第1章 渇き
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「なぁ,綾斗。吸血鬼っていると思う?」
突然の親友の言葉に俺は鼻で笑った。
そんなものいるわけ無い。アニメや漫画の見過ぎだと。
「…将…」
自分の言葉に目を覚ますと,そこは俺の知っている景色ではなかった。
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俺の部屋とは違う木で出来た部屋。
歪な形をしている窓や,職人が造ったとは思えないタンスや本棚。
本棚に並んでいる本はどうやら普通の本ではないようだ。
体を起こすと酷い目眩がした。
首筋に残る微かな痛み。
そこでようやく思い出した。
「吸血鬼…本当にいたんだ……」
こんなことを俺の口から聞いたら将は何と言うだろうか。
俺のこと,笑うかな?
そう言えば…あの吸血鬼,暗くて顔が見えなかったけど,確かに”しょう”って…
俺の思い違いだろうか?
コンコン
ノックが聞こえた後,ドアが開き人が入ってきた。
「!目を覚ましたのね。気分はどう?」
「………」
余りの美しさに俺は言葉を失った。
髪は透けるような薄い桃色で腰ぐらいまであるだろうか?
長い髪は2つに結びふわふわと歩くたびに揺れる。
目も同じく透き通るような桃色だ。
美女とはこういう人のことを言うんだな,と実感する美貌だった。
「どうしたの?」
「…あ,いや!なんでも…ない」
俺の様子にその女の子は微笑んだ。
同い年ぐらいだろうか?
「私はシャル。よろしくね,アヤト」
「…シャル………ん?どうして俺の名を…」
「知ってるわよ,あなたは…」
首を傾げる俺を見てシャルは口を閉じた。
それにしても此処は何処だろうか?
部屋も広いが一室に過ぎないんだろう。
シャルは俺の顔を覗き込み,身を翻すと部屋を出て行った。
目眩がする…それに,何故か喉が渇く
再びノックが聞こえると次はシャルではなく男が入ってきた。
身長が高く、髪は黒で目も髪に負けないくらい真っ黒だった。
世間一般で言うイケメンというやつだろう
「目が覚めたのか」
男はそう言うとベッドの上に腰掛けた。
男を見ていると目眩が酷くなる。
おそらく…匂いのせいだろう
何故か,この男からは良い匂いがして……
「顔色が悪い,大丈夫か?」
「……ぁ…はぁ…はぁ…」
なんだよ,これ…
喉が…渇く…
「…っ…喉が……」
「!?」
気が付くと俺は男を押し倒し,首筋に噛み付いていた。
離れると口端から血が垂れ,先程感じていた渇きはなくなった。
「!…あ……え…?嘘,だろ…俺……」
「っ…」
今,何をした?この口の中に広がる味…
口元を拭い手についた血を見ると,再び喉が渇いた気がして体が勝手に動き血を舐めとっていた。
これじゃ…まるで…
「吸血鬼」
首筋を手で押さえている男がそう呟いた。
身を起こすと俺の瞳を真っ直ぐ見てくる。
「目が赤くなっている。一時的なものだろうがな」
そう言われ,慌てて鏡を見ると普段の緑の瞳が真っ赤になっていた
口を開けて見ると,犬歯が伸びていた。
「嘘だろ……俺……吸血鬼になんて……」
「綾斗。お前は特殊なんだ」
男が俺の手を掴むと引き寄せた
また,この匂い…
甘く溶けてしまいそうな匂い
もっと…欲しい
「…ぁ……」
「まだ自分じゃ制御出来ないようだな。吸いたいだけ吸えばいい。俺はお前の為に存在しているんだからな」
再び首筋に歯を立てると音を立て血を吸う。
止まらない…もっと,もっと欲しい…
喉が渇くんだ,こんなんじゃ足りない
「綾斗,それ以上吸い続けると自我をなくした吸血鬼になるぞ」
「っ…」
男は俺を体から話すと首筋を押さえている
「名乗っていなかったな,俺の名は千早」
「ちはや……俺…」
「気にするな,言ったろ?俺はお前の為に存在していると。いくら血を吸っても俺は死なん。俺も,特殊なんだ」
「特殊……?」
千早は微笑むと俺を抱き締めた。
「やっと手に入れた。俺たちの希望。魔法使いの血を飲み古の魔法を発揮する吸血鬼,綾斗。お前のその力を魔法使いの未来の為に使ってくれ」
吸血鬼,魔法使い…そんなもの存在しないと思っていた
だが,今尚続くこの渇き
それを潤してくれるのはこの男なのだろう
「千早…俺の体はどうなってんの?」
「お前は吸血鬼だ,最初からな。目覚めるきっかけは昨夜血を吸われたろ?大量に血を吸われた結果,古の力が目覚めてしまった。一度目覚めてしまうともう後には戻れん」
千早は嬉しそうに笑っている
まだ何が起きたのかわからない。
此処が何処なのかも,古の力がなんなのかも
だが,分かるのはただ一つ
この渇きに耐えることは恐らく出来ない
しばらくはこの男と行動を共にして吸血鬼と魔法使い…そんなふざけた存在などないと証明してやる
「……わかった,俺で役に立つなら…」
そう言うと俺は千早の首筋に噛み付いた