Episode:04
「わたしがここの学院長のオーバルです。
――ルーフェイア=グレイス=シュマーですね?」
「フルネームは、やめてください」
さすがにこれは許容できなくて、即座に言い返す。シュマーの名は、簡単に口にできるようなものじゃない。
「……そうでしたね。カレアナからも言われていたのに、忘れていました」
カレアナというのは、母さんのファーストネームだ。どうやらここの学院長と母さん、ホントに知り合いだったらしい。
それならあたしの細かい事情も、たぶん母さん話してるんだろう。
――それがいいのかどうかは、わからないけど。
そのあとサインだけして、入学手続きはあっさりと終わる。ほかにクラス分けのテストがあるらしいけど、年度途中の特例入学のせいで、後日改めてだそうだ。
ただ、そのあとの学院長の話が長かった。
「連絡をもらった時は驚きましたよ。なにしろ15年ぶりくらいでしたから」
「はぁ……」
15年前なんて、あたしまだ生まれてない。
「まぁカレアナはあまり、変わってないようでしたけどね。でも向こうは、まさかわたしがシエラの学院長をやっているなど思っても見なかったようで、驚いてましたっけ」
「……そう、なんですか……」
たしかあたし、ここに入学手続きにきたような……?
「それにしても音沙汰のないうちに、こんな可愛いお嬢さんが生まれてたとは」
「……ありがとうございます」
なにをどう答えればいいか、分からなくなってくる。
「なんでも、カレアナがいろいろ言ってましたが……」
「!」
瞬間、驚くより早く、目に入った映像に対して身体が反応した。
とっさに小太刀を投げつけて隙を作り出し、逃さず一瞬で間合いを詰めた。そのまま間髪いれずに、学院長の右手首に手刀を叩きこむ。
学院長の手から、銃が落ちた。
「いたた……はは、さすがシュマーの総領家ですね。話は嘘ではなかったようです。驚かせてすみませんでした」
手首をさすりながら、学院長が笑って言った。
どうやら試されたらしい。
「あ、えっと、その……すみません。骨、だいじょうぶ……ですか?」
たぶん骨が砕けるほどの力は入ってないはずだけど……とっさだったから自信なかった。
もしかしたら、ヒビくらい入ったかもしれない。
「ええ、どうやら大丈夫のようです。
それにしてもこれでは……今までいろいろ、辛かったでしょう?」
「え?」
言われた意味が分からず、そのまま考え込む。
学院長がそっと手を伸ばして、あたしの頭を撫でた。
「もっと普通に、友だちと遊んだりしたかったでしょうに。
でもこれからは、きっと出来ますよ」
「あ……」
涙がこみ上げる。
いちばん夢見ていたもの。
けどいちばん遠いと諦めていたもの。
それが今、目の前にあった。
次々と涙がこぼれる。
学院長が黙って、あたしを抱き寄せた。
「っつ……!」
動かしたせいだろう、手首を押さえて顔をしかめる学院長に、血の気が引く思いになる。
「だいじょうぶですか?!」
やっぱりヒビが、入ったかもしれない。