その後の二人のエトセトラ
「なあ、智子や」
「はい。なんですか。カスミさん」
「いくら何でもこれは、ちとくっつき過ぎじゃと思うのじゃが」
場所は変わってカスミの家の一間。
どうしてこうなったかと言えば、智子が突然の出来事に茫然自失とした為、仕方なく背負って連れてきたのだ。
そうして緊急用の応急箱を持ち出して、甲斐甲斐しく智子の傷の手当てをする。
今回の再び戦闘で一番の大きなケガは、一番最初に斬りつけられた左腕の刀傷でそれ以外のケガは小さなものばかりだった。
その代わりにお互いの着ている衣服は砂埃や血にまみれ、カスミの黒い和服に至っては智子の斬撃によって裂かれている。
酷い有り様だった。
そして今に至るわけだ。
カスミがぼやく。
「全く。お主は何なのじゃ。死ぬほど憎んでると言ったと思えば、今こうしてくっついている。分からん奴じゃ」
「あー、それはですね……ごめんなさい。死ぬ前の私を覚えていてほしくて、印象に残るような事を言おうとしたら、憎んでるって言っちゃいました」
ぽりぽりと頬を掻くと、そこが最後に傷つけられた傷口に当たって「イタタ」と痛みに呻く。
カスミは智子の本音を聞いてほっと胸を撫で下ろした。戦闘中に訊こうと思っていても、少しでも気を抜いて対峙すれば智子を満足させられないと考え、気を張り詰めていたから訊けなかったのだ。
暫しの静寂の後。カスミが徐に口を開いた。
「さて、智子や。一つ訊いてもよいかの?」
「……私が満足したか、しなかったか、と言う事ですか?」
「うむ」
智子が口に手を当てて考える。考えている。考えた。
そうして出した答えは。
「多分。多分ですが満足したんだと思います」
「そうか」
カスミは安堵した。もし満足しなかったと言われたら。決着考えている着いてからどうしても後ろ向きなイメージしか沸かなかったのだ。
智子が続ける。
「死ぬほど憎んでるって言った私を。言われたカスミさんは、それでも私の事を抱き締めてくれました。私はそれが心から嬉しかったんです。だってですよ。今まで私は村の人達が生き延びる為に死ぬのが自分の生きる理由だって思ってたんです。それでも私の命を奪ってくれなかったカスミさんには、やっぱりやきもきしましたけど、でも最後に抱き締めてくれた。私はそれが堪らなく嬉しかったんです。なんだか、こんな私でも生きる事を許されたみたいで。だから私はその事に満足したんだと思います」
ゆっくり。ゆっくりと一言一言を噛み締めるように智子は言う。
カスミはそれを黙って聞いていた。
智子が話終えるとカスミは痛む左手を我慢して智子を抱き、肩に寄せる。
智子も嫌がる事はなく、為すがままに体を預ける。
「今日は疲れたし、たまには一緒に寝るとするかの、智子」
「はい。たまには甘えてもいいですよね?」
「無論じゃ。ワシだってお主の事を心配してたんじゃ。甘えてきてもいいんじゃよ。何せお主は――」
そこまで言ってカスミは言葉に詰まる。
言いそうになった好きな人と言う言葉。それを言うのがどうしても恥ずかしくなって。
「カスミさん?」
急に言葉の詰まった智子が気になって顔を覗き込む。白い肌は真っ赤に染まっている。
「ええい、うるさい。ワシは先に寝ておるからな!」
「あ、カスミさん。待ってくださいよー!」
逃げるように寝室に向かうカスミと、後を追う智子。
そこには、五年前の出会った日では到底予想の付かない幸せな光景が広がっていたのだった。
これにて完結です。
一週間で、更に短い話でしたがお付き合いありがとうございました。