肝臓への転移
寒い冬が終わりを告げ、暖かな春が訪れた。
お兄ちゃんは日に日に元気になるどころか、無理をしているのが誰の目にもわかるようになってきた。それでも一切の弱音を吐かず、薬の副作用に苦しみながらも現場に復帰し意欲的に仕事に取り組んでいた。でもいつもだるそうで、皆に隠れて苦しそうに顔を歪めていることが多くなった。
手術を終えてからは消化器外科の黒田医師ではなく、臨床腫瘍科の藤岡医師にバトンタッチされた。
一般の診察場所から少し離れていて静かな環境だ。抗がん剤治療をするためにベットがたくさん並んでいて、待合室には帽子を被った人や車椅子にのった人などがいる。みんな自分がガンであることを理解している。担当の藤岡医師はいつも優しい微笑みで穏やかにお話しをしてくれる信頼できる先生だった。
「先生、俺頑張りますから!ガンなんかに負けないっすよ!」
「そうですよ一ノ瀬さん、一緒に頑張りましょう」
そう言ってにっこり微笑んでくれる。毎回、検査数値の分析?をしていて、どの薬が効いたとか、どうすればお兄ちゃんが楽でいられるか、どう治療すればいいのか一生懸命探ってくれていた。でも日に日に数値は悪くなる一方だった。
そして退院してから何度目かの診察で一番恐れていた言葉を私達は藤岡医師から告げられた。4月6日、ついにガンは肝臓に転移した。これをやっつけるには抗がん剤の点滴治療が有効なのだろうが。
「状態が悪すぎます」
既にお兄ちゃんの身体は抗がん剤治療に耐えれる状態ではなかったのだ。
それでもお兄ちゃんは諦めなかった。抗がん剤の点滴治療を希望した。生きたい!という強い本人の要望だったが、藤岡医師はなかなか首を縦には振ってくれず、私はお兄ちゃんと先生の間でどうにも出来なくてただオロオロしていた。
最後にはとうとう先生がお兄ちゃんに根負けし抗がん剤治療の許可をだしてくれた。数値が悪かったら中止という条件付きで20日から点滴治療が開始されることとなった。
(治療さえもできない状態なのか……)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
4月20日から開始される抗がん剤点滴治療の前までに、色々気になっている事を全て終わらせたいのか?お兄ちゃんは痛む身体を引きずりながらも現場に行くことをやめなかった。
「俺はガンなんかに負けねぇ!自分に負けねぇからな、大丈夫だ心配すんな」
『いま自分を支えているのは気力なんだ』お兄ちゃんは笑いながら私にそう言った。もし自分がガンなったら?今のお兄ちゃんを思い出し、最後まで自分負けることなく強く生きよう!と、その言葉を聞くたびに強く心に誓った、お兄ちゃんは身をもって私にそれを教えてくれた。
そして点滴治療が開始された。腰も痛い、食べることも辛い……だけど、どんなに苦しくても辛くてもお兄ちゃんは頑張った、決して諦めなかった。
(こんなに頑張っているのに少しずつ悪くなってきている気がする)
5月に入ってからはもう気力だけでは動けない状況になっていて、一時的でもいい元気になって欲しい!と願わずにはいられなかった。見ているのが辛い、だけどお兄ちゃんの方がもっともっと辛いんだ、だから私は泣かなかった。
あれは5月14日のこと。
いつものように一緒に外回りをしていた時。通りたくなかったけど、どうしてもその場所の横を通らなきゃならなくて、私は仕方なく火葬場の横を通った。お兄ちゃんは通り過ぎるその場所を助手席から静かに眺めぽつりと言った。
「まだここには来たくねぇな……」
その言葉を聞いた途端、今までずっと否定し続けてきた何かが私の中で爆発した。それは喉の奥から熱く煮えたぎりながら湧きあがり表面に出てきてしまった。
「な、なに言ってんのよ」
ボロボロと涙を流しながら運転する私の横顔を静かに見つめたあと、お兄ちゃんは自分がいなくなった時に私がどうすべきかを話しだした。ゆっくりと、とても静かな声でじっと前を見つめたまま。それは今いきなり考えた事ではないだろうと思える内容だった。残された私たちがどう生きていけばいいのか、お兄ちゃんはちゃんと考えていたのだ、私はもう溢れ出す涙を止めることができなかった。
お兄ちゃんは自分の命の炎が消えようとしていることに気付いている……
「もし、もし、私がずーっと泣いていたら、絶対に出てきてね!幽霊でもいいから傍にいてね!」
いつか来るであろう永遠の別れの辛さも、溢れ出る涙を隠すことも、私はもう止めることはできなかった。
「そうだな、お前はずっと泣いてそうだもんな、出てきてやるよ」
前みたいに気力だけでは動けなくなったお兄ちゃん。
いつまで一緒にいられるんだろう……
奇跡は起こらなかった……




