開戦
ダンッ!
エリーの足が地面を蹴り、
「はぁっ!」
一瞬で間合いを詰め、ナイフを突き出した。
「・・・」
キィ・・・!
恐ろしい速さで突き出された刃に、ケツァルは対応して見せた。
刀に沿って、ナイフが逸れる。
「「・・・!」」
至近距離、互いの視線が交叉する。
ギギギギギン!!
直後、瞬く間にナイフと刀は5度打ち合い、6度目で両者は鍔迫り合いになる。
「成程。強さは本物か」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「純粋な力、速さは貴殿が上であろう」
「ッ・・・!」
そう、ケツァルの言うとおりだ。
先ほどの打ち合いで、それはエリーも自覚した。
それが、問題であった。
「(それなのに・・・押し切れない・・・!)」
力が、分散させられている。刃を通して、ケツァルの技量が伝わってきていた。
ギラッ!
「!」
ケツァルの刀に、動き。瞬時にエリーは下がる。
その後を、ケツァルの袈裟斬りが通り過ぎた。
「エリー・・・?」
その攻防を、マルクは不思議に見つめていた。ディルハム卿を押し切るパワーなら、ケツァルを押し切るなど簡単なはずだ。
それに、彼女の身体は刃を通さないはず。何故、下がる必要があるのか。
ポタ・・・
答えは、すぐに出た。エリーの右手から、僅かに出血が起きている。
ケツァルの刀は彼女を『斬った』。
「(反応が一瞬遅れていたら、手首が落ちていましたわ・・・)」
右手を見つめ、次にケツァルの刀に視線を移す。
「とてつもない技量ですわね。貴方」
そして答えを呟いた。エリーとケツァルには、技量の差がある。
パワー、スピード、防御力。エリーがケツァルに対して優位としているものを、彼は技量一つで超えてくる。
「貴殿も私の予想を遥かに上回っている。先程の一撃で、終わらせるつもりだったのだが」
「随分な事を仰いますのね。そこまで侮られているとは思いませんでしたわ」
「力、速さとも貴殿が上。だが、それだけでは私には勝てん」
「では、もう一度試してみて?」
再度足を強化し、エリーは突撃した。
ギギン、ギィン!
二度打ち合い、先程と同じく鍔迫り合いになる。
そこから、変化があった。
「これでどう!?」
右手で鍔迫り合いを維持したまま、左手に持ったナイフで突き刺しにかかる。
力の優位を利用した、ごり押しの戦法だ。
キィン・・・!
だがそれも、ケツァルには届かない。
「なっ・・・」
「笑止」
強化を施したエリーの一撃は、右手の篭手に易々と軌道を逸らされてしまった。
続けて、エリーの腹部に重い蹴りが入る。
「くっ・・・!」
一度体制を立て直そうと、エリーが再び下がる。
ジャラ・・・
だが、そうはいかなかった。
「(右足に鎖!いつの間に!?)」
気づいた時、エリーの身体は浮き上がり、
ドゴン!
門の壁に、叩き付けられた。
「エリー、おい!」
マルクがその場まで、駆け寄る。
「大丈夫・・・ですわ・・・」
土埃の中から、エリーは立ち上がった。
衝撃は強かったが、ルフィヤがかつてエリーとの戦いで見せた受け身を使い、ほぼ無傷で済んだ。
「・・・」
二人へと、ケツァルが近づいてくる。
「去れ」
そして短く、旨を伝えた。
「・・・何を仰っているのかしら?」
「聞こえた筈だ。今の貴殿らに、ここを通る資格はない」
そして、エリーに視線をやる。
「貴殿に力はある。・・・だが、想いが伴わない。力だけで乗り越えられる程、この国は甘くはない」
「想い・・・?」
「然り。もう一度問おう、貴殿は何故戦う?」
「ならばもう一度答えますわ。ここにいる、友の為ですの」
「・・・それでは足りん。『何者かの為に』では、ここを通ることは叶わん」
「ごちゃごちゃと、煩いお人です事!」
エリーはナイフを投げつけ、ケツァルはそれを切っ先で逸らす。
「はぁっ!」
ナイフの後を、エリーの拳が追いかけた。
「・・・」
それをケツァルは易々と躱すと、
「!」
クロスカウンターを、左頬へ叩き込んだ。
「ガッ・・・!」
エリーの身体が地で跳ね、元の場所へと転がった。
「足りんと言ったはずだ」
「・・・」
「エリー・・・無茶はしなくていい・・・」
そっと、マルクがエリーを起こす。
「マルク・・・?」
「元々無茶だったんだよ・・・国を敵に回して戦うなんて・・・俺もどうかしていた」
「・・・!」
弱気なマルクの発言が頭に来たのか、エリーはマルクの胸ぐらを掴みにかかった。
「マルク!!」
「・・・」
「貴方は、貴方はこんな所で諦めると仰いますの!?」
「・・・」
「それで宜しくて!?貴方は妹君を救いたいとは思って・・・!」
「思っているさ!!」
エリーの声を掻き消して、マルクが叫んだ。
「思っているさ・・・でも、でも・・・」
「・・・あ」
そこで、エリーが気が付いた。
「お前も・・・家族なんだよ・・・エリー・・・」
マルクが、泣いている。
「家族・・・」
一瞬、脳裏に姉の姿。かつてあった、自分の居場所。
「・・・」
『何かを守るために強くなる』
「フフ・・・」
『それはとても、素敵な事だと思わないか?』
「その通りですわ、お姉さま・・・」
クルリと、エリーがケツァルに向き直る。
「答えを、見つけたか」
「ええ、お陰様で」
「ならば・・・もう一度問おう」
ケツァルが、エリーに言葉を向ける。
「貴殿は何故戦う。貴殿は、何を求める?」
「・・・簡単ですわ!」
三度、エリーはケツァルに斬りかかった。
ギィン!
「そう、私は・・・家族を守りたい・・・誰に命じられた訳でもない・・・私は、自分の居場所を守りたい!」
「それが、貴殿の望みか」
「ええ。やっと、気づけましてよ!」
ギャリン!
刀を、上へと弾く。
「!」
「はぁっ!」
そこへ、エリーの蹴りが飛んだ。
「ぬぅっ!?」
ケツァルは直撃を受け、吹き飛ばされる。
エリーの動きが、ケツァルの技量を上回ったのだ。
「エリー・・・お前・・・」
「感謝・・・致しますわ、マルク」
「え?」
「貴方は、私を鎖から解き放っただけでは無かった。私に、居場所を与えて下さっていた。・・・どうして私を救って下さったのかは分かりませんけれど、私にはそれを守る義務がございましてよ」
「居場所を・・・俺が・・・」
「ええ」
「そうか、俺は・・・」
ザッ・・・
そして、背後で音。
「あら、やっぱりまだ立ち上がれますのね」
「・・・見事だ。貴殿の想いを得た力は、私の技を上回った」
「ならば、そこを通して頂けます?」
「・・・」
答えを返さず、
スラッ・・・
ケツァルは二本目の刀を抜いた。
―聖刀・煌―と、その刀身には刻まれている。
「まだ、何かございまして?」
「貴殿らは、ここを通る資格を得た。門番としての私の仕事も、終わった」
そして、二本の刃をエリーへ向ける。
「ここからは諫言の騎士第三席として、ケツァル・ベルデという一人の騎士として、貴殿と向き合いたい。構わぬか?」
「ええ、構いませんわよ」
「感謝する。・・・貴殿の名は?」
「エルフィール・ノキア」
答えると、エリーはクスリと笑った。
「エリーと呼んでもよろしくてよ」
「・・・では参るぞ、エリー」
両の刀を逆手で持つと、ケツァルは自身の前でそれを交叉させた。
「『零の太刀』・・・」
「(うっ・・・!)」
ゾクリと、エリーの背中を何かが伝った。
一瞬。一瞬ではあるが、『死』が形を成して眼の前にまざまざと現れたのだ。
「くぅっ!」
全力で、力を防御に回す。
「―秘剣・蓮華落とし―」
だが、ケツァルが刃と共に通り過ぎた後、
「!?」
ブシュゥ!
全身から血を吹きだしてエリーは倒れた。
***
『クソッ、何なんだアイツは!』
『場内には一歩も入れるな!ここで討ち果たせ!』
トゥグルグ宮殿正門。立ちはだかる騎士達を、リエルは屠りながら歩いていく。
『覚悟!』
更に斬りかかってくる騎士。リエルはダイヤモンドを取り出し、魔導書と反応させ
―WALL―
『なっ、見えない壁・・・?』
防ぐ。続いてルビーを取り出すと、
―FRAME―
足を止めた騎士の身体を燃やした。
その炎の中にトルマリンを投げ入れ、
―LIGHTNING―
拡散する稲妻が、後ろに控えた騎士達を貫く。
「終わらせない・・・!」
続いて黒曜石を三つ取り出すと、
―STAB―
右の拳でそれを撃ち出す。
『ガァッ!?』
撃ち出された石は、真っ直ぐに騎士を貫き、
―FANG―
『なっ、戻って・・・うわああぁあ!?』
折り返した石が、残りの騎士も悉く屠っていった。
「ウフ、アハハ・・・」
血に濡れた法衣を身に纏い、血溜まりの中で虚しく笑う。
「貴方達が、貴方達が悪いのよ・・・私達の家を、壊すから・・・」
そして魔導書に目をやる。今までよりも、明らかに力が増している。
「だから、私は強くなった。大切なものを失った悲しみが、私を強くした・・・!」
ククク・・・とリエルは再び笑う。
「そして貴方達は屠られた。自ら放った火に、その体を炙られた!とんだ道化ね貴方達!!」
「全く、その通りだ」
「!」
その冷たい声に、リエルは過敏に反応した。
ドゥン!
直後、城から飛び出したディルハム卿が、彼女の前に現れる。
「あら、案外早く出てきたのね。もっと城の奥に引っ込んで震えているのかと思っていたのだけれど」
「たかが魔術師が調子に乗るな」
「ッ・・・!」
ギリッっとリエルが下唇を噛み締める。
「残念だったわね。アンタの部下たちはみーんな只の肉になっちゃったわ」
そしてその憂さを晴らすように相手を挑発した。
「それがどうした」
「え・・・」
だが、そんな事はディルハム卿にとって『本当に』どうでもよかった。
「貴様より弱かったから死んだだけだ。力の無い者は死あるのみ」
「アンタ、私に何も思わない訳?私がこいつ等ぶっ殺したのよ?」
「備品の消耗に、何故心を動かす必要がある?」
「!」
備品。備品と言った。人の命を、この男は。
「あの子達を殺した時も、微塵も躊躇わなかったんでしょうね・・・!」
「あぁ。楽しかったぞ、アレは。指を折っても、足を燃やしても、歯を抜いても、目を抉っても、又に杭や火薬を打ち込んでも、強情に話さなかった奴等だったからな!こちらもついつい楽しみすぎた」
「こ・・・の・・・!!」
「あぁそうだ。貴様の部屋を掃除していた奴は、踏み殺した瞬間糞を漏らしおったぞ!何とも滑稽で笑える有様だったわ!!ハッハッハッ!!」
―DESTRUCTIVE SHOT―
ドォォン!!
ディルハム卿が話し終わるのを待たず、リエルは攻撃を仕掛けた。
「!」
肩の盾を前方に出し、ディルハム卿はそれを防ぐ。
「全く、堪え性のないガキだ・・・ん?」
気づけば左右にダイヤモンドが展開している。
―GOLDEN FANG―
「チィッ!」
スラスターを吹かせ、後退。金剛石の矢を躱す。
―SHINE BLAST―
「何っ!?」
躱した金剛石に電撃が反射、拡散してディルハム卿を襲う。
「鬱陶しいわ!」
ドォン!
拡散した電撃を撃ち払うように、盾の内臓砲をリエルに放った。
―CORUNDUM―
リエルは複数の宝石を前方に展開。壁を作りそれを防ぐ。
「ハハハ。少しはやるようではないか、えぇ魔術師とやら?」
「・・・!!」
言葉を発さず、憎しみだけを身に纏い、リエルは攻撃を再開した。
***
「ん・・・?」
コルナが、目を開ける。開けながら、まだ少しはっきりしない頭で直前の記憶を呼び戻す。
「・・・そっか、私死んで・・・」
「生きてるよ」
直後に、聞きなれた軽い口調が耳に入ってくる。見れば、ドブラがそこに立っていた。
「・・・アンタも死んだの?」
「まだ寝ぼけてるみたいだな」
はぁ、と小さくため息をついた。
「助けてやったんだよ、オレが。あんな美味い飯作るのに、ここで死んで貰っちゃ勿体ないからな」
「ハァ?」
言っている意味がコルナにはまるで解らない。確かに自分は生きているようだし、胸についているはずの貫かれた痕も無い。だが、この男がそんな事を?
「また信じてねぇな?」
「あのね、当たり前でしょ。じゃあどうやってアンタが私を助けたってのよ?」
「・・・ほれ」
答えを提示してやると言わんばかりに、ドブラが手鏡を放り投げた。
「ん~・・・?」
それをまじまじと、コルナが覗き込む。
「・・・あれ?」
そして程なく、自身の変化に気が付いた。
まずは瞳。碧だった瞳が、紅に変化している。
次は自分の歯。八重歯が更に尖り、さながら牙のようになっている。
次は鏡を持つ自分の手。丸みを帯びていたはずの爪が、やけに尖っている。
「な、何したのよアンタ!?」
鏡からドブラに目を移し、問う。
「・・・さっきコルナちゃんこう言ったよな。『何で国家レベルの機密である吸血鬼計画をオレが知っているのか』って。これがその答えって訳」
「ますます訳がわかんないわよ!」
「つ・ま・り」
ニッとドブラが笑う。口端から覗く歯が、コルナと同様尖っていた。
「5年前の吸血鬼計画。その唯一の覚醒体がオレって訳」
「・・・」
「その力でオレはコルナちゃんを吸血鬼にしちゃいました。で、君は今生きていられるって事」
「しちゃいましたって・・・ア、アンタねぇ・・・!そんな軽々しく・・・!」
コルナがドブラに詰め寄る。
「ん、どうしたよ?」
「・・・」
が、その勢いはすぐに死んだ。
こうやって歩けるのも、声を出せるのも、この男のお蔭であることは間違いないのだ。
「・・・ありがと」
そして、気が付けば小さく呟いていた。
「別に。飯食わしてくれたからな。これ位はしとかねぇと・・・それよりも」
「何よ」
「やっぱ男性経験はなかっ・・・」
その時には、コルナの右ストレートがぶち込まれていた。
吸血鬼の力も相まって、ドブラの身体は吹き飛び、壁にめり込んだ。
「最っ低!」
「痛ぇ・・・そんな怒んなよ・・・」
「っていうか!」
こんな所で茶番を繰り広げている場合ではない。自分はメイド長を助けに行かなければならないのだ。
「今参ります!」
驚異的なスピードで、地下牢から地上へと向かう。
「あ、おい。ちょっと待てって!」
その後を、ドブラも追った。
彼もまた、驚異的なスピードで地上へと向かう。
「あ?」
だから、地上で棒立ちになっているコルナに追いつくのは一瞬だった。
「なっ・・・何だよこれ・・・何があったんだよ・・・」
そしてドブラもまた、コルナの横で棒立ちになってしまう。
二人が固まってしまったのも無理はない。そこにはおびただしい数の死体が、乾いた血と共に転がっていたのだから。
「・・・ねぇ、ドブラ」
「ん?」
「アンタが言ってた『吸血鬼計画』をこの国が又やろうって情報、ホントなのね?」
「あぁ、断言出来るぜ」
「そう。なら、非常事態ね」
そしてコルナはポケットから銃を取り出すと、
ヒュゥゥゥ・・・!
空に向けて、信号弾を放った。




