二人の望むもの
「さて、この状況はどうしたものかの」
日が沈みかけ、辺りは夕暮れ色に染まる頃。
カスミは一人黄昏ていた。
向ける視線の先には、地獄に来たばかりの心が凍てつき、心の底から笑うと言う事をしなかった智子。その智子が刀を手にして笑みを溢していた。
智子に対するのはカスミ本人。
こうなった理由は今から五年前。地上に呼ばれて智子に出会い、智子の命ではなく時間を奪ったあの日。
眠った智子を背負って家に連れて帰り、目を覚ました智子が自分の命を奪ってくれと懇願されたカスミは一つだけ約束をした。
『五年間、ワシの元に居てはくれんかの? そうしたら一度拳を違えたい。もしそれでお主が満足しないのだったら、その時は望み通りお主の命を貰うとしよう』
『本当ですか? 私の命を奪ってくれるのですか?』
『二言はない。ただし、お主が満足しなかったらと言う条件付きじゃよ?』
『問題ありません。私の命があなた奪われる事以外に、私が満足する事はありませんから』
カスミは今まで起きた智子との生活を振り返り、閉じていた目を開けた。
智子を見据えて金棒を待つ手に力を籠める。
カスミが望むのは智子との生活を続ける事。カスミの命を奪わずに、ずっと寄り添って歩いていくこと。
対して智子が望むのは、五年前と変わらずにカスミに命を捧げる事。カスミに命を奪ってもらい最近は言葉に出さなくなった村の人達の為の人柱となること。
「カスミさん、もう一度約束をしてもらえますか? 私が満足しなかったら私の命を奪う、と」
五年間の年月により、智子はスラッとした儚さと幼さを残す少女へと成長した。
五年前の智子の痩せ細った四肢は、同年代の少女と比べれば確かに細いが、しっかりとした芯が中に入っているような曲線を見せている。
そんな智子が刀の切っ先をカスミに向けた。
おかしな話である。殺してもらいたい相手に凶器を向けている。ただの自殺志願者であるならば、その刀で自殺をすればいい。だが智子はそれをしなかった。全てはカスミに命を捧げる為だ。
智子は無意識に。そして盲目的なまでにカスミに依存していた。
村では人柱の為だけに育てられ、自分の存在意義がカスミに命を捧げる為だけの存在と考えていたからである。
そしてその思考は今でも変わらなかった。
だがそんな智子にもたった一つだけ、心配している事がある。
カスミが智子と刃を交える本気の勝負をして、なおかつ智子が満足しなかったと言って。果たして智子の命を奪うのかは全てカスミのさじ加減なのだ。
勿論この試合が智子にとって満足出来るものであろうと、カスミに命を捧げられるチャンスの為に満足しなかったと言うつもりではあるのだが。
智子に問い掛けられたカスミは、金棒を地面に突き刺して屈伸運動をしながら答えた。
「勿論。お主が本当に満足しなかったとしたら、それは全てワシの力不足が原因じゃ。その時はワシの不甲斐なさを悔いたとしても、お主の命を奪おうぞ」
「なら、安心しました。でも一つだけ言わせてもらいますね」
智子が刀を両手で握り、刃を下げる。
「――私の命は貴女のもので、それについて何も思う必要なんてありません。何故なら――」
出来るだけ体を低くして駆ける。ジグザグとフェイントをかけながら。
そして一閃。
「私はカスミさんの事を死ぬほど憎んでいますから」
涙は返り血と混ざって隠れて消えた。