ごめんね お兄ちゃん
白目をむいて意識もうろうとしたお兄ちゃんを病院に連れてきた。受付で事情を説明するとすぐに藤岡医師の元に運ばれ点滴が開始される。
「先生っ、お兄ちゃんは?お兄ちゃんは?」
真っ赤な目で涙をボロボロ流しながらすがりつくように聞くと、藤岡先生はとてもとても優しい目で頷きながら静かに言った。
「大丈夫ですよ。すぐに落ち着くはずですから、心配ありませんよ」
その言葉通り、暫くするとお兄ちゃんの意識はハッキリし様子も落ち着いて会話ができるようになったので、私達は心底ホッとしたのだった。
「達郎ありがとう、私一人だったら何も出来ずに泣いてただけだった」
達郎は、泣きじゃくってお兄ちゃんにしがみ付いて離れない私を落ち着かせながら、事務所にいる源さん達に手伝ってもらいお兄ちゃんを車に乗せ、病院の指示通り冷静に行動してくれていた。
「達郎くん、迷惑かけたようで、すまなかったな」
「迷惑だなんて思ってませんよ。俺が一緒でよかったです」
その後お兄ちゃんはクスリのせいでウトウトし始めて、そしてスーッと眠りに落ちていった。点滴をしていない方の手をそっと握る。
(温かい、寝息も聞こえる……生きてる、ちゃんと生きてる)
顎をベットの上に置き、抱きつくようにしてお兄ちゃんのそばにいると安心する。でもその穏やかな寝顔を見ていたら涙があふれてきた。
「達郎、私は間違ってるのかな……」
「ん?」
「あの時、お兄ちゃんが死んじゃうって思った」
「うん」
「逝かないでって、まだ傍にいてって、まだ生きていてって、そう思った」
「当たり前だろう」
「怖かった、いなくなっちゃうと思ったら、いやだ!いやだ!って」
あのとき私は、兄にすがって「逝っちゃダメ!逝かないでっ!」って、何がなんだかわからなくなって、泣き喚いてすがりついた。
「でもさ、それって……。それってさ、お兄ちゃんにまだ苦しんでって言っているのと同じだよね?」
「茉緒……」
「痛いのに、すごくすごく痛くて苦しくて辛いのに、私はまだそれを続けてって言ってるんだよね?」
「……」
「達郎?もうわかんないよ……私、どうしたらいいのか……わかんないよ」
涙がポロポロ溢れて止まらなくなった。わかんないよ、わかんないよ!って言いながら、泣き続ける私の背中を達郎が優しく撫でてくれていた。
と?人の気配がして振り返ると同時にファサッと後ろで白衣が動いた。藤岡先生だった。
「先生、私は間違ってるんでしょうか?」
先生は暫く切なそうな顔で、ゆっくり私と兄をみてからポツリポツリと話してくれた。
「立場上、ご家族の苦悩も患者さんの苦しみも、沢山の方々をみてきました」
(何人も助けられなかった人達をみてきてるんだよね……)
「正解なんてないんですよ」
「えっ?」
「患者さんの数だけ答えがあるんです、どれも正解であり、もしかしたらどれも間違いかも知れない」
「はい」
「僕は医者です。だから全ての患者さんを助けたいと思っています。自分の限界ギリギリまで頑張って助けようとしています」
「先生…」
「個人的な感情を持ったら、医者として失格なのかも知れませんが」
先生はそう言って、少し天井を仰いで、ふーっと息を吐いて
「僕は先日お話しした形がみなさんの為ではないかと、そう思っています」
(お兄ちゃんを緩和ケアへ……)
お兄ちゃんの前で泣いちゃダメだ!そう自分に言い聞かせたけど、溢れ出る涙を堪えることはもうできなかった。
「ごめんね……お兄ちゃん、ごめんね……」
何に対して謝っているのか、何がどうごめんねなのか自分でもわからない。ただ、ただ、私はお兄ちゃんの温かい手を握りながら、ごめんねを繰り返していた。
その時……
クスリで意識がないはずなのに、お兄ちゃんの手はギュッと私の手を握り返したような気がした。




