退魔の銀剣
なるべく読みやすく
なおかつテンポよくを意識します。
勢いで書くこともあるので、設定が矛盾するかもしれませんが、その時はご指摘いただければ嬉しいです。
夜には多くのものが集まる。
虫、人、光、そして魔。
魔は闇を求め、そして人は魔を求める。
故に、魔術師は夜に生きる。
故に、この世界に朝は来ない。
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仄暗い水から浮かび上がる感覚。
背中に血が通い、次第に脳へと伝わっていく。
無理解から理解へと覚醒し、目覚めの寸前に「それ」は象られていく。
一本の白い剣へと。
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朝だ。
カーテンの隙間からは月光が差し、網戸の向こうからは静かな虫の鳴き声が聞こえ、ベランダではフクロウがこちらを見つめているが、朝だ。
24まで数字の打たれた文字盤は7を指し示している。
この世界に朝は来ない。
ベッドの上で時間を確認した少年は起き上がり、顔を洗う。
背中まで伸ばされた銀の髪を鬱陶しそうに纏めるとチャイムが鳴った。
少年が玄関を開けると、燃え上がる火のような美しい赤髪をした少女が居た。
???「や、おはよう。もうこっちには慣れた?」
少女が尋ねる。
???「ああ。初めは違和感しか無かったが、3日も経てばそれなりにだが慣れたよ。」
少年は応答する。
少年の名前は白銀 剣嗣。対魔の鍛冶師と「射出」の魔術師を両親に持つ、職人と魔術師のハーフだ。
中学生までは常人の世界「第1世界」で普通の人間として暮らしていたが、中学卒業間近に「第2世界」で暮らすように政府から手紙が届いた。
「第1世界」「第2世界」共に処理は済んでいたようで、引っ越しや住所変更などもスムーズに行えた。
職人と魔術師を両親に持つが「第2世界」の詳しい知識も無く、また職人の常識も魔術師の常識も「第2世界や、それに準ずる情報を一般人に言ってはならない」程度しか知らない。
自身の出生は知っていたが、自分以外に第2世界に関わる人間に会った事が無かったため、小学校に入る頃には興味も失せていた。
中学生になり、第2世界の存在などすっかり忘れていた彼にとって、突然の第2世界は理解不能な事が、多すぎた。
そんな彼に第2世界の常識を教えてくれたのが、目の前の少女、多摩 凛花だった。
凛花「そう?なら良かった。でも珍しいよな、15になって第2世界で暮らす事になるなんて。」
凛花は腕を組み、首を傾げる。
剣嗣「そうなのか?」
凛花「剣嗣は第2世界どころか職人と魔術師、両方の事もよく知らなかったんだっけ?」
剣嗣「あぁ、第2世界も職人も魔術師も、言葉しか知らない。」
凛花「そっか。まぁ第1世界で言うならさ、ここ第2世界は原子力発電所で且つホワイトハウスみたいな感じかな。」
凛花が立ち話もなんだから、と図々しく中へ入れるよう催促しながら話す。
剣嗣「原発でホワイトハウス?なんだそりゃ。」
凛花「今日の予定は?」
凛花は勝手知ったる部屋の如く、棚から茶菓子と、冷蔵庫から茶を取り出しテーブルに座った。
剣嗣「お前が手伝ってくれたから、やる事は昨日で終わったよ。今日は昼過ぎから散策でもしようかと思ってた。」
凛花「なら暇って事だね。せっかくだし、今日は第2世界についてゆっくり教えるよ。」
凛花は紙とペンを、要求する。
剣嗣は手頃な物を渡しながら尋ねる。
剣嗣「それはありがたいけど・・・お前3日前から俺に付きっ切りだよな?やる事無いのか?」
凛花「ハハハ。さて、さっき言った原発でホワイトハウスってところから入るか。」
無いらしい。
凛花「まず原発って所から。ここ第2世界は、第1世界に比べて非常に優れた魔素、素材が手に入りやすい。が、第1世界とは比べものにならない災害、害獣、病が数多く存在する。これが原発って言った理由。」
剣嗣「なるほど、危険も多いが利益も多いと。」
凛花「うん。で、次はホワイトハウス。これは第2世界全体ではなく、正確にはこの都市、「裏京都」を指した言葉。」
凛花は渡された紙に、いつの間にか世界地図を簡易的に書いていた。
その地図の日本。京都の位置を丸で囲む。
剣嗣「裏京都?」
言葉を反芻した剣嗣はそこで区切った。
凛花「質問が来ないって事は、なんとなくではあるけど気付いていたって事だろ?」
凛花は続ける。
凛花「お察しのとうり、第2世界と第1世界は見た目は殆ど変わらない。まぁ、それも都市部に限りって話なんだけど。詳しい話はまた別の機会にするとして、ここ「裏京都」が第1世界の京都とほぼ同じ作りである事は確かだ。」
凛花は続いて、東京、大阪、札幌、沖縄に丸を付ける。
凛花「今囲んだ場所も裏京都と同じ様に、第2世界では重要な都市になってる。」
凛花は紙の空白に、日本地図を描く。
そして、京都の周囲を黒く塗り潰した。
凛花「ちょっと逸れたけど、ホワイトハウスの意味について。そもそも第2世界は、人間が住める様な環境じゃ無いんだ。都市から出れば、高濃度の魔素に魔術神経が侵される上、獰猛な魔獣共がウヨウヨしてる。そんな危険な第2世界で唯一の安全区域がここ「裏京都」を含めた世界50の拠点なんだ。」
凛花は世界地図に幾つか丸を描いた。
剣嗣「安全って意味ならシェルターとかって表現でよくないか?わざわざホワイトハウスなんて」
凛花「ところが大袈裟って訳でもない。第2世界において「裏京都」は最重要拠点なんだ。第2世界における日本の全ての情報がここに集まり、全ての指示がここから出る。もしこの都市で下手な真似をしようものなら、警告無しで殺されてもおかしくない。」
剣嗣はその言葉にゾッとした。
思い返せばこの3日、犯罪らしきものを見聞きした覚えはない。
ニュース、ラジオ、新聞。
いずれも資源や新たな魔術、天候などしか報じていなかった。
剣嗣「だからパトカーのサイレンのようなものも聞こえないのか。」
剣嗣は窓の外へと視線を送る。
以前住んでいた地域では、夜になればサイレンの1つや2つ、よく聞こえていた。
凛花「そういう事。怪しい動きをすれば即死刑、だから誰も犯罪なんて侵さない。犯罪が起きないんだから警察なんていらない。まぁ法律はややこしいのが沢山あるんだけどね。」
剣嗣は法律という単語に苦い顔をした。
剣嗣「なんだか話しすぎて疲れちまったよ。休憩がてら朝飯でも食いに行こうぜ。」
剣嗣は椅子から立ち上がり、凛花に促す。
凛花「まぁその辺はおいおいでいいと思うよ。というか、剣嗣にはあまり関係ないと思うし。」
剣嗣「そういや十一人会って知ってるか?」
剣嗣が唐突に尋ねる。
凛花はその問いに意外そうな反応を示した。
凛花「第2世界の日本での最高機関だけど・・・なんで?」
剣嗣「なんか今日行かなきゃならないみたいでさ、どんなところなんだ?」
剣嗣はひらひらと封筒を見せる。
確かに送り主は十一人会と書かれていた。
凛花「場所自体はさほど特別ではないよ。ただ噂で聞いただけなんだけど、十一人会の構成メンバーは全員変わり者で、魔法使いと極者しかいないって言われてる。」
剣嗣「魔法使いと極者?」
凛花「魔法使いは魔術を極めた人間が呼ばれる称号。極者は職人技を極めた人間が呼ばれる称号。どっちも常人じゃ計り知れない素質を持ってないと辿り着けない境地。みたいなもんかな?」
剣嗣は「へー」とこぼしながら玄関を開けた。
マンション15階からの風景は、とても見栄えがいい。
ビルや電波塔の光が、夜の街に星のように点在している。
剣嗣が第2世界で気に入っているものの1つだ。
凛花「さてと、どこに食べに行く?」
凛花はポケットから携帯端末を取り出す。
剣嗣「第2世界でスマホなんか使えるのか?」
剣嗣の言葉を受け、凛花がずいと端末を突き出す。
凛花「よく似てるけど別物。剣嗣にももう直ぐ支給されるよ。」
突き出された端末はスマートフォンにしかみえない。
詳しい機種は分からないが、世間一般で見聞きするものと違いがないように見えた。
剣嗣「へー。まぁこのご時世に携帯が無いのは致命的だからな。早く届いて欲しいけど・・・ラーメン屋ってある?」
凛花「朝から?」
剣嗣「見た目が夜だからさ、どうしても晩飯気分になっちまうんだよ。」
凛花「まぁいいけど、近くに知り合いがやってる店があるよ。そこに行こうか。」
剣嗣「いいね。」