二人の行く末
「な、にを……?」
不意の一閃。智子の刀がカスミの左腕を斬りつけて血飛沫が舞う。
だがカスミは痛みよりも、たった今智子から放たれた言葉に対して衝撃を受けていた。
『私はカスミさんの事。死ぬほど憎んでいますから』
その言葉が智子の頭の中で反響する。
カスミは五年前のあの日から智子にとってよき母、よき姉として生きようとしていた。その為には例えどれだけツラい目にあったとしても、智子の前では笑顔で居ることを欠かさなかった。
時には怒った事もある。
過去に一度、殺人鬼が地獄で暴れまわる事が起きた。丁度その頃に智子は自衛手段としてカスミから剣術を軽く教わっていた。
そして殺人鬼がカスミの家の近くに現れたと聞き、無謀にも殺人鬼を相手に立ち向かう。
結果は返り討ちで殺人鬼に殺されそうになったところをカスミが救いだし、殺人鬼の足をを金棒で砕いて閻魔が統べる地獄の監獄に付き出したと言うのが事の顛末だ。
だが、それでもカスミは憎まれる覚えなど無かった。
しかし智子のカスミに向ける目は憎悪人間染まっていて、カスミはそれらも含めて本気で戦わなくてはならないと覚悟を決めた。
「まあよい。カスミ、今の一撃は見事じゃったぞ」
「そうですか。でも関係ない事です。私はこの後カスミさんに命を捧げるのですから」
「それはあくまでもお主が。智子が満足しなかったら、と言う前提の話じゃよ!」
反撃にカスミが金棒を振るう。
ブンと豪快に風を切る音を立てながら智子を狙う。
対して智子はそれを見ないでかわすと、再び身を低くして斬りかかる。
「なんの……っ!」
ギンッ!
金属と金属がぶつかり合って甲高い音と火花が飛び散る。
智子が小さく舌打ちを打つと「折角の美少女がはしたない」と注意した。
「まさか左腕を斬っても普通に動くとは。流石鬼、と言ったところでしょうか」
「お主こそ、そこまで迷いなく斬りかかれるとは。少々見くびっていたようじゃな」
一合、二合と斬り結ぶ。
金棒と刀。黒髪の少女と黒髪の鬼。強い意志と意志がぶつかり合う。
命を懸けた血の戦い。
それは日が明けるまで続いた。
辺りは土塊と抉れた大地。カスミの家に影響は無かったのが唯一の救いだったのだろう。
「はぁ……はぁ……。案外しぶといの、智子。基礎訓練だけでここまで長く戦えるとは思えんし、自主トレでもやっておったか」
「ええ、全ては今日の為に」
「そうか。ならその期待に応えんといかん、な!」
ボロボロの体に鞭打ってカスミは智子に飛びかかる。鬼の身体能力で軽々と人の背を越すようなジャンプを見せると、金棒の質量を伴った重力によってミサイルのような一撃となった。
「ほんと。カスミさんはそればっかりですね」
智子が苦々しげに呟くと、これまでの戦闘でも刃こぼれ一つない刀を握りながらバックステップで距離を取る。が、不意に智子の頬に一筋の赤い線が走る。
それはもくもくと立ち込める砂煙の中から放たれた不可視の一撃だった。
「馬鹿の一つ覚えかと思ったかの? まあワシとしてはそれが狙いだったのじゃがな!」
追撃。智子の後を砂煙が舞い上がる。
振りかぶられた金棒が智子の刀に狙いを定めて叩き付ける。
ガイン!
手が痺れるような感覚に智子は思わず刀を落とした。
しまった、と思ってももう遅い。
「これで終いじゃ!」
金棒を右手で持ち、空いた左手で智子の体を抱き寄せた。
「……え?」
今までの殺意を膨らせた戦いから一転。
優しい笑みを見せるカスミに、智子は戸惑いの声しかあげられなかった。