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今を大切に生きていこう

バタバタッ!明け方の誰もいない薄暗い病院内を走る。エレベータが来るのももどかしい。やっと8階につきお兄ちゃんの元へ走り出そうとした時、ぐぃっと達郎に腕を引かれた。


茉緒まお、ココから先は走るな」


そうだった……

ここから先はみな気持ちは同じなんだ。バタバタすれば他の人の心まで苦しめてしまう場所なんだ。


スーッと自動ドアが開き、静かな空間の中に入る。ナースセンターには誰も見当たらない。そのまま逸る気持ちを限界ギリギリ抑え込みながら静かに私達はお兄ちゃんの病室に入った。


「お兄ちゃんっ!」


ベットに駆け寄ると健太郎と菜緒なおちゃんがベットの両脇でくったりとしていて、私達を見るとホッとしたように、少し泣きそうな顔をしながら菜緒なおちゃんが顔を上げる。


「お姉ちゃん、さっき落ち着いたの。もう大丈夫だって」


「そっか、よかった!」


お兄ちゃんは何とか自力で持ち直してくれた。今回は持ち直してくれた、だけど次はわからない。私達に襲い掛かる『永遠の別れ』の恐怖……


明け方に起きた血圧の低下はクスリの作用によるものだったのか?もうお兄ちゃんの命の炎が消えようとしているのか?それはわからない。だけどお兄ちゃんは生きていてくれた。


(まだ生きていて!逝かないで!そう願うのは私達の我儘なんだろうか……)


緩和ケアに入ってからは苦しむこともなく静かな時間を過ごしている。ううん、苦しいよ、辛いよ、痛いんだよ!お兄ちゃんは言わないだけだ、言えば私達が悲しむから。耐え難い痛みに襲われクスリを投与する。そうすると私達とは話が出来なくなる。


(痛みも消えて、私達ともちゃんと話ができるような薬があればいいのに)


お兄ちゃんは目覚めてからもずっと具合悪く見ているのも辛い。白目のままウトウトしていて、ただ時間だけが流れていった。


先生の提案で、この日の状態のいい時を見計らって、痛みを止める放射線がやれるかどうかの検査を受ける事となった。 車椅子に乗ったお兄ちゃんを押しながら病院の地下深い場所にたどり着く。


(研究所みたいだ……)


「ねぇお兄ちゃん?なんだかこの場所、暗いし怖いね?」


「そうだな、放射線の場所だからだろう」


薄暗い廊下に「原子力」のマーク?が、あちこちのドアに書いてある。


(テレビとかに出てくる霊安室みたいで何かイヤだっ!早く病室に帰りたいっ)


「ご家族の方はコチラでお待ちください」


看護師さんとも違う、医者とも違う、研究者って感じの人がお兄ちゃんを連れていく。この放射線を浴びれば少しは痛みが楽になると言う。その検査に身体が耐えれるか?コレが出来るかどうかの検査をこれからするのだ。


「神様、どうかお兄ちゃんの痛みを和らげてあげてください、どうか放射線ができますように」


抗がん剤にしても放射線治療にしても副作用は辛い。だけどそれが出来るってことは幸せな事だったんだ。どんなに辛くても苦しくても、治療が出来るって事はそれだけでも有り難い事だったんだ。こんなギリギリの段階になって、私は初めて治療ができる事のありがたさを知った。


痛みを止めるだけ、もうなすすべがない……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


この日の夜は、毎年行われる「花火大会」だった。ドーン!と音だけは遠くから聞こえる。


「お兄ちゃん、ラウンジの窓から花火が見えるんだって。行ってみる?」


去年の花火大会は会社のみんなで行った。楽しそうにビールを飲んでいる浴衣姿のお兄ちゃんが脳裏に蘇り目の奥が熱くなる。まさかその一年後にこんな事が起きるなんて……誰が予想できただろう。


起き上がるのも辛いのか、お兄ちゃんは弱々しく首を横に振った。


「俺はいい、代わりにお前見てこい。お前は小さい頃から花火見るとテンションあがるからな」


お兄ちゃん!りんごアメ買って。お兄ちゃん!イカ焼き食べたい。可愛い浴衣をお母さんに着せてもらって、お兄ちゃんに手を引かれながら4人で行った花火大会。いつでも私達のそばにいてくれたお兄ちゃん。


お父さんとお母さんが突然の事故で天国に逝ってしまってから、いつも私達を見守ってくれていた。振り返るといつだってニコニコ笑ってるお兄ちゃんがいた。


『お兄ちゃーん、お兄ちゃーん、あっちにたこ焼きがあるよー』


小さな女の子の可愛い声と


『分かった、分かった、そんなにひっぱるな。たこ焼きは逃げねーぞ!あっはっはっはー』


豪快な笑い声が脳裏にこだまし、過去の幸せだった時間に心だけが飛ばされた。


ラウンジに行くと何組かの患者さんと家族が大きな窓の近くで花火を見ていた。私がそばにいくと、車いすに乗った一人の女の人が「どうぞ」と自分の前を指差す。花火がよく見えるようにと。


「いえ、ここからで大丈夫です。ありがとうございます」


私はまた来年も見れる、別な場所の花火を見ることだってできる。でもこの人は今この瞬間の、この花火しか見れない。


女の人はニッコリ笑ってから窓の方に目をやり「綺麗ねー。わぁっ♪今のは大きかったわねぇ」と、私と車いすの後ろにいる旦那さんに向かって微笑んだ。


みんな口々に「綺麗ねぇ」を連発して静かに花火を見ていた。ドーン!という音が聞こえ、少しすると大きな大輪の花が夜空に咲きパラパラと散りながら地上に消えていく。


まるで命が消えていくかのように……


もう来年の花火が見れない事をみな知っている。愛する人と最後に見る花火だと言う事をみな知っている。なのに誰の顔も穏やかで優しい顔だった。


この病棟から見た花火を私は決して忘れないだろう。この一瞬の輝きがどれほど大切なものなのか。何気なく過ぎていく1分1秒がホントはどれだけ大切なものなのか。


『今を大切に生きていこう』


この言葉の意味がどれだけの大きさだったのか。

私は今まで全然わかっていなかったんだ……




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