125話 復讐の時来たれり
【エリー視点】
「竜の大群のプレゼントだって……?」
拡声魔法によるバーハルヴァントの声に、一瞬自分の耳を疑った。
この都市の東の空には小さな影が大量に浮かんでいる。翼を羽ばたかせる音を立てながら、その数百という影が大きな塊となってこの都市に近寄ってくる。
これらの影の全てが竜という強大な怪物なのだという。
今この都市に竜の大群が向かってきているのである。
犯人はこの都市の領主の弟バーハルヴァントである。
先程屋敷の中で革命を起こし、『アルバトロスの盗賊団』の存在の宣言をした男だった。
「……バカなっ! 本当に人が竜の大群を操れるなんて……!」
竜と自分の距離を測る。
その竜の影はS級としての視力、聴力をもってしてなんとか知覚出来る程であり、まだまだ距離は遠く離れている。
都市の人達のほとんどは竜の影すら見えていないようで、まだ大きな騒ぎにはなっていない。
しかし、このままでは確実に竜がこの都市に襲い掛かってくる。混乱が起きるのはもう時間の問題であった。
なんとかしなくてはいけない。
なんとかしなくてはいけないが……、
「……エリー、竜の事なんか気にしている暇はないよ」
「……うん、フィフィー」
「今はこの目の前の化け物をなんとかしないと……」
僕たちの目の前には竜以上の化け物がいる。
『領域外』の衝撃波使い、ルドルフだ。
こいつが目の前にいる限り、僕たちは竜をどうする事も出来ない。この都市を竜の被害から守るとか、そういう事以前に、僕たちがこの男から生きて逃れることが出来るのかすらとても怪しいものである。
『以上で革命の宣言を終了とする。新たな時代を前に選択を誤らないことだ。親愛なる国民の皆には理解と協力を求める』
「…………」
「…………」
そうして拡声魔法によるバーハルヴァントの声明は終了となった。
広域に響いていた声が止み、周囲にはしんとした空気が流れる。革命宣言の緊迫した緊張感が消え、そして別の緊張感が高まってくる。
風が舞い砂ぼこりが立つ。
目の前にはルドルフが立っている。
「……今こうしてバーハルヴァントが竜を呼び寄せているという事は、7年前の竜の襲撃事件もバーハルヴァントの仕業なのかな?」
「あぁ、そう聞いているね」
目の前のルドルフがあっさりと答える。
もう隠す必要はない、とばかりにおおっぴろげだ。
「君たちならもう調べは付いているかもしれないけど……、7年前の竜の襲撃事件はメリューの確保とナディアの殺害が目的だったらしい。都市の混乱に乗じて2人の人間を消そうとしていた」
「…………」
ナディア様は『アルバトロスの盗賊団』について調査を行っていた。
しかし、彼女のすぐ近くの親戚縁者にまさに『アルバトロスの盗賊団』の団員がいたのだ。
だからナディア様の隠れた行動は露見してしまい、バーハルヴァントに命を狙われてしまった。
ナディア様の不運は、バーハルヴァントが自分の叔父であるという事だったみたいだ。
「……そんなにぽこぽこ喋っていいんですか? 上の人に怒られたりしません?」
「ははは、そんなことを気にしているのかい、フィフィーさん」
そう笑い、ルドルフは僕たちに槍の切っ先を向けた。
「まぁ、もう隠す必要のない情報だしね。それに、ここで君たちが俺に殺されたら、そんな情報に何の価値も無いよ」
「…………」
バーハルヴァントの演説によって緩んでしまった緊迫感がじりじりと戻ってくる。
乾いた風が肌を撫でる。決死の戦いがじわりじわりと近づいてくる。
「……さて、待たせて悪かった。そろそろ俺たちも戦いを始めようか」
「…………」
「…………」
3人、武器を構える。
目の前の敵は『アルバトロスの盗賊団』の『領域外』だ。正直僕とフィフィーの2人だけでは勝機などないだろう。
だがここで時間を稼ぐことが出来たら、きっとアリア様とコンが『ジャセスの百足』を呼んで来てくれる。
そうすればきっと、何かが変わるかもしれない……。
そう思い、息を呑んで、ぎゅっと武器を握りしめた。
いざ戦闘が始まる、そう思った時だった。
「ちょっと待った」
「ん……?」
僕たちは横から声を掛けられる。ルドルフの背後、屋敷の方面から1人の男性がやってきていた。
「……ボクも混ぜてくれないか?」
「……リック!」
やって来たのはフィフィーの相棒のリックさんだった。短い紅色の髪を揺らし、僕たちの援護に駆けつけてくれたようだ。
リックさんは婚約式の外回りの警備をやっていた。きっと僕たちがクラッグに投げ飛ばされたのを見て、こちらを助けに来てくれたのだ。
「おやおや、これは、リックさん。お久しぶりで……」
「そうですね、ルドルフさん。この間の模擬戦ではお世話になりました」
ルドルフはリックさんに背を向けながら、しかし警戒心を彼に向ける。リックさんは背中越しに彼に語り掛ける。
リックさんとルドルフは以前、僕たちが『武闘部会』への聞き取り調査を行っていた時に模擬戦を行っている。
「ですが、リックさん。貴方との勝敗は既に決している。あの時の模擬戦は俺の勝利で、しかもあの時は『叡智』の力を行使していない。S級の実力の内でも貴方は俺に負けている」
「……そうでしたね」
ルドルフの言う通り、あの時の模擬戦はルドルフの勝利で終わった。
「リック! 気を付けてっ! そいつ『領域外』で、『衝撃波』を自由自在に操るっ……!」
「了解」
フィフィーの大声の忠告に、リックさんは短く静かに返答した。
「……という訳で、無駄だよ。S級3人程度が俺に勝てるわけがない。大人しく降伏するのなら、命だけは助けてあげてもいい」
リックさんが来たというのにルドルフは余裕の姿勢を崩さない。それは恐らく正しい形勢判断なのだろう。それだけ『S級』と『領域外』というのは隔絶とした実力の差があるのだ。
僕とフィフィーはぎゅっと武器を握り、息を呑んだ。
「……ははは」
「……ん?」
「ははははは……」
そして、リックさんは小さく笑いだした。
ルドルフが怪訝な表情を見せる。
「……何がおかしいんだ?」
「……いやね、ボクには君に挑む2つの理由があるんだ」
「理由?」
リックさんは淡々と喋り出す。
「最近さ、クラッグや団長から小言を言われるようになっていてね。いつまで『S級』でぶらぶらしているんだ。さっさと『領域外』に上がって来い、って。まるでおつかいに行ってこい、ってくらいの気軽な感じでさ」
「それは……酷い奴らだね?」
「ほんと、スパルタにも程がある」
リックさんは肩を竦ませる。
「だから君を倒して、今日ボクは『領域外』に伸し上がろう」
「……もう1つの理由、というのは?」
「うん、それは……」
リックさんは剣を抜き、その切っ先をルドルフに向ける。
彼の剣は神器『アルマスベル』というものだ。氷の精霊が鍛え上げた剣だと言われており、刀身が青く美しく輝いている。
彼の燃えるような紅色の髪と対照的な剣であった。
「実はボクは『アルバトロスの盗賊団』に恨みがあるんだ」
「…………」
「まぁ、あの団体に所属している以上、『アルバトロスの盗賊団』と敵対関係にあるのは当然なんだけどね。ボクは昔、君たちに、親友を殺されているんだ」
「え……?」
リックさんはそう語る。
僕はフィフィーの方を見る。リックさんの昔の事なら幼馴染の彼女が知っている筈だと思って隣の顔を覗くけれど、フィフィーは目をぱちくりさせて小さく首を傾げていた。
……フィフィーが知らない?
「君がその仇って訳じゃないだろうけど……」
「…………」
「ボクの恨み、受けてくれよ」
その瞬間、リックさんから殺気が溢れ出す。
S級の、純粋に実力が高い者の膨大な殺気がこの場を埋め尽くす。『死』がこの場に顕現したような錯覚を感じるほどリックさんの殺意は凄まじく、音を呑み込み、砂を乾かしていくかのようだった。
混じりっ気無しのS級の、純粋な殺気がこの身を叩く。
「リック……?」
隣でフィフィーが心配そうな顔を見せる。
彼の幼馴染であるはずの彼女は、彼の言っていることがよく理解できていないようだった。
「いいだろう……」
ルドルフが槍を構える。
「来なさい。返り討ちにしてあげよう」
「ははは……」
2人の闘志がぶつかり合う。ボクは一応リックさんと同じS級であるにも関わらず、その戦いに巻き込まれてしまっては、ミンチになる未来しか見ることが出来なかった。
「待ち侘びたよ……『アルバトロスの盗賊団』。お前達が表舞台に出て、『あいつ』の復讐を果たせるチャンスが来ることをっ……!」
「……来いっ」
リックさんの表情が冷たく冷たく沈んでいく。
冷静さと苛烈さを併せ持ったような顔を見せている。今彼は確かにその胸の中に復讐の2文字を燃え上がらせている。
瞬きの瞬間、2人の武器が衝突する。
剣と槍が衝突し、轟音が鳴り響く。
模擬戦の時とは違う、本物の武器と、本物の殺意が交錯する。
対『領域外』戦。
リックさんの挑戦が幕を開けた。
サブタイトルが東映版のスパイダーマンの1話とやや被った。びっくりした。
スパイダーマッ!
ちょっと文字数少ないので、次話『126話 VSルドルフ』は3日後 4/19 19時に投稿予定です。




