『入れないんです』
その日は朝から茹だるような暑さだった。
アパートの部屋に一人暮らしの俺は、昼間からエアコンをかける訳にもいかず、取り合えず街のショッピングモールに涼みに出掛けた。
そのモールは郊外にある大規模なもので、恋人のさくらがアルバイトしている雑貨屋もそこにテナントを置いていたから、暇潰しに良く来ていたのだ。
夏休み中と言うのもあって、ショッピングモールは家族連れやカップルでごった返していた。
行くあてもなくただぶらぶらするのは暇なので、恋人のさくらのバイト先を覗いて見ることにした。
彼女のバイト先は、モールの専門店街の少し奥まった場所にある。日用雑貨から一寸ファンシーなグッズまで取り揃えた、小洒落た店だ。
と、店の前に来た俺は立ち止まって眉を顰めた……店の前に人だかりができている。老若男女、10人前後だろうか。
皆不安そうな表情で店の中を覗き込んでいた。
(何かあったんだろうか?)
俺は人だかりのただならぬ様子に少なからず焦った。このご時世、真っ昼間から強盗だのは珍しくないから。
「あの、すいません……何かあったんですか?」
俺は一番手前の若者に声を掛けた。俺の声に、若者は少し驚いたような顔をして、でもすぐに表情を曇らせて言った。
「……入れないんです」
「はあ……」
俺は若者の言葉に首を傾げた。店の扉は開いていて、扉に『open』の看板が下がっているからだ。
それに、『開いてない』のではなく『入れない』とは……?
「中に入れないんだよ」
「いつもここに集まっていたのに」
「入れないのは困るわ」
人々は口々に俺に話しかけてくる。
……それにしても。
店の前に集まる人々は少し妙だった。暑い夏の盛りだと言うのに、分の厚いセーターを着た女性。白髪を結い上げた上品そうな和服の老婆。今どき珍しい詰め襟姿の青年……
年齢も性別も雰囲気も季節感もバラバラだ。いくら雑貨屋の商品が幅広くても、一寸バライティが有りすぎる。
それに、これだけの人が入り口で待っているのに、店の人が気付かないのも変だ。
店主とは知り合いだが、愛想が悪い男じゃない。
違和感があった。
「良かったら僕が店の人間に言いましょうか?」
俺が若者に言うと、若者は弱々しく首を振った。
「いや、いいよ。ありがとう」
「たまに居るのよね……悪戯が過ぎて出入り禁止になるヒト。困るわ」
「居心地よかったのに……残念だな」
人々は口々にそう言って、廊下の向こう、雑踏の中に消えていく。
俺はその寂しそうな背中を見送ったあと、店の入り口に目を移して『ああ……』と思わず声を出した。
雑貨屋の玄関に白い醤油皿に塩が盛られている。
なんだ。あの人たちはここの『常連さん』だったのか。
数日後、さくらにあの日の話をしてみた。
「マジで? オサム、やっぱり『いた』の?」
「『やっぱり』って、なんだ、知ってたのか」
「……『見た』ことは無いんだけど……」
さくらは言いにくそうにしながら話してくれた。
開店当初から誰も居ない筈の売り場に人の気配がしたり、店の商品が落ちたりすることはあったらしい。
それがここ一ヶ月頻繁に起きるようになった。
「先月、店閉めたあと、帰ったバイトの娘から店に電話があったの。ワン切りだったから何かあったかなってかけ直したら、『掛けてません』って。その娘の発信履歴にも残ってなくて……店に居るときも、子供の声だけして姿が見えないなんて事もあったし……流石に気味悪いじゃない?」
「だから盛り塩を?」
「うん」
「……悪い感じはしなかったけどな」
「冗談! 私がそう言うの苦手だって知ってるでしょ?」
憮然とするさくらに、俺は苦笑して肩を竦めた。
次の日も店の前に行ってみたが、あの『人』たちの姿はなかった。
後日聞いた話では、ショッピングモールが建った土地は昔田園地帯だったが、そこに井戸があったそうだ。
その井戸のあった場所が、丁度雑貨屋のある場所だった。
きっと、『彼ら』にとって居心地がいい場所だったのだろう。
それ以後、彼らが雑貨屋に集うことはなかった。
別の『場所』を見つけたのだろうか……
ネットで見かけた怖い話を読んで書きました。
思ったより怖くなかった。