Episode:27
(どっちも、地獄か……)
ロアはそっと、手を離す。
「……ごめん」
その言葉に、少女は咳き込みながら首を振った。
さらにしばらく咳き込んで、やっとかすかに声を出す。
「あたしが……いけないんです……。血に染まった手で……夢を叶えたいなんて……」
ロアが回復魔法をかけてやると、彼女はようやく咳き込むのを止め、涙に濡れた顔を上げた。
「ルーフェイア……」
彼女が、そして自分がその手に握り締めるものは、希望ではなく絶望。
「あたしみたいな人間、戦場の外に、出たらいけなかったんです。
生き延びるんじゃなかった。死んじゃえばよかった……」
その同じ言葉を、自分も何度繰り返しただろう?
だから、言えた。
「――そんなこと、ないよ」
殺す側と殺される側、結局どちらも違わなかったのだ。
理不尽な状況に放り込まれ、振り回され、ただひたすら生き延びるのに精一杯だった。
選びたくても、選ぶ余地さえなかった。
「あたしも辛かったけど、ルーフェイアも辛かったね……」
泣きじゃくる少女の頭をなでてやる。少なくともこの子は、悪くない。
どのくらいそうしていただろう?
ようやくルーフェイアが泣くのをやめた。
その彼女に、しばらくためらってから尋ねる。
「あのさ……キミはこれで、いいの? 学院にいたら、また……」
戦わなくてはならない、その言葉は言えなかった。だが察したのだろう、ルーフェイアがあまりにも悲しい微笑みを見せる。
瞬間、ロアは悟った。
この子は――つかの間の夢を見に、ここへ逃げてきたのだと。
シュマーという家が、少女に何かを強いている。けれどこの子はそれから逃れたくて、なのに逃れることは出来なくて、今だけでもとここへ来たのだ。
なぜこの子を学院長がルールを無視し、直接ここへ入学させたのか。その疑問も氷解する。
「ばか」
ロアはルーフェイアを抱きしめた。
ならばせめて、ここに居る間だけでも、その手に握るのは希望にしてやりたい。笑顔でいさせてやりたい。
「ひとりで抱え込んだら、ダメなんだよ」
ロアの言葉に、再びルーフェイアの瞳から涙がこぼれた。
もし妹が生きていれば、こんなふうに腕の中で泣いただろうか?
いずれにせよ、傷ついた心でまだ立とうとする彼女が、いとおしかった。
どれほど辛かっただろう? どれほど苦しかっただろう?
同じ苦しみを味わった、自分と少女。
腕の中で泣く彼女のぬくもりを感じながら、ロアは心に決める。
たった二年で命を終えてしまった妹への、哀悼の意味も込めて。
――ボクが、姉さんだよ。
◇あとがき◇
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。前作・前々作とともに、感想等いただけたらうれしいです。
なお、明日より第4作「葛藤」の連載となります。
※お知らせ※
このところ「小説家になろう/読もう」が、非常に重くなっています。
筆者サイト経由ですと比較的スムーズに繋がりますので、ブックマーク等でどうぞご利用ください