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突然の別れ

あっはっはー!って元気に笑い、ウエディングケーキも嬉しそうに食べ、ピースしながら飛び切りの笑顔を写真に残してくれたお兄ちゃん。


無理して、凄く凄く無理して元気にしていたからだろう、一連の行事が終わるのを待っていたかのように、暫くするとお兄ちゃんはぐったりして横になった。また耐えがたい痛みが襲ってきた。お兄ちゃんにクスリが投与されウトウトしだす、でもその顔は苦痛にゆがんだ顔ではなくとても穏やかな顔だった。


「お兄ちゃん、嬉しそうだったね。達郎こんな素敵な結婚式をありがとう」


「少し無理させたかも知れないけどな。でも喜んでくれてよかった」


「達郎兄さん、本当にありがとうございました!」


菜緒なおちゃんと健太郎が『達郎兄さん』って、そう言いながら二人で頭を下げ、達郎は少しビックリして照れ臭そうにしながらも嬉しそうに頷いていた。


(一人っ子の達郎に、妹と弟とお兄ちゃんができたんだもんねー)


「そろそろ着替えようかな、ここでいいよね?」


「そうだね。その恰好で移動するよりココの方がいいよ。着替え取ってきてあげる」


菜緒なおちゃんがそう言いながら、病室のドアをあけた時だった。車いすに乗っている琴音さんが丁度部屋の前を通りかかり。ドアの近くにいたドレス姿の私はしっかり目が合ってしまったのだ。


「わぁー茉緒まおさんっ!綺麗!」


「琴音さん……」


「まぁまぁ、茉緒まおさん、本当に綺麗ですよ」


琴音さんのお母さんまでも私のウェディングトレス姿をみて嬉しそうに笑っていた。


「あ、あの……」


「もしかして結婚式?おめでとうございます」


「は、はい、ありがとうございます」


「迷惑じゃなかったら、よく見せてください」


「迷惑だなんてそんなっ、そんなことないです!」


二人は私のドレス姿を本当に嬉しそうに眺めて褒めてくれた。


(こうなったら仕方ない!)


私はお二人を病室の中に招き入れ、ドレスやベールに触れるようにしゃがんで車椅子の傍に寄った。琴音さんは嬉しそうにドレスを触りながらティアラに触れた。


「素敵……キラキラ輝いてる、ほんとに素敵」


「私も……」


ほとんど聞き取れない小さな声だった。琴音さんの口が微かに動き、瞳の奥が揺れた。


(えっ?)


『私も着たかった』そう言いたかったのだろう。音にならない悲しい声が私の中に入り込んできた。苦しみや悲しみが奥深く入り込んできた時、私は咄嗟にあることを思いついた。


「琴音さん、あと少しだけ車いすに乗っていられますか?」


「えっ?えぇ大丈夫ですけど何か?」


「じゃ、ちょっと病室で待っていて下さい!5分……いえ、2分でいきますからっ」


体調がいいと言っても、今の状態で車いすに座っているのがどれだけ大変な事かわかる。菜緒なおちゃんは私が何をしようとしているのかすぐにわかったみたいで、慌てて着替えを取りに行き。私はバサバサとドレスを脱ぎセットアップした髪など構わずベールとティアラを剥ぎ取った。


「お姉ちゃん、何か挟めるものがあった方がいいよ。探して持って行くから先に行ってて」


「うんっ、お願い」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ちょっとだけ、じっとしてて下さいね」


私はそう言いながら車椅子に座っている琴音さんにドレスをふわりと当てた。見えない所をピンで抑えながら、いかにも着ているように。そして最後にピンクの可愛い帽子の上からベールを被せ、ティアラをのせ、ブーケを膝の上に置いた。


「わぁ!琴音さん、すっごく可愛い!」


お母さんが琴音さんに見えるように車いすを洗面台の鏡の前に移動してくれ、自分の姿をみた琴音さんは、言葉も出ないほどビツクリしていた。


「コレ……わたし?」


枯れ枝のような手を頬にあて、それからベールをさわりティアラを愛おしそうに撫でながら、琴音さんは微笑んだ。嬉しそうに微笑んだ。


「琴音……」


見れるはずのなかった娘のウエディングドレス姿を見たお母さんは、目頭を押さえて泣くのを必死に堪えているようだった。


茉緒まおさん、わたし……嬉しい……すごく、嬉しいっ」


真っ白な顔の頬が少しだけピンク色になり、その頬には涙が後から後から溢れ。痩せて小枝のようになった腕を一生懸命差し出し、ありがとう、ありがとうを繰り返しながら、琴音さんはいつまでも私の手を握っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その夜、私は不思議な夢を見た。


茉緒まおさーん!」


ふんわりカールした肩までの髪の毛にベールとティアラをのせて、可愛いウエディングドレス姿の琴音さんが駆け寄ってくる。その顔は青白くなく、ふっくらピンク色で本当に可愛い女の子だった。


「琴音さん、可愛いー♪とっても似合ってるよー」


琴音さんは笑いながら、クルッと一回転してドレスの裾がふわりと揺れる。


茉緒まおさん幸せになってね。あなた達と出会えて本当に楽しかった、幸せだった」


ありがとう……


ありがとう……


琴音さんはそう言いながら、笑いながら、すーっと消えていったのだ。


そんな夢を見たその日、浜崎さんから一通の手紙を受け取った私は愕然とし、そのまま床に座り込み泣き崩れた。


茉緒まおさま。琴音の最後の時間をとても楽しく、素晴らしい瞬間にしてくださり、本当にありがとうございました』


それは私達に対する感謝の言葉で埋め尽くされた、琴音さんのお母さんからの手紙だった。ドレスを着たあの夜、昏睡状態になり、そのまま静かに笑顔をうっすらと浮かべたまま天国に旅立ったそうだ。


(そんな!昨日あんな嬉しそうな顔で微笑んでいたのに……)


まだこの手には、琴音さんが一生懸命握っていた儚い手の温もりが残っている。

脳裏には嬉しそうに微笑んでいる琴音さんの姿や声が残っている。


琴音さんのいた病室を覗いてみた……

真新しいシーツのベットに、綺麗に整頓された部屋。

私達がココに入院する時と同じ光景。


いつの日か別れが来るのは分かっていた。でもそれはあまりに突然やってきた。つい数時間前まで微笑んでいた琴音さんはもういない。そしてそれは琴音さんに限らず。私達とお兄ちゃんの間にも起こり得る事なんだ。数時間後か数日後か……


琴音さんが昨日までいたその部屋。いつまでも床にしゃがみ込み泣き崩れている私の頭上から、ふわりと温かな空気がおちてきて私を包みこんだ時。


茉緒まおさーん、ありがとー』


琴音さんの元気な可愛い声が聞こえたような気がした。


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