのだろう。リックさんが炎の剣を隠し持っていることや、それが彼の親友の形見であることも。
何も言葉を紡げないことから察するに、その親友の名前も顔も知らないのだろう。
どうしてわたしが知らないのか、フィフィーの顔にそう書いてあった。
「……ごめん、フィフィー」
「リック……」
そこでリックさんの力が抜ける。肘をついて体を支えていたが、それも出来なくなり、彼の体が崩れ落ちそうになる。
フィフィーはリックさんの体を強く抱き締め、その体が倒れないよう介抱した。
「……いいよ、今は喋らなくていいから、ゆっくり休んで」
「……ごめん、フィフィー」
そう言って、リックさんは全身の力を抜き彼女の体にもたれかかる。
彼女の胸に頭を預けた。
「……フィフィー」
「…………」
「……フィフィー」
掠れる様な声でそう呟いていた。
彼の目から小さな涙が零れ落ちていた。
今日、リックさんは『領域外』を打倒した。
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!
次話『クラッグの戦い』は4日後 5/5 19時に投稿予定です。
そしてすみませんが、次の更新でまた少しお休みさせて頂こうと思うのですが、そんな中で少し質問です。
2,3ヶ月更新を休むより、不定期更新とする方が皆さんにとっては嬉しいのでしょうか?
どちらにしろ、2週間に1回とか、3週間に1回とか、その程度の更新になってしまうのですが……。
お休みか、不定期更新か、お手数ですがどっちが嬉しいのかお教えください。
すみませんが、よろしくお願いします。




