最後の我が家
7月22日の朝。
まだ夢の中にいた私は枕元に置いてある携帯の着信音でビクッ!として飛び起きる。通常でない時間帯の着信は、お兄ちゃんの急変を知らせる病院からの連絡かと思うからホント心臓が口から飛び出る。がしかし表示をみると?お兄ちゃんだった。
「もしもし、お兄ちゃん?おはよー」
「おはよう」
時計を見るとまだ朝の6時半だ、こんな時間にどうしたんだろう?
「今日は何時頃くるんだ?」
「洗濯干して家事おわったらすぐに行くよ?」
「あぁ……」
「何か欲しいものあるの?すぐに行こうか?」
「いや大丈夫だ」
こんな事は初めてだった。すぐに健太郎を病院に向かわせたが特に変わった様子もなかったと言う、私は病院に着いてからすぐ看護師さんにこの話をした。
「寂しかったんじゃないかな」
「えっ?」
「薬の影響があるかも知れないけど、もしかしたらお兄さん一人でいるのが寂しかったのかも知れない」
どんな強靱な心の持ち主であっても死に立ち向かうという事は、私達の想像を遥かに超える恐怖と孤独な闘いなのかも知れない。時として心がポキリと折れる瞬間もあるだろう、それがおそらく今朝だった。
こんな事があったので、私達は『我が家で最後に過ごす時間』その覚悟を決めて24日に退院させてもらった。もちろん痛み止めの薬をわんさかもらい、車いすも借りて、そして何かあった時はココに連絡しなさいと小松師長さんの携帯番号と緩和ケア病棟直通の電話番号を教わって。
お兄ちゃんの体調と相談しながら、私達は可能な限りお兄ちゃんの行きたいところに連れて行くつもりだ。いま動いている全ての現場がみたいと言うので源さんとテツくんにも同行してもらった。久しぶりに作業着を着たお兄ちゃん、だけどやせ細り歩くのもままならない。他の人に自分の姿を見られたくなかったのか?車から降りずただじっと人が行き来する現場を寂しそうに眺めているだけだった。
「戻りてぇな……」
お兄ちゃんは一言そう呟いた。私達は何も言えず下を向き涙を堪えた。だって何と声をかけるの?何も言えないじゃない。頑張って戻れるならいくらでも頑張るよ!必死になって時を戻すよ!でも何もできないじゃない!悔しくて何も出来ない自分がもどかしくて辛い。
そんな私の気持ちをすぐに理解してしまうお兄ちゃんは、私の頭をポンポンって優しく叩きながらニカッと笑うんだ。お兄ちゃんの方が辛いのに……
三人で庭をゆっくり散歩する。入院する前にお兄ちゃんが「大きく育てよ」って撫でた、みかんと柚子の苗木が夕日に照らされてキラキラ輝いていた。あなた達が沢山の実をつけてくれたらソレを4人で食べるんだよ?絶対に食べさせてね?と願ったのに奇跡は起こらなかった。
「みかんが先に実をつけるだろうな。甘くなってコイツ等に沢山食わしてやってくれな?」
お兄ちゃんはまだ小さなミカンの木を撫でた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何より辛かったのは、お父さんとお母さんのお墓だった。
「親父……」
お兄ちゃんはそう言ったきり、黙って『一之瀬家』と書かれた文字を見続けていた。
遠くない未来……
いまコチラ側からこのお墓を見つめているお兄ちゃんは、あの中に入ってしまう。涙が溢れて止まらなくなった、ヒックヒックと泣き出した私をお兄ちゃんは自分の膝の所に呼んでくれた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ……」
車椅子に座っているお兄ちゃんの膝に抱きついて、まだ温かな身体にしがみついて、まだ生きているお兄ちゃんに、だけどいなくなってしまう事がわかっているお兄ちゃんに、逝かないでと心の中で叫びながらすがって泣いた。




