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終末期 家族の苦悩

藤岡医師がベットを確保してくれたのでそのまま入院させてもらう事ができた。慌てて駆け付けた健太郎と菜緒なおちゃんも、落ち着いているお兄ちゃんの様子を見てホッと胸を撫で下ろした。そしてその夜、達郎も交えて私達は四人で話し合った。


話し合いは菜緒なおちゃんと健太郎が平行線のまま。


「お兄ちゃんを苦しませたままでいいの?」


「そうは言っていない。だけど俺は認めない!絶対に治療を諦めない、まだやれるんだ」


「現実をしっかり見つめなさい!奇跡は起きないの!」


健太郎は緩和ヘア部への移動を頑なに拒み続け、ついに菜緒なおちゃんは厳しい声で健太郎を叱りつけた。


奇跡はもう起こらない。健太郎だってわかってるんだ。わかっているけど認めるのが怖くて、どうしようもなく怖くて、治療という言葉にしがみつくしかない。私だってその気持ちがないわけじゃない。だけど……


「健太郎?緩和ケアというのは生きることを諦めた人達が行くところじゃないよ?」


「治療を放棄するんだ。同じことだ、言葉を綺麗に代えただけだ」


私も最初は健太郎のように緩和ケアというものを誤解していたから、それも間違いじゃないと思う。今だって完全に納得したわけじゃない。


お兄ちゃんがガンと診断された時や治療の経過あるいは再発や転移がわかった時など、さまざまな場面で辛さやストレスを私達は感じてきた、苦しんできた。そしてお兄ちゃんと一緒にガンと闘ってきた。だけどガンは容赦なくお兄ちゃんに襲い掛かり、私達家族の身体も心もボロボロにしていった。


ガンという魔物は、本人だけでなく周りにいる家族の身体や心にも襲い掛かる。


そんな私達に藤岡医師は最初から『みなさんをフォローする場所があるのですが』と勧めていたのだが、私が聞こうとしなかったのだ『ガン患者さんやそのご家族の心のフォーロをするところがあるのですが』と言う切り出しだけで私は耳を塞いできたから。


だけど今回、先生は「緩和ケア部のドクターと会ってみませんか?」と初めてハッキリ口に出した。その時がきたという事なんだろう……


「緩和ケアはガンが進行してからだけではなく、ガンと診断された時から必要に応じて行われるものです」


緩和ケアと言うのは、ガンに限らず重い病を抱える患者やその家族一人一人の身体や心などの様々な辛さをやわらげ、より豊かな人生を送ることができるように支えていくケアのことである。私は達郎や藤岡医師、菜緒なおちゃんの説明により、今になってようやくその意味を少しだけど理解することが出来たのだった。


「明日、私とお姉ちゃんとで緩和ケア病棟の見学にいくから」


「健太郎?気持ちはわかる、だけど私も菜緒なおちゃんの意見に賛成なんだ」


「くっ…」


健太郎は唇をかみしめて、悔しそうに下を向いたままだった。


「師長さんがね、緩和ケアは患者さんと家族が自分らしく過ごせるように、医学的な側面に限らず、いろいろな場面で幅広い対応をしていくとこだから、安心して私達に任せてくださいって言ってたよ」


つまり『病気に伴う心と体の痛みを和らげる』これが緩和ケアなのだ。決して生きることを諦めた患者がいく所ではない。むしろ自分らしさを保ち、最後まで強く生き貫くための場所である。


ただ、この病院での緩和ケア病棟は終末期のケアに力点が置かれている……

もう命の炎が消えかかっている人しか入れない。治すための治療はしない。これは目を逸らせない事実ではあった。


「健太郎くん、最終的な判断はお兄さん本人がするんだ。だから今の時点でこれは決定ではない」


「達郎さん…」


「だから茉緒まおたちが見学し、内容を把握することは必要なんだ、わかるか?」


「はい」


「緩和ケア病棟入院は本人の承諾がなければ家族が願ってもできない、あの病院はそういうシステムになっている。もう全てをお兄さんに打ち明けなければならない時がきたという事だ。その為にも家族がその場所の全てを理解した上でお兄さんに話すべだと俺は思う」


(私が泣いて苦しんでいる時、この人はちゃんと外から私達家族を見ていてくれたんだ…)


「だから健太郎くん、取り敢えず茉緒まお達に任せてみないか?」


「わかりました」


健太郎は達郎の説得で、しぶしぶ承諾してくれた。


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