寄り添おうとする鬼
「さて、お主が一々村の人村の人うるさいから、まず始めにこれだけ言っておく。ワシは別にお主の村のやつらの命なんぞに興味などない」
土下座をする智子にカスミは顔をクイっと上げ、互いの目を合わせた状態で告げた。
実際カスミは。いや、鬼と言う生き物は命と言うものにそこまで執着をする生き物ではない。それは自分の命だけではなく、他の命に対しても言える事だ。
なので無作為に命を奪うと言うことは普通の鬼ではほぼ、ありえない話なのだ。
勿論鬼にも趣味や遊び心で命を奪うものも居る。そう言った鬼達は悪鬼として地獄でも隔離され、地上で大罪を犯した者の命を裁く閻魔の元で過ごしている。
その事を智子に懇切丁寧に説明すると、それでも智子は納得いかない様子だった。
「私は十年間あなた様方鬼に命を捧げる為に生きてきたのです。どうか、ご慈悲を」
「慈悲? お主は自分が死ぬことがいいことだと思っておるのか。おかしなやつじゃな」
いつまで経っても土下座をする智子に呆れをつかし、カスミは襟根っこを掴み上げて背追い上げる。
真っ黒の金棒を杖代わりに付いて歩くと、突拍子もないカスミの行動に驚いていた智子は慌てて手足をバタつかせた。
「ええい、なんじゃいきなり! 暴れたら落っこちるぞ」
「落ちてもいいです。それで死ねるならそれでいいですから」
「たわけ。お主さっきから自分の命をぞんざいに扱いすぎじゃ」
そこで立ち止まり、智子を下ろして肩を掴む。
鬼と人の力量はとてつもない差があるために、全力で力を込めれば智子の肩を粉々に砕いてしまうカスミは、この時ばかりは自分が鬼だと言うことを恨めしく思い、智子に語る。
「よいか。お主のように命を無下にしようとする者が居れば、それとは正反対に生きたくても生きる事が出来ない奴も居る。お主もその中の一人だったじゃろう? でもワシはお主の命を奪わなかった。何故か分かるか? それは命が尊いからじゃ。生が素晴らしい事だからじゃ。見てみろ。地獄と言えど緑豊かなこの光景を。どこまでもどこまでも続くこの空を。水が流れ、雲が流され、時は廻る。時が廻る中で命は命を紡ぎ、また命と成す。そうして世界は巡っていく。たとえお主がどれだけ矮小な存在でも。たとえお主がどれだけちっぽけな存在であろうとも。それはこの世界を形作る大事な大事なピースなのじゃから」
「それでも、私は……私はっ」
智子は涙をポツポツと流し始めた。
俯いて下唇を強く噛む。智子の口の中には鉄の味が広がっていく。録に物を食べさせられる事なく育てられた智子の歯は、噛むと言う事が余り出来なかった為に鋭く尖り、いとも容易く皮膚を貫いたからだ。
だが、智子は強烈な痛みで涙を流したわけではなかった。
一方カスミは、智子が何かを言おうとするのをじっと待つ。
地上に呼び出され、出会い、そして今に至るまで智子は本心を見せようとはしなかった。仮に見せていたとしても、カスミはそれを拒絶した。
カスミは命に対して執着を見せない鬼の中でも異端の鬼。殺める側でも無ければ弄ぶ側でもない。
命があることをただただ肯定し、尊ぶ鬼だったからだ。
智子は叫ぶ。
「私だって、村の――私と歳の近い子達と一緒に、生きたかったに決まってるじゃないですか……!」
だからこそ、カスミは智子の生きたいと叫ぶその姿が、まるで宝石の原石が放つ輝きに見えたのだった。
カスミの人となりと言うか、まあそんな感じのが少し見えたと思います