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旅立ちの準備

7月21日。

昨日まで元気だったのに、この日は朝から痛みが続いていて見ていても辛そうだった。


「お兄ちゃん、痛み止めの点滴してもらおう?」


痛み止めの点滴、それは……

その点滴をすれば痛みは感じなくなる、だけど意識もはっきりしなくなり眠る事となる。お兄ちゃんはそれがちゃんとわかっていた。


「いやまだ我慢できる。アイツらと話をするまで点滴はダメだ」


「でもそれじゃ最後まで持たないよ。先生に何とかしてもらおう?」


痛さで顔を歪めている。我慢強いお兄ちゃんがコノ顔をするという事は相当な痛みのはずだ。私はお兄ちゃんの答えを待たずにナースセンターに駆け込んだ。先生は事情を知ると「何とかしましょう」と言ってうまく薬をコントロールしてくれた。


この日お兄ちゃんは従業員を病室に呼んでいた。おそらく最後になるであろう「社長から彼らに向けて発する今までの感謝とこれからの激励の言葉」そして彼らは一人ずつ病室に入りお兄ちゃんと二人きりで話をした。みんな涙でぐしゃぐしゃな顔をして目を真っ赤にして病室からでてくる。テツくんなんて部屋の外にまで聞こえる声で「社長!社長!」って泣き声が漏れていた。


どんな内容だったか?それは誰も口にしなかった。みんな自分の心の中にしまっておく宝物のような感じだったから。最後は源さんだった。途中から健太郎も呼ばれ、この三人の話し合いはお兄ちゃんの痛みの限界がくるまで続けられた。


こうして最後の別れに向けてお兄ちゃんは動き出した。自分の意識がハッキリしているうちに……

緩和ケアの承諾を静かに頷いたあと、お兄ちゃんは旅立ちの準備を始めた。


生を諦めたんじゃない。死を恐れたんじゃない。

静かにそれを受け入れただけだ。


私達の決断は間違っていなかった……そう私達に確信されるため?後悔させないため?真意はわからない、でもお兄ちゃんは今までで一番穏やかな顔をしている。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


緩和ケアへの移動を決めたその夜、お兄ちゃんからの指示で私は叔父さん達に今までのいきさつとお兄ちゃんの現状を話した。叔父さん達が血相変えて飛んできたが、その時お兄ちゃんは点滴によって眠っていたので話をすることはできなかった。


「拓哉っ!なんで、なんでこんなになるまで黙ってたんだ!ばかやろう」


「たっ君?たっ君?おばちゃんだよ、わかるかい?」


叔父さんやおばさん達はみな、眠っているお兄ちゃんの身体をさすったりしながら声を掛け続けていた。そして私達三人は叔父さんに思いっきり叱られて、そして思いっきり抱きしめられた。


「辛かったな……辛かったな……」


『もう大丈夫だ、これからはおじちゃん達も一緒だ、安心しろ』と叔父さんは私を抱きしめながら泣いてくれた。


お父さんもお母さんもいない。

そして今度はお兄ちゃん……


神様、私達はなにか悪い事をしたのでしょうか?

もう心から笑う事なんて出来ないような気がします。


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