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11 チューブに繋がれた身体

『ステージ4 悪質なガンです』


黒田医師の口から出た言葉は私達三人をどん底の暗闇に突き落としたのだった。先生が立ち去った後、暫くのあいだ私達は何も考えられなかったし動くこともできなかった。どれくらいの時間を待合室で過ごしたのか三人とも記憶になかった。


「まだダメと決まったわけじゃない、これから治療していい方向に行くかもしれない…」


健太郎が小さな声でまるで自分に言い聞かせるように呟き、菜緒ちゃんも声のトーンをあげて不安を振り切るように天井を見上げて言った。


「そうだね!先生も言っていたじゃない?私達は諦めませんよって!」


私は下を向いたまま涙を堪えているのが精一杯で……


「お姉ちゃん?お兄ちゃんは生きてるんだよ?私達がいま諦めてどうするの!」


(わかってる…わかってるけど…)


崩れ落ちそうになっている私の腕を掴んで、菜緒ちゃんが叱咤しながら立ち上がらせる。


「ICUに行くよ。お姉ちゃんしか入室の仕方を知らないんだから。ほらっ!しっかりして!」


菜緒ちゃんに引っ張られ、重い足を引きずり二人に支えてもらいながら歩く。『集中治療部』と書かれた大きなドアを通り過ぎ、私は心が現実にないままフラフラとICU室に二人を案内した。ちょっと薄暗くて、広い廊下にいくつものドアがあり、奥の方は関係者以外立ち入り禁止と書かれていて嫌でも緊張する空間だった。


ドアの前でインターホンをならして名前と人数をいうと、スーッとドアが開き看護師さんに更衣室に案内される。外部の菌や感染症のウィルスなどをICUの中に持ち込ませないために、頭にはキャップをかぶり予防衣を着てから手をよく消毒して準備をし、私はここでやっと落ち着いて自分を取り戻すことができた。


「なんかすごい厳重なんだね」


「ここは特別な所なんだって言ってた、だから一度に2名までしか入れないの」


「じゃ私とお姉ちゃんで先に入ろう、健太郎は待っていなさい」


「お待たせしました」準備して待っていると青い服を着た看護師さんが、さらに奥にあるドアの中に私と菜緒ちゃんを招き入れてくれた。


そのエリアに入った瞬間、目に飛び込んできたのは……


(な、なに?この空間っ!怖い…)


大きなワンフロアに、モニター心電図や輸液ポンプなどのME機器に繋がれた患者さん達がズラリと並んでいて、ピーピーとかピッピッとか沢山のME機器が発する音だけが不気味に鳴り響き、青い服を着た医師やナース達が静かに何かをしている。今まで見たことも体験したこともない異様な光景で、人体実験をしている秘密の地下空間のようだ。


あるベットの横に私達は案内された。身体から何本ものチューブが伸びていて、それらが機器に繋がれ人工呼吸器をつけた人間、兄だった。


(お兄ちゃんっ!!)


思わず駆け寄り兄の身体に抱きつこうとして菜緒ちゃんに静かに制される。その痛々しい兄の姿を見て、無言で立ち尽くしている私達に看護師さんが声を掛けてくれた。


『話し掛けられても大丈夫ですよ?』


「お兄ちゃん…」


「お兄ちゃん、わかる?お姉ちゃんと菜緒なおだよ、わかる?健太郎もあとから来るよ」


兄はうっすらと目を開けて頷いてくれた…ような気がした。


「呼吸器はつけたままなんでしょうか?」菜緒ちゃんが心配そうな顔で看護師さんに聞くと。


「呼吸の状態管理のために今はまだ人工呼吸器をつけたままですが、薬で眠らせている状態から徐々に薬を減らして調整し、呼吸の安定をはかってから抜管しますので大丈夫ですよ」


「そうですか…」


「脈拍も血圧も安定しています、お兄さま本当に頑張りましたね?」


容体は安定しているので、今夜はもう帰宅しても大丈夫だと言われた私達は病院を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


朝、目が覚めて、ほんの一秒くらい…


何も起きてなくて、いつも通りの平和な朝のような錯覚をおこした。これから家事をしてお弁当を作って、元気に現場にいくお兄ちゃん達を見送る。そんな普通の何でもない毎日がまた始まる朝。


でも、すぐに違う事に気付く…


たくさんのチューブに繋がれた兄の姿が脳裏に浮かび、黒田医師の言葉が蘇ってくると、涙が溢れて止まらなくなった。


(お兄ちゃん…いやだよ、いなくならないでよ!いやだよ…お兄ちゃん)


お兄ちゃん、お兄ちゃん、ずっと傍にいてよ!枕に顔を押し付けて私は声を出して泣いた。思いっきり泣いた。


『やらなきゃならない勝負なら、笑って挑もう』泣き続けていたらお兄ちゃんの声が聞こえたような気がした。


お兄ちゃんのガンは完治しないだろう。奇跡を望まないわけじゃない、もちろん諦めるなんてこともしない。だけど現実から目を背けちゃいけない。夢ばかりみちゃいけない。


なら私達はどうすべきか?


お兄ちゃんに残された時間を共に悔いなく過ごしていこう。一分一秒も無駄にせず、精一杯、一緒に笑って今を生きていこう。


だから私は……

涙を拭いて、顔をあげた。

ここからが本当の闘いなんだ。



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