99話 兄か姉か?
【クラッグ視点】
カチコチと時計の音がする。
長い大きなテーブルの椅子に王女イリスティナは腰かけ、沈黙を保ちながらテーブルの向かい側の人間を見ている。その目はやや冷たく、非難の色が混じっていた。
テーブルの向かい側に座っているのはファイファール家の人間だ。イリスティナの真正面に座っているのが当主であるマックスウェル。そこに並ぶように彼の娘のアリアと彼の弟のバーハルヴァントとバーハルヴァントの息子のディミトリアスが座っていた。
ここはファイファール家の屋敷の応接間だった。
イリスティナが訪ね、ファイファール家の人間を呼びつけ集めていた。
カチコチと時計の音がする。時計の針の音がしっかりと聞こえる程、この部屋は静まり返っている。俺たち冒険者はイリスティナの背中側の壁に添うようにして立っていた。
ファイファール家の人間の表情は硬かった。
子供達であるアリアとディミトリアスはあかるさまにびくびくとしている。王女の叱咤句を恐れているのだろう。
マックスウェルとバーハルヴァントは平静を装っている。顔つきは凛としていて、動揺を感じさせず、人生に年季が入っていることを伺わせているが、気を抜くとつうと汗が垂れてしまいそうなくらいには顔が強張っていた。
イリスティナは紅茶に少し口を付け、音を立てないようにカップを置いた。
「話はアリア様から伺いました」
女狐が喋り始める。
「それについて、当主の口から直接説明を頂きたいが為、こうしてあなた達を集めさせて頂きました」
「…………」
「嘘偽りなく、真実をお話しください」
イリスティナの口調は冷たい。それもそうだ。俺達冒険者は昨日、アリアからファイファール家の秘密とやらを教えて貰った。
それが真実なら、これまでの調査に支障をきたすような事実だった。
「……畏れながら、述べさせて頂きます」
ファイファール家当主マックスウェルが口を開き、頭を下げる。
「私の第一子ナディスは公には男子と伝えてありますが……実を申しますと女子、本名はナディアと申します」
「…………」
そう言った。俺達は鼻を鳴らし、どうしても顔に呆れの表情を少なからず浮かべてしまった。
「我がファイファール家には生まれた第一子が女子であれ、男子として育てる。そういった風習があります」
「それはまた……はた迷惑な風習ですね」
イリスティナはふぅと肩を落とす。
「我が家は武勲によって名を上げた家。大英雄ナディオンの名を継ぐ『祝い子』は男子であるべき、というしきたりからそうしております」
「面倒ですね……。性別以外に嘘はございますか?」
「いえ、ございません。この都市で一番才能に恵まれていたことも本当ですし、12歳でS級の称号を得たのも事実です。その実力故、男子と偽っても疑われることすらありませんでした。また、7年前の竜の襲撃で死亡が確認されたことも偽りではございません」
「……でもそうなると、私達が探している槍の男セレドニとナディア様の像は遠くかけ離れますね。なんせ男性と女性です」
「……捜査を混乱させてしまい、大変申し訳ありません」
マックスウェルがまた頭を下げる。同時に弟のバーハルヴァント、子供たちのアリア、ディミトリアスも頭を下げる。
そうだ。男性か女性かを偽られたら俺達の仕事である調査に不都合が生じるのだ。今まで気にしていなかった証言の中に、男装を解いたナディス……いや、ナディアの姿があったかもしれないのだ。
「でも、まぁ、まだセレドニとナディアが別人物だと確定したわけじゃねえ。変身魔法って可能性もある」
「……クラッグ様はやたら変身や変化に拘りますね」
「いや、まぁ……性別を偽って行動する奴とか、たまにいるし……」
「え? 誰のことです?」
「誰って……冒険者内の話だからお姫様は気にしなくていーの」
お姫様には全くもって関係の無い世界だ。横からエリーが、ねぇ、誰の事? と俺の裾引っ張って聞いてくるが、無視する。教育に悪い。
……っていうか、そのナディア自体が男に変装してんじゃねーか。
「そもそも、この都市の人たちはこの事を知っているのですか?」
「いえ、ナディアの事を知っているのは親族か、ナディアに近しい城の関係者など、ごく少数です。ここ数世代分、第一子が男子であった為この風習は長らく行われていませんでした」
この風習が最後に行われたのがかなり昔な為、領民たちもほとんど気付けていないということか。
「で、でも……性別を偽り続けるのは大変ではありませんか?」
「……過去の記録では、女性であるのに妻をとって、世間に隠れて夫を招き入れていたという話もあります。そもそも子を妊娠して大きくなったお腹を隠すために、我がファイファール家の出産はこの都市から離れた別荘で行われます。表向きには、大英雄ナディオンが修行した湖の傍で子を産み、その子に祖先の加護を受けさせる、という話で通していますが」
……もう正直に長女でも『祝い子』の称号を引き継げるようにした方がいいんじゃないか? 面倒過ぎる。
「そのような経緯があるから……夫と仲を良くし過ぎると、男装をしている『祝い子』が領民から同性愛の疑惑をもたれることがある……という記録も残っている」
「ホモっ! ホモっすか!」
「どーどー、フィフィー、どーどー」
「ホモじゃないからねー」
バーハルヴァントの話に何故か興奮したフィフィーをエリーとリックが抑え込んでいた。
……ん? ちょっと待て?
「ん? じゃあ俺が『男ならそばに置くのはメイドに決まっているから、なんか変だ』って前に言ったこと、あながち外れて無かったのか?」
ナディスはヴェールという男の執事をずっと傍に置いていた、という話を聞いた時に言ったことなのだが……ナディアは女性だったから執事を傍に置いていた?
「あ、あはは……」
「た、確かに姉様はヴェールさんを結構気に入ってましたから……そ、そういう面は少なからずあったと思います……」
ディミトリアスとアリアは困ったように笑っていた。
何? 俺、正鵠を射ていたの?
「うっそだろ……」
エリーは驚愕をしていた。イリスティナも驚き、俺の方に振り返っている。お前ら、俺のあの意見結構馬鹿にしてたからな。
「……でも何となくわかりました。家の事情でナディア様は男装をしており、メリュー様とお会いする時には男装を解いて女性として行動していた。だから周りに気付かれず、自由に行動できた。本のペンネームが『ディア』で、本名は『ナディア』。ただ文字っただけだったと」
「そう言えばナディスさんはこの都市内で何度も意図不明の外出をしていたって言ってましたよね。友達に会いに行くって言って」
「はい、フィフィー様。姉様は外に遊びに行くことが多かったです。今思えば、メリュー様に会いに行っていたのですね……」
こうして情報を整理していくと、なるほど、段々と話が分かっていく。『百足の巣』という本を出版したディアって奴はナディアである可能性が非常に高い。
「……で? ナディアって奴は美人だったのか?」
「何言ってんだい、クラッグ」
「いて」
エリーに頭をはたかれる。でも、気になんじゃん。
「はは、親の欲目かもしれませんが、綺麗な子ではありました。女性らしい顔立ちはしていましたが、長い男装経験からか、どこか中世的な雰囲気を滲ませておりました」
「女性らしい顔立ちって……それでよく隠し通せてましたね?」
「男装していないときの話です。男装する時は少し変身魔法を入れているとか言ってましたね」
やっぱ変身魔法やってんのか。俺の中で変身魔法万能説が立ち上がってきている。
その後、王族に虚偽の証言をしたことで罰則が付けられるか付けられないか微妙な話になった。ファイファール家はイリスティナ王女のご意向に従わせて頂きます、と何の弁明も述べなかったが、明らかに緊張した面持ちをしていた。
イリスティナは困ったように頭を抱えていた。あまり例に無い虚偽の内容だったため、どう罰を付けたらいいか分からない様だった。御家お取壊しでいいんじゃね? 貴族なんて雑な扱いでいいと思う。
イリスティナは迷った挙句、保留、追って連絡するというなんとも中途半端な判断を下していた。まだまだ未熟者である。
* * * * *
「本当に申し訳ありませんでしたっ……!」
ファイファール家での審問会が終わり、俺達はホテルの談話室へと移動する。イリスティナの名前で貸し切りにしている、他に誰も近づけない談話室である。
そこでアリアが頭を下げ、大きな声で謝罪した。
「我が家の虚偽の証言がイリスティナ王女様の調査の妨げになってしまうとは……なんとお詫び申し上げたらいいのか!」
「ア、アリア様、落ち着いてください。そ、そこまでの事じゃないですから……」
慌てて手を振って困っているのはイリスティナだ。
まぁ、確かにファイファール家の第一子が実は女だったという事実は、この調査において致命打ではない。漏れた証言や聞き及ばなかったことがあったとしたら面倒だなとは思うが、今のところ調査の根本をひっくり返すような驚愕の事実、という訳でもないだろう。
あと1ヶ月黙りこくったままだったら頭の1つも引っ叩きたくなるだろうが、まぁ、いい時期の告白だったとは思う。
「そんなことより本の調査に戻ろうぜ」
「クラッグ……アリア様の謝罪をどうでもいいなんて言わないの」
「俺、貴族の謝罪とか、割とどうでもいい」
貴族のトラブルとか、興味ない。
「さて、ディアの正体がアリアの姉のナディアってことでほぼ確定で、そいつとメリューは2人で2冊の本を出版した事が明らかになった。そして話の根本は、この本にメリューの隠されたメッセージがあるのかどうか、ということだが……」
「それについても答えは出たようなものだね」
フィフィーが俺の言葉を引き継ぎ、鞄から2冊の本を取り出す。言うまでもなく、メリュー著の『幽かな水の知恵』とナディア著の『百足の巣』である。
皆の前で、2つの本のページを同時にめくる。
「1冊の本では暗号が解読できないようになっていた。そして、メリューとナディアは2冊の本を出す必要があった。2人別々の名義で」
「きっと、2つの本に繋がりを見せたくなかったから」
エリーが言う。そうだ。2つの本を簡単に見比べて欲しくなかったのだ、2人は。2つの本に同じ作者という繋がりを持たせたくなかった。
だとしたら後は簡単だ。
フィフィーは2つの本を横に並べ、同じページ数が記されたページを開く。
「……うん、文章が組み上がる。2つの本を同時見比べれば、新しい文章になる」
フィフィーが2つの本の文字を同時に指で追う。
2つの本を見比べ、同じページ数、同じ行、同じ列にあって、2つの本で同じ文字が使われている部分だけを抜き出していく。2冊の本の重なっている文字だけを抜き出し、新しい文章を作っていく。
1冊だけでは絶対に解けない暗号文。作者の違う2つの本の関係性を知っていないと分からないメッセージが露わになっていく。
「こう始まってる……。『このメッセージがいつか、いつか遠い日、誰かに届き、微力ながら世界の一歩へ繋がることを祈る』」
「…………」
「…………」
文章になっている。この2冊の本に彼女たちの意思が宿っていることが明らかになる。
解読するフィフィーは白紙の紙にその内容を書き綴っていく。俺たちはそれを息を呑んで見守る。
その記録の始まりはこう書かれていた。
『このメッセージがいつか、いつか遠い日、誰かに届き、微力ながら世界の一歩へ繋がることを祈る。私達は命を賭してこの記述を残す。
願わくば、この調査内容が他者によって葬られず、100年200年と残り続け、いつか誰かに届くことを祈る』
秘密の記述が開かれようとしていた。
隙ホモ
次話『100話 隠されたメッセージ』は3日後 8/8 19時に投稿予定です。




