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それぞれが隠し合う切ない心

2月8日 お兄ちゃんは無事に退院した。


「社長、退院おめでとうございます」


「源さん、みんなにも迷惑かけたな?もう大丈夫だ!これからまた宜しく頼むぜ!」


「社長の怒鳴り声のない現場なんて現場じゃないっすから、またガンガンよろしくお願いします」


「テツ、いつまでも怒鳴られるような仕事してんじゃねーよ、早く一人前になれ」


「えーっ、オレもう二人前くらいには成長してますよぉ?」


その夜は軽く仲間内で退院祝いをする事となり賑やかな夜となった。久しぶりに聞くお兄ちゃんの豪快な笑い声がリビングに響きとてもとても居心地の良い我が家だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


退院してからのお兄ちゃんは、3日間はおとなしく事務所にいたもののすぐに動き出した。いくら源さんや私が言っても無駄で、何かとても焦っているような感じさえした。お兄ちゃんはとても利口な人だ、色んなこと勘付いているのかも知れない。今は何を言っても無駄だろう。せめて源さんとテツ君にだけは知らせたいと思った。私の目の届かないところで何か起きたらと思うと怖くて仕方なかったから。


(でもお兄ちゃんに口止めされているし……)


「源さん、お兄ちゃんの事よろしくお願いします」


何も伝える事ができない苦しい心を抱えたまま、私は源さんに頭を下げた。深く深く頭を下げて心の中でお願いした。源さんはそんな私をじっと見つめて何か言いたそうだったが、ぐっと言葉を呑み込んで明るく返事をしてくれた。


「お嬢さん、大丈夫です。私らがついてますから安心してください!」


源さんはきっと気付いている。お兄ちゃんの性格もよく知っている人だ。だから何も言えずにいる私が、いまどんな窮地に立たされているのか理解した上でこの言葉を言ってくれたんだ。頭を下げたままポタポタと地面に落ち続ける涙を私は止めることが出来なかった。


源さんはお兄ちゃんに疑われないように誤魔化しながら、なるべくお兄ちゃんの身体に負担がかかるような事は避け全て自分とテツ君とで動いてくれていた。


そして私も、お兄ちゃんの身体の負担を少しでも減らせればと思い「たまには私も外にでたーい!」と我が儘を言うフリをして、事務仕事が忙しくない時は一緒に外周りに行くようになった。


一度は奇跡を信じた。信じたけど……


いつか訪れるかもしれないその日まで、お兄ちゃんとの思い出をたくさん残しておきたかった。お昼にはラーメン屋さんや馴染みのとんかつ屋に連れて行ってもらったり。二人で現場や役所、お客さんの所など色んな所に出掛けた。それはある意味つらく悲しい日々だったけど、それでも私は涙を隠してお兄ちゃんのそばで笑い続けた。


「ねぇお兄ちゃん、何だか毎日デートみたいで楽しいねっ♪」


「ははっ、そうか?達郎君とのドライブの方が楽しいだろう」


「どっちも楽しいよ!」


「明日の夜のメシいらねぇから、久しぶりに達郎君と一日のんびりデートしてこい。俺が退院してから全然出掛けてねぇだろ?たまにはお洒落して遊んでこい」


「達郎は家に来てくれるから、ちゃんとデートはしてるよ?」


「それはデートとは言わねぇだろ?作業着や部屋着じゃないお前をたまにはみせてやれよ」


じゃないと女と認識されなくてフラれちゃうぞ!だの、俺もたまには綺麗なお姉ちゃんのいる店に遊びに行きたいんだとか、あっははー!って元気に笑ってくれる。声や会話だけなら元気そうに感じるが、薬の副作用がキツイことを私はちゃんと気付いていた。


こうして笑いながらの会話中、チラリと目だけでお兄ちゃんを見ると、たまに顔を歪めている時がある。運転中もさりげなく視線をお兄ちゃんに向けると辛そうな顔をしている時がある。お兄ちゃんはいつも斜めに座って顔を窓の方に向けていた、それはたぶん私に辛い顔を見せない為だろう。なのに声だけはいつも元気で笑っていて……


(お兄ちゃん、痛いの?辛いの?苦しんでしょう?)


たぶんお兄ちゃんは身体が食事を受け付けないのだろう。だけど元気になるために頑張って口に入れようとしている。でも入らない……見ていればわかる。


だから私は大食いのフリをして、いつもお兄ちゃんの頼んだ物の半分以上を「これちょーだい」と言って残さず食べる。じゃないとお兄ちゃんは私に心配かけまいと無理して食べようとするから。いつも辛そうで、いつもダルそうで、すごく痛いんじゃないかとさえ思う。だけどそれを必死に隠している。だから私も気付かないフリをしていた。


お兄ちゃんと一緒にいる毎日は幸せで楽しくて、苦しくて切なくて心が痛くて


奇跡はやはり起こらないかも知れない。

お兄ちゃん……



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