宴の夜に去る虎一頭
「このリボンはどうでしょう?今の流行は緑色なんですけれど、うん、クリスタ様にはやっぱりピンクがお似合いだわ」
女のような話し方をする仕立て屋の言葉を上の空で聞きながら、スヴァルト王国の第一王女クリスタ・スヴァルトはずっと窓の外を見ていた。
スヴァルト城の最上層にある彼女の部屋。その大きな窓からは城門が余すところなく見え、番兵はいつも通りの直立不動の姿勢を保って忠実に職務に当たっている。
その城門の先には賑やかな城下町が見え、開戦の兆しなど毛先ほども感じさせないような平和な市井の日常があった。
だが、それがもう長くは続かないことを聡明な王女はもう知ってしまっている。
ソルナ・パレスの崩壊。
ガシアンの宣戦布告。
きな臭い戦火の気配ばかりが世界に充満している。
しかし、彼女の心中を占める憂鬱は、そうした世情の大局よりも、勇ましく出征したエルレイスの安否にあった。
姉とも慕うエルレイスがオラービジットにて敵を食い止める先遣隊に自ら志願した時は、胸が張り裂けそうになったのを覚えている。
そこは戦争の最前線であり、自分の持っている知識の中では最も危険な場所なのだ。
だから。
だから、スヴァルト城内で最も年かさの老兵であるキュメルから凄腕の傭兵団の噂を聞いた時、それにすがる方法しか思いつかなかった。
誰か、戦場で彼女を守る人間が必要だと思ったのだ。
そういった役目を自軍の兵士に任せれば、人手を割くことにもなるし、それ以前にエルレイス本人も己のプライドにかけてそれを断固として拒否するだろう。
ならば、外部の人間に――傭兵に頼むしかない。
そして、それを任せるには最高の人材が必要だ。
なんといっても、エルレイスの命がかかっているのだから!
そこで直筆の手紙に、自分と国王がエルレイスをどれほど大切に思っているか、そして、この戦いがいかに重要で危険なものであるかを必死に書き連ねて、無断で拝借した国王の印を押して、第一の腹心である老兵のキュメルにそれを預けた。
キュメルもその封書に織り込まれた思いの強さを知っていたので、行動は極めて迅速だった。
三日のうちに傭兵団へ連絡をつけ、四日目には既にその団長と面会していた。
そうして五日目に、彼が来た。
(あの大きな人……ええと、そう!サグサワル……)
彼は出陣の前夜にクリスタ王女本人から謁見の間へ呼び出され、もう一度依頼の内容を伝えられた。
もちろん、一介の傭兵に王女への個別の謁見が許されるなど異例のことである。
それほど、サグサワルへ向けるクリスタの期待は強かった。
「あなたが属していらっしゃる傭兵団が、この世界で最高だとお聞きしました」
「はい」
「ですから、あなたが今回、私の依頼を引き受けてくださったことは、今回の戦いにおいてこの上も無く私の心の支えになる出来事ですわ」
「はい」
「エルレイス・エッタールはスヴァルトにとってなくてはならない武将の一人なのです。私は彼女を失うことは国の大いなる損失だと考えています。きっと父上も同じことを考えていらっしゃるはずです」
「はい」
その大男は謙遜も自慢もせず、余計なことを何一つ喋らなかった。
他の者の目から見ればそれは不遜な態度であり、ひどく無愛想で世間慣れしていない田舎の傭兵に見えただろう。
しかし、クリスタはその堂々とした態度を見て、かえって彼に対する信頼感を高めたのだった。
無口だが、屈強で恐れ知らずな騎士。
かつて様々な本で読んだ英雄譚に描かれている勇者は、まさに彼のようなタイプなのだ。
「お願いします。エルレイスを……どうか、どうか無事に連れて帰ってくださいませ」
「はい」
「約束してくださる?」
「約束……?」
それは、一国の王女が傭兵に対して使う言葉ではなかった。
サグサワルも一瞬、言葉の意味を測りかねたようだったが、すぐに気を取り直して、
「はい」
と、力強く頷いた。
(彼ならば、きっと私との約束を守ってくれるに違いないわ)
そうは思っていても、やはり不安は後から後から心の中で鎌首をもたげてくる。
そして、それは日を追うごとに複雑にうねり、形を露わにしていく。
この世に、完璧に安全な戦場などありはしないのだ。
もしも、彼が先に討たれてしまったら?
もしも、敵陣にも彼のような豪傑がいたら?
もしも、エルレイスが流れ矢に当たってしまったら?
もしも、もしも……
押し寄せる波のように、悪い考えばかりが頭の中を侵食していった。
父王が最近ふさぎがちな愛娘を気遣って呼び寄せた行商人が、一人で喋りながら様々な色のリボンを愛らしい黄金色の髪に巻きつけていくのを、やはり他人事のようにクリスタはぼんやりと見つめていた。
そして、頭に浮かんでくるのはたった一つの面影だけである。
(エルレイス……)
その時だった。
突然、扉がノックもなしに勢いよく開いた。
「姫、見えました、エルレイス様の部隊です!ご帰還ですぞ!」
王女の『お願い』(心優しい王女は命令という言葉が嫌いだった)によって、毎日、監視台から望遠鏡を覗いていた老兵キュメルが、興奮した様子で部屋に飛び込んで来たのだ。
その声を聞いて、クリスタの顔が一瞬にして生気を取り戻す。
「エルレイスは!?彼女は無事ですか?」
「見たところ、お怪我はなさそうでしたが……」
「無事なのね?ああ、よかった……!今、何処に?城門は越えたのですか?」
「只今、城下町を抜けていらっしゃるところです」
「ああ、こうしてはいられないわ!」
「姫、どこへ行かれるのです?」
「決まっています、エルレイスを出迎えに行かなくては!」
キュメルの声を背後に置き去りにして、クリスタは王女とは思えない俊敏さで階段を駆け下りていった。
速く、もっと速く――
制止する家臣や侍女たちを器用にかいくぐりながら、城門へ。
そうして、ちょうど馬を下りたばかりのエルレイスを見つけると、全身の血が逆流しているかのような強い感動と興奮が目頭を熱くした。
エルレイスの体は戦場の泥土と乾いた血痕で汚れきっていたが、それでもクリスタは構わず体ごと投げ出すようにしてその首へしがみついた。
「エルレイス!」
「あっ、クリスタ様?」
「ああ、エルレイス!無事だった……無事だったのね」
「も、勿体のうございます、クリスタ様」
クリスタ姫はエルレイスの胸に顔をうずめ、肩を震わせて、もう泣き出していた。
エルレイスはその大げさな出迎えに面食らいながらも、同時に王女のそれほどの温情に感極まった。
おそらく公衆の面前でなければ、その細い体を力いっぱい抱きしめ、ともに涙を流していただろう。
(なんという果報者だろう、私は……)
一度は命を捨てる覚悟を決めたが、今は生還できたことを素直に喜ぶことができる。
そして、それはやはり命の恩人があってのことだ。
エルレイスはサグサワルを横目に見た。
他の将兵たちと同じく、馬を下りてクリスタ姫の御前にかしずいている姿は、やはり金で雇われた傭兵には見えない。
むしろ、その堂々たる風格は騎士と呼ばれる者たちでもそうそうに発揮することのできない威厳と気高さを漂わせていた。
「エルレイス。大儀であった」
背後からのその声に、慌てて我を折り戻したエルレイスは、急いで膝をつき、頭を垂れた。
「陛下……勿体のうございます」
現れたのは、国王サイア・スヴァルト。
長きにわたり系譜の連なるスヴァルト王国の歴代王の中でも、特に温和な名君として知られ、安定した統治と善政を即位より四十年以上も保ち続けている。
『臣下を労わり、国民を守り、国を愛せよ』
それが、王の名を継ぐ者の矜持であると、口元に微笑を浮かべながら、王は平素より臣下に語っている。
そのうえなお、優しげな風貌の中にも高貴な威厳が漂うのは、代々受け継がれてきた統治者としての血がなせるものであろう。
「国王陛下、エルレイス・エッタール以下、スヴァルト騎士団ニ十一名、無事に帰還いたしました」
「うむ、よくぞ、戻ってくれた。そなたには負け戦をさせてしまったな」
「そのような……」
「だが、貴公と精兵達がガシアンの兵を引きつけ、時を稼いでくれたおかげで、国境付近の関所で戦時態勢の強化と障壁を設けることができた」
「皆が……よく戦ってくれました。陛下の言葉に、オラービジットの森に散った英霊たちも草葉の陰で喜んでいるでしょう」
障壁とは文字通り堅固な盾壁のことで、これを各関所に積み上げることにより、物量戦となった場合には遥かに有利に戦いを進める事ができる。
いかなる戦場においても攻めるよりも守るほうが容易なのだ。
また、敵戦力を足止めする時間が長引けば長引くほど、防衛に集中させる戦力も整えやすい。
したがって、その障壁の建設は兵数において大いに敵国に後れをとるスヴァルトにとっては最優先の急務と言えた。
実際、ガシアン王国は大規模な掘削部隊を編成して、崩壊したソルナ・パレスの魔法兵器をいくつも掘り出し、その実戦化に向けて研究を進めているという、相当きな臭い噂もあったのだ。
エルレイスの任務は、ガシアンの兵を出来得る限り国境の森に足止めし、スヴァルトとガシアンの国境に障壁を張り巡らせるための時間を稼ぐことにあった。
当初はそのために三千人から成る大部隊を計画していたのだが、消耗戦になることが分かっていたエルレイスは、必要最低限の人数で志願兵を募ることにしたのである。
それでも、千人もの兵士が集ったという事実は、エルレイスの人望と、スヴァルトという国への、兵士たちの愛国心の強さを雄弁に物語るものであった。
そして事実、彼女の部隊は森を盾とした奇襲や闇討ちによって七日もガシアンの本隊を足止めして見せたのである。
その奮闘も敵の人海戦術によって打ち破られたが、それで十分、今回の戦いは意義を果たしたと言えた。
今頃は敵将もこちらの思惑に気づいて歯噛みしていることであろう。
死んでしまった者たちにかけてやれる言葉はもう無いが、それだけがせめてもの慰みとなる。
スヴァルト王とエルレイスが言葉を交わしている間に、クリスタ王女はサグサワルの横にそそ、と寄っていった。
片膝をついている状態だと、ちょうどサグサワルと王女は同じくらいの高さになる。
クリスタ王女はそっとサグサワルに耳打ちをした。
「約束、守ってくれたのですね。ありがとう」
「……それが自分の仕事です。礼を言われることはありません」
「言いたかったの。エルレイスを守ってくれて本当にありがとう、勇者サグサワル」
「は……」
サグサワルはあくまでも表情を変えなかったが、クリスタ王女は満足そうに微笑んだ。
その夜――
兵士たちの帰還を祝い、その労苦をねぎうためのささやかなパーティが王宮にて催された。
長い歴史の中で、数多くの賓客を出迎え、もてなしてきたダンスフロアーはたいへん豪奢な造りで、スヴァルトの古い叙事詩を描いた壮麗な天井画や、それ自体がまばゆい光を放つ宝石に彩られた大シャンデリア、金色に統一された燭台の数々が、我からこの国の栄華を雄弁に語ろうとしているかのように燦然と輝いていた。
普段は宮廷に立ち入ることもない兵士たちはまずその偉容に圧倒され、最初は恐縮し、食べ物も喉を通らないといった様子だったが、酒がふるまわれ、クリスタ王女が一人ずつに声をかけて回ると、次第に態度もほぐれ、やがては貴族たちとも談笑を交わすようになった。
エルレイスはその場に遅れて駆けつけたが、全員がその姿を見て息を呑んだ。
「はぁ〜…」
「こ、これは…」
「いやぁ、美しい…」
戦場で味方を指揮し、必殺の『飛燕剣』で敵を切り捨てていた勇猛な女将軍は、今や鮮やかな紅色のドレスに身を包んだ貴族の淑女へと変身していたのである。
大胆に露出している肩の部分は、長年にわたる剣技の修行によって筋肉がついてしまっているが、豊かな胸の谷間と細くくびれた腰は、十分に女性らしいシルエットを持っていた。
クリスタ王女もその艶姿を見て目を丸くした。
普段、どのようなパーティや舞踏会においても、エルレイスは貴族の礼装に身を包み、頑なに女を隠していたのだ。
それが今は、男が一度は理想に描くような魅力にあふれた淑女として、姿を現した。
装飾品で胸元を飾り、スカートをひらひらさせながら歩く姿なんて!
そのようなものは世界が裏返っても見ることはできないとさえ思っていたのである。
「まぁ!まぁまぁ、どうしたのです、エルレイス!」
「は……その、こういったことでもなければ、しまいっぱなしになるものですし……」
エルレイスは少し頬を紅潮させながら言いよどんだ。
本人にしてみても、これは我ながら首を捻りたくなるほどの『暴挙』である。
乱心と言ってもいい。
だが、今日はこうした格好をする必要があると思ったのだ。
何故かは自分でもわからないが。
「……変でしょうか?」
「いいえ!とても似合っています、エルレイス」
「あ、ありがとうございます。どうにも、着慣れないので、えー、その、この場に浮いているのではないかと……」
「ああ、麗しいエルレイス。断言できます。貴女は今、この世界で最も輝いている女性よ。でも、意外といえば意外だわ。いったいどういう心境の変化?」
「それは……」
小首をかしげる王女の、好奇心を含んだ無垢な瞳が見つめてくる。
その視線から逃れるように目をそらして、言葉に詰まりながら、エルレイスの視線は一人の男を探す。
ひときわ大きい男なので、この大広間でもすぐに分かるはずだった。
(……いない?)
しかし、その姿はどこにもなかった。
エルレイスはクリスタ王女に後でまた、と言い残して、慌ただしく兵士たちのもとへ駆け寄った。
兵士たちはやってきたエルレイスの艶やかな姿に皆、頬を綻ばせた。
「エルレイス様、なんとお美しい…」
「サグサワルはどこへ?来ていないのか?」
「サグサワル…ああ、あの方でしたら、報酬を受けとるとすぐに発つとおっしゃっていましたよ」
「何!」
「せめて一夜だけでもとお引き留めしたのですが……」
「もう発たれたか?」
「先程、厩舎へ行かれるのを見ました。まだ、そちらにいらっしゃるかも……」
「そうか、わかった!」
言うが早いか、エルレイスはドレスの裾を持ち上げ、急いで厩舎の方へ駆けていった。
兵士たちは呆然と、その慌ただしく走る後ろ姿を見送った。
(ええい、やはり走りにくいな、こういう服は!)
エルレイスは内心、自分の選んだ服装を恨めしく思いながら厩舎へと走った。
なぜ女はハイヒールなど履くのか?
無意味に踵の高い靴などより、鉛を靴底に仕込んだアイアンバー・ブーツのほうがよほど走りやすい。
馬上での安定感など抜群だ。
ハイヒールは、敵の顔面を踏みつけるにはいいのかもしれない。
塹壕を掘るのにも使えるか?いいや、手で掘った方が早い!
やはり無意味なのだ、こんな靴は。
足を挫かないように走るだけでもちょっとしたコツがいるぞ!
そんなことを考えながらも、エルレイスは自分がやはり女らしくないことをしみじみと自覚した。
螺旋の階段を下り、給仕室の横を抜け、裏庭へと回る。
そうして、その先の厩舎に明かりが灯っているのを確認すると、ようやくエルレイスは歩幅を緩め、息を整えた。
一息入れたところで、急に頭が冷静に動き始める。
(……なんだ、これは。まるで……)
まるで『女』のようじゃないか!と、叫びそうになった。
主を後ろに残して、男を一目散に追いかけてきたのだ。
不敬罪もいいところである。
自分の行動の不可解さと短絡さに、自ら首をかしげるほどだった。
今日は本当にどうかしている。
戦場でもなかなか己を見失うことなど無いというのに!
それでも厩舎の前に立つと、少し身なりを整え、前髪をいじり、一つ、咳払いをしてから中へ入った。
サグサワルは愛馬に鞍を据えつけている最中だった。
目的の男がちゃんと厩舎の中にいたので、彼女はほっと安堵した。
広い、がっしりとした背中が黙々と動く。
馬の方が先にエルレイスに気付き、ヒヒンと短く啼いた。
「随分と早い出立ではないか?勇者殿」
「エルレイス殿か……」
サグサワルはゆっくりと立ち上がった。
こうして見ると、やはり背が高い。
「仕事が終われば長居は無用、か?これから我が国は戦時態勢になるのだ。束の間の祝宴くらいは、付き合ってもいいだろうに」
「生憎と下戸なうえに不調法でな。貴族に上手に頭を下げる作法を知らないのだ」
「ふふ……貴公らしいな」
エルレイスはそっとサグサワルの隣に立ち、馬の頬を撫でた。
馬は大人しく、エルレイスのするにまかせていた。
サグサワルはぽつりと呟いた。
「ラオコーンは気難しい馬だ。人に触られるのが嫌いなのだが……」
「ほう?」
「あなたが気に入ったようだ。珍しい」
「そうか……おまえは気高い馬なのだな。そう、おまえはラオコーンというの……」
彼女は愛しげに、慈しむようにラオコーンをさすった。
エルレイスはしばらくそうしてから、やがて、意を決したように口を開いた。
「なぁ、サグサワル。ラオコーンとともにこの国の騎士にならないか」
「……」
「待遇も悪いようにはしないぞ。傭兵よりいい給料も出る。手柄を立てれば城主にもなれる」
「……」
「そうだ、うむ、ラオコーンのために特別な厩舎も設けよう」
「……」
「お前は、傭兵にしておくには勿体ないよ……サグサワル……」
「……」
サグサワルの無言が、はっきりと拒否を伝えているようだった。
エルレイスはいかにも残念そうに、苦々しく微笑んだ。
「わかったよ、サグサワル。頑固な男だな」
「……あなたほどではない」
「ははは、そうか。うん、そうだな。私は筋金入りだからな」
「……仕事は終わった。俺はもう、行かせてもらう」
「うむ」
外に出ると、月夜だった。
もう満月ではないが、雲一つ無いのはオラービジットの夜と同じであった。
「では、馬上にて失礼する。貴国の健闘をお祈りする」
「うむ。貴公の武運もな」
サグサワルは、馬を歩かせた。
エルレイスは思いついて、その背中に声を投げた。
「サグサワル!傭兵ならばまた雇われてくれるか!」
「団長の機嫌と条件次第だな」
「では、最後に貴公の傭兵団の名を聞かせてくれ!」
「『ハザドの虎』!」
サグサワルが手綱を振るうと、漆黒の人馬は猛々しい蹄の音を残してすぐに闇に消えてしまった。
「……」
エルレイスはその方角をしばらく見つめていたが、やがて、自分のスカートの裾をつまみ上げて、ため息を漏らした。
「やれやれ、気付きもしなかったか……誰のためにわざわざ着飾ったと思っている」
愚痴を言いながらも、エルレイスは満足そうに微笑んでいた。
「『ハザドの虎』……。その名は忘れまいぞ、サグサワル……」
城の中から、笑い声が響いてきた。
それは、一時の平安を必死になって謳歌しようとする人々の、悲しい虚勢のような乾いた響きを持っていた。