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10 ステージ4

どうかこの手術でガンが治りますように!

元気なお兄ちゃんに戻って、また私達に幸せな日々か訪れますように!

無事に手術が終わりますように!


サインを終え、待機家族専用の待合室に入ると何組かの人たちが座っていた。菜緒ちゃんと健太郎が隅っこに二人並んで座っていたので私もその横にストンと腰掛ける。時計を見ると11時少し前、もうすぐ手術が始まる。


待合室は誰も何も喋らず静かな空間で、それぞれの家族が手術の無事を祈っていた。重苦しくて息をする事さえ躊躇われる。一番端っこの年配の女の人は時折手を口元にあて涙を我慢しているようだった。居たたまれない……


ただじっと下を向いて座っていると?足元にピンクの小さな靴がチョコチョコ行ったり来たりしてるのが目に入る、まだヨチヨチ歩きの可愛い女の子。


「すみません…こっちおいで」


その子のお母さんだろう、申し訳なさそうに歩き回る女の子をそっと抱き上げて自分の膝に座らせる。自由を奪われて今にも泣きだしそうな女の子を一生懸命あやしていた。その横にはその子のおばぁちゃんとおじいちゃんかな?代わる代わる何とか宥めようとしていた。お父さんらしき人の姿が見えない、きっとこの子のお父さんが手術を受けているんだろう。


こんな小さな子がいるのに……

この子のお父さんの無事をそっと心の中で祈った。


「大丈夫ですよ?騒いでいるわけじゃないんですから、歩かせてあげてください」


「いいんですか?すみません、ありがとうございます」


女の子は床に下ろしてもらって嬉しかったのか、とびきりの笑顔で私達の所にチョコチョコと歩み寄り、小さな手を差し出した。くったくのない可愛い天使のような笑顔と小さな笑い声は、死の恐怖と不安で凍りついていた私達の心を溶かしてくれた。


「ねぇ、病院内にいればいいんだよね?」


菜緒なおちゃんが耳元でそっと囁く。


「うん。外だと電波が入らなくなるからダメだけど院内にいれば問題ないよ」


1時間ほどそこに座っていた私達は、順調に手術は始まったと判断し待合室を出た。私の首には何かあった時の連絡用にと渡された携帯電話がぶら下がっている。無事に手術が終わればこの電話に連絡が入る。


「とりあえずお昼を食べようぜ、長丁場だ体力つけとかなきゃな」


「もうお腹空いたの?あんなにご飯食べたのに?」


「6時前に食ってんだから、そりゃ腹も減るだろう。姉ちゃんステーキにしようぜ」


菜緒ちゃんはこんな時にお腹空くなんてアンタの神経の図太さには感心すると笑っていた。いつでも周りを和ませてくれる弟、どんな時でも冷静に判断してくれる妹。この二人がいてくれるから泣かず頑張れる、安心していられる。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時間が過ぎるのがとても遅く感じられた。夕方になり待機室には私達の他に数人の人達しかいなくなった。隅っこのソファに移動して、ちょっとだけ体を横にしたりしながら私達はじっと連絡を待った。


三人でずっと待った。お兄ちゃんの無事を祈りながら……


「ねぇ、予定ではもう終わる頃だよね?」


菜緒ちゃんが不安そうな顔で時計を指差す。先生から言われていた手術終了時間の18時はとっくに過ぎていた。


「うん…遅いね」


「何かあったわけじゃねーよな?」


「縁起でもない事言わないでよ、大丈夫だよ」


私達はじっと身じろぎもせず時計を見つめていた。19時が過ぎ、20時が過ぎ…


(もう9時間も経ってる、何か起きたんだろうか…)


そしてやっと首から下げている携帯電話が鳴った。それは無事に手術が終了したとの連絡だった。


「無事に終わったって!これから先生のお話しがあるからココで待っててくださいって」


私は心配そうな顔している二人に笑顔を向けた。


(よかった!無事に終わったんだ。本当によかった!)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『お待たせしました』


待機室内の小部屋に案内されると、手術着のままの黒田医師が疲れたような顔で座っていた。


(9時間もお兄ちゃんのガンと闘ってくれていたんだもん、疲れてるよね…)


「ありがとうございましたっ」私達は深々と頭を下げてから椅子に座る。まず今は容体が安定している事を告げられホッと胸を撫で下ろす。そして手術の内容を黒田医師はゆっくりと話し始めた。


お兄ちゃんは手術中、一時的に心臓が止まってしまったらしい。


『麻酔科の先生がホントによく頑張ってくれました』


(うそっ!心臓止ったって?一時死んじゃったってことなの?)


それからガンの内容や取り除いた部分の事などを私達にわかりやすく話してくれた。そして最後に出た言葉は…


悪魔のように絡みついているガン細胞を全て取り除くことは出来なかったと……


『ステージ4 悪質なガンです』


手術を終えた黒田医師から告げられた真実は、私達を深い深い暗闇の底に突き落とす言葉だった。


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