残された時間の使い道
5月24日。今日の診察は菜緒ちゃんも健太郎も一緒だったので、さりげなくお兄ちゃん達を先に出し私はそっとドアを閉め振り返った。
「先生?」
聞きたくない、だけど私達は知っておかなければならない。でも「先生?」と言ったきりその先の言葉が出てこなかった……
藤岡先生は「ん?」と首を傾け優しく微笑んでくれた。その微笑みは私を温かく包んでくれたような気がして、緊張している心がゆっくりと溶けていった。私は一文字に結んでいた口からフーッと一息吐き、天を仰いでから小さな小さな声で絞り出すようにお兄ちゃんに残された時間を聞いた。
「今年いっぱいは難しいと考えてください、夏が越えられるかどうか」
「そうですか……」
その夜、菜緒ちゃんと健太郎にお兄ちゃんに残された時間を伝える。重苦しい空気が部屋の中に流れ三人ともただ黙ったまま、どれくらいの時間が過ぎただろう。握り拳を膝の上でギューッと握りしめたまま健太郎が自分の膝を叩きながら悔しそうに泣いた。
「なんでだよっ!ガンがわかってから1年ももたないってことかよっ!なんでだよっ」
「初期の発見だったら、こんな事にならなかったのに……」
どうしたらお兄ちゃんが幸せでいられるんだろう?その夜、私達は三人で泣いた、泣いて泣いて、一生懸命残された時間の使い方を考えた。でも答えなんて出なかった。
何度も見送られた抗がん剤治療を6月に入ってやっと受けることができた。数値が良くなければ治療はできない、だからその治療が受けられるとお兄ちゃんは喜んだ。だが点滴治療は副作用が強い、何をしていても痛そうで、苦しそうで辛そうで……見ていられなくなる。このまま死んでしまうんじゃないかと思うくらい具合いが悪い。それでもお兄ちゃんは治療を諦めなかった。
6月22日の診察で藤岡先生は検査結果の画像や色々な数値を説明しながら、最後にこう言った。
「残念ですが、抗がん剤が効いていません」
そんなっ!あんなに辛い思いをして頑張ったのに。私は悔しくて涙が出そうになるのを何とか堪えた。先生の言葉に一瞬下を向いたお兄ちゃんは、すぐにパッと顔をあげてしっかり先生を見つめて言った。
「先生、この薬がダメなら違うヤツでお願いします!」
「一之瀬さん……」
困惑している先生に向かって健太郎も頭を下げた。
「先生、兄貴は諦めてないんです、どうかお願いします!違う薬を試してください」
お兄ちゃんは次もやるぞ!とガンと闘う事をやめない、諦めない。本人が頑張るなら周りの私達も諦めない。
(でもいいの?本当にこれでいいの?)
命の期限を伝えられたお兄ちゃんの身体。残された時間の使い道を間違っているような気がして……
私は苦しむだけの治療に戸惑いを感じ始めていたのだった。




