守る為に
フロイト邸。今だ軽い錯乱状態にあるリエルに先駆けて、アルバがダラスの昔話を聞き終えた。
「あの後に、そんな事が・・・」
ダラスの昔話が終わった後、暫しアルバは茫然としていた。
今までこんな事は聞いていなかったし、自分から聞こうともしなかった。だが、まさかそのような事が起こっていたとは想像すらしていなかった。
「後は君も知っての通りだ。国は事実を隠蔽し、私はパダカの言う通りフォルツァと距離を取った。悔しかったが、そうするしかなかった。パダカ亡き後、私だけで立ち向かうには国はあまりにも大き過ぎた」
「・・・まさかご主人は、今回の事も分かっていたのかい?」
二人の襲撃者について、アルバが問う。
「流石にフラン嬢が攫われるまで吸血鬼計画は浮かばなかったけどね。少なくとも二つの家を衝突させようとしているのは分かったよ。多分向こうのメイドさんも分かっていたんじゃないかな。それとアルバ、君もね」
「・・・」
「それはそうだろう。フォルツァが仕掛けたにしては不審点が多過ぎた。私やフラン嬢を狙うのであれば、わざわざ正面玄関から来る必要など無い。館の構造など熟知しているのだからね」
「・・・」
「フォルツァと協力しても良かったが、そうすれば国は形振り構わず我々を潰しに来るだろう。だから私は敢えてフォルツァに証拠を探させる形を取った。そうすれば、自ずと彼らもこの国に留まる事が出来ない事実を悟るだろうと考えてね」
「・・・」
「でも国の動きは想像以上に早かった。まるで堰を切ったかの様に諫言の騎士が動き出した。そして有効打を打てないままこんな状況になってしまった・・・こんな所だね。・・・アルバ、何か言いたいことでもあるのかい?」
「分かった、参ったよご主人・・・!」
アルバは両手を広げて降参の意を伝えた。
この主は何もかもお見通しなのだ。自分が主を何も分かっていないのではないのかと疑っていた事も含めて。だが不快感の様なものは全くない。むしろすがすがしさすら後に残る。やはり自分の主はこの人だけだと、アルバは再確認していた。
「さて、後はこれをリエルにどう伝えたものかな・・・」
ダラスが思案していると、
バタン!
リエルが安静にしているはずの部屋で、物音。
「リエル・・・!?」
アルバが階段を駆け上がり、様子を見に行くと
「なっ・・・!」
「どうしたアルバ?」
階下で訝るダラスに対して、アルバが叫ぶ。
「大変だご主人!リエルが館を飛び出したみたいだ!」
「何だって・・・!」
となれば、向かう先は決まっている。
「「王宮・・・!」」
間違いない。仇を取るつもりだろう。
「あのバカ・・・!・・・ご主人!」
「ああ・・・もう時間がない!」
書斎に駆け込むと、手早く武装を身に着ける。そしてアルバと共に館を駆け出した。
「(今度こそ、間に合ってみせる!)」
その胸に、確かな覚悟を刻んで。
***
「よしこっちだ、急げ!」
裏口からメイド達を率いてマルクが走る。日は既に西に傾いていた。
館から出た後、裏門までは広大な裏庭が広がっている。早く抜けてしまわなければ兵達が回り込んで来る可能性も十分にあるのだ。
「(まぁ、今の所大丈夫そうだが)」
裏門には人の気配は感じられない。やはり正面から数で潰すだけのつもりだったのだろう。
「よし、もう一息で・・・!」
その時だった。
ドシン!
突如響く音、揺れる大地。
「なっ・・・!」
『ああぁ・・・』
『ひっ・・・!』
絶望に、染まる顔。
「フハハハ・・・やはり出て来おったわ・・・」
金属の擦れ合う音の間から響く声。茜色の光に、その身体が怪しく照らされる。
「エスクード・イェン・ディルハム卿・・・!」
「その通りだ、マルク・フォルツァ・・・!」
シャキン!
音を立て、二本のサーベルを両の手に構えた。
「今日は面白い日だ・・・またこうして、命を弄ぶ事が出来る・・・!」
「面白いだと・・・!?」
「何だ貴様。その地位に居ながら、命を消耗品にする楽しさも知らんのか」
煽り文句でもなく、心の底からの憐れみがディルハム卿から漏れて来た。
「お前はっ、お前はそれでも騎士なのか・・・騎士のつもりなのか!?」
「つくづく救えない小僧だな。騎士というのはこの国の『地位』に過ぎん。必要なものは国への忠誠と実力のみ。それだけだ!」
ブォン・・・
マニピュレーターが作動。
フォンフォンフォン・・・!
刃の扇風機が形成され、マルクたちににじり寄って行く。
『マルク様・・・!』
「下がれ・・・!」
怯え切ったメイド達を、自分の後ろに下がらせる。
「何だ小僧。この私と戦うつもりか?」
「見りゃ・・・わかるだろ・・・!」
「フン!これは笑止千万。たった一人でこの私に・・・」
『あら』
タッ・・・!
声の後を追うように、足音。
そして
「何っ!?」
ガキィン!
刃を蹴り飛ばす一人のメイドが、ディルハム卿の目の前に立ちはだかった。
「貴様はっ・・・!」
「私も数に入れてくれません事?」
「エリー・・・」
マルクの顔に少しの安堵。
「ここは引き受けますわ。貴方は早くその子達を」
「お、おぅ!」
エリーに背中を押されるように、マルクはメイド達の誘導を再開した。
「貴様、一度ならず二度までもこのディルハムの前に立ちはだかるか・・・」
「あら、私では不足でして?」
「いや・・・殺せるなら誰でもよいわ!」
腰に差した数多の剣から二つを取り出し、
「フンッ!」
挟みこむように、ディルハム卿は斬りかかった。
フワッ・・・
しかしそれが身体に触れる事はない。エリーは上方へ軽々と躱すと、
ドゴン!
強化した右足でディルハム卿の身体を蹴り飛ばす。
「ぬぅ・・・!」
だが簡単に引き下がるディルハム卿ではない。
バコン!
踵からアンカーを地面に食い込ませると、その場に踏み止まる。
「ハッ!」
ヒュン!
そしてエリーの胸部に刃を交叉させる。
「!」
ディルハム卿の動きを察知し、エリーは後方へ。
ピッ・・・
しかし僅かに間に合わず、服の上から腹部に小さな裂傷を負う。
「間一髪・・・ですわね」
「(フン・・・やはりな)」
それを見て、ディルハム卿は何かを納得した。
そしてエリーに向けて踏み出すと、
グォッ!
二つの刃を上から振り下ろした。
「くっ・・・!」
ギィン!
強化を施した左腕で、二本をまとめて受ける。
だが、
ドゴォ!!
「!!??」
瞬間、エリーの視界が歪む。
そして
「アアアガアアアアア!?」
鈍い激痛が腹部を襲い、エリーは地面に転がった。
「エリー・・・?」
ディルハム卿の鋼鉄の足が、強化されていない腹部を蹴り飛ばしたのだ。
「ハハハ、やはり強化は一か所か!」
勝ち誇った声と顔で、ディルハム卿はエリーの身体を踏む。
「ガ、アアア・・・!」
ミシリ、と身体が嫌な音を立てる度に、エリーから呻き声が漏れる。
「フハハ・・・さて、いつ壊れるかな・・・?」
それをディルハム卿はとても、とても楽しそうに聞いている。エリーの身体の軋みに比例して、彼のサディスティックな欲望が満たされていく。
そして彼の感覚で300kg程重さを加えた所で、
「・・・ア・・・ア・・・」
いよいよエリーの反応も鈍くなってきた。
「何だ、つまらん。もう壊れたか」
スラッ・・・
吐き捨てると、ディルハム卿は剣を構え、
「では・・・死ね・・・!」
容赦なく、振り下ろした。
ガキィン!
「・・・マ・・・ル・・・・ク・・・?」
「貴様・・・!」
だがその剣は、
「・・・離せよ」
横から割り込んだ剣に防がれた。
「あ?」
「今すぐエリーから、その汚い足離せって言ってんだ!聞こえねえのか変態金属!!」
マルクの怒号が飛ぶ。ディルハム卿はそれを笑いながら流した。
「フン、馬鹿な小僧だ」
「・・・かもな。でもここで逃げたら、本当に何もかも失って、取り戻せなくなってしまいそうなんだよ。守れないかもしれないし、無意味かもしれない。それでも、お前に立ちはだからなきゃいけねぇんだ」
「愚かな。逃げれば死なずに済んだものの」
「死んだ方がマシだ」
ニッ、と笑ったマルクの顔が、ディルハム卿の苛立ちを加速させる。
「よかろう」
ガコン・・・
冷たく言うと、ディルハム卿は二の腕のパーツを展開した。
「なっ・・・!」
するとそこからは、新たに二本の腕が姿を現した。
―隠し腕―、ディルハム卿の切り札であり、彼の剣術を補強する非常に強力なパーツである。
スラッ・・・
その腕で新たに剣を抜き放つと、
「ならば望み通りに死ぬがよい!」
身動きの取れないマルクへ、挟みこむように繰り出した。
「(マルク!)」
***
『あら・・・?』
ノキア邸の二階。中央テラスから誰かが庭を見て黄昏ている。
その者を、勿論エリーは知っている。
『お姉様♪こんな所でどうなさいました?』
最愛の姉、フェンリル・ノキアだ。血の繋がりは無いが、エリーはそれ以上の感情を彼女に抱いている。
『・・・』
『お姉様?』
しかし、最愛の者から返事は無い。代わりに小さな溜息が一つ。
『お姉様!』
もう一度、今度は聞こえるように声を掛ける。
『・・・ん、あぁエリーか。済まない、少し考え事をしていてな』
『考え事、ですの・・・?』
『うむ。・・・エリー、能力は何の為にあると考える?』
『(またご面倒な事を・・・)能力は能力ですわ。それ以上でも、それ以下でもございません。何の為に使うかは本人次第と思いますの』
『そうか・・・』
それだけ言うと、フェンリルは黙ってしまった。
『(こ、これはいけませんわ・・・!もしかしてお姉さまの逆鱗のどこかに触れてしまった可能性が!?)』
こうなってしまうと、エリーは居ても立っても居られない。何か話題を繋げなければ気持ちが持たない。
『あ、あのあの・・・!お、お姉さまは何故そのような事をお考えに?』
『うむ・・・最近の父上の事だがな・・・』
父とはこの帝国で最も大きい財閥の当主、ミハエル・ノキアの事である。
『お父様が、何か?』
『最近どうも攻撃的なんだ。この間も競合を買収しただろう?』
『ええ。吸収された所の者達は全員路頭に迷う事になったとか』
『それだ。流石にやり過ぎではないかと私は父上に迫ったのだ。・・・だが父上は取り合ってはくれなかった。その時言ったのだ『いつの世も、力の無いものはこうなる。そしてそうならない為にも、常に力を持たねばならない。お前の能力も、敵を打ち倒し敗者にならないためにあるのだ』とな』
『それは正しいお考えですわ。お父様もそうやって生きぬいて来られたのですから』
『一つの考え方ではあるかもしれない。だが、私の考え方は違うんだ。それを理解して貰えるかどうか、少し悩んでしまってな』
『・・・お姉様は、どのようにお考えで?』
『私は・・・能力は何かを守るためにあるべきだと思っている。私が保安課に身を置く理由の一つがそれだ。エリーの超電池―ハイパー・バッテリー―、私の念動力―サイコ・ムーバー―、その他数多の能力がこの世には存在するが、持つ者は責任も同時に負うというのが私の考えだ』
『お姉様らしいですわね』
『お花畑と言いたいのか?』
からかうつもりで、悪戯な微笑みをフェンリルは向ける。
『あっ、あっ、いえ、決してそのような事は・・・!』
『冗談だ。しかし、それが私らしさなら、らしさは大事にしていきたいな』
『しかし確かに・・・』
『ん?』
『お姉様を守るためでしたら、いつまでも戦っていられるかもしれませんわ』
『能力にはまだ分かっていない事も多い。もしかすると、そういう気持ちも能力に作用するのかもな。それに・・・』
『それに・・・?』
『何かを守る為に強くなる。それはとても、素敵な事だと思わないか?』
***
ギィン!
三度、ディルハム卿の刃は防がれた。
だが、先の二回とは明らかに『違う』
「なっ、貴様何故・・・!?」
「エ、リー・・・?」
それはディルハム卿の語気であったり、マルクの驚きであったり、
「・・・!」
エリーの鋭い視線であったり、全てが違っていた。
「どんなカラクリかは知らんが・・・!」
ギュイイイイ・・・!!
サーボモーターが唸りを上げる。
「所詮ベースは人間、こちらは380馬力だ!私のミダス・システムに敵うと思っているのか!」
このまま押し潰してくれると、更に駆動力を高める
「・・・ウォォアアアア!!」
しかし、
ガッ!
「何ィ!?」
エリーの両手は隠し腕を掴むと、
バキャ!!
無理矢理へし折る。それだけではない、
ドン!
「ぐぅっ・・・!」
巨体がよろめく蹴りを『同時に』繰り出した。
「(一体何が・・・!?)」
ディルハム卿が混乱するうちにも、エリーは動く。
バチィ!
両の手に持った剣を強化すると、
ザン!
そのまま振り下ろす。
「!!?」
見れば、ディルハム卿の胸部装甲が僅かに『斬れて』いた。
「(馬鹿な!タングステン合金の装甲を!?・・・だが!)」
いつまでも驚いているディルハム卿ではない。
「せやぁっ!」
攻撃後隙だらけのエリーに対し、すぐに剣を振り下ろし反撃に出る。
バキャン!!
だが振り下ろされた二本の剣は粉々に砕かれる。
ここでディルハム卿は確信した。
「(全身に強化が回っている・・・!何があったかは知らんが、間違いない!)」
「はぁっ!」
強化ローキックがディルハム卿を襲う。
「ぐぅっ!」
「このまま処分場送りにして差し上げますわ!」
「剣は効かんか。だが、諫言の騎士を侮るなよ小娘!」
キュイ
「!」
右腕から砲塔を出すと、
「Fire!」
エリーの顔面に弾丸をぶち込む。
「このっ・・・妙な仕掛けを・・・!」
エリーが怯む隙に、ディルハム卿は距離を置く。
「斬れぬのなら、壊れるまで殴るだけだ!」
ダッ!
そして今度は打撃で打ち倒さんと、駆けだした。
バクン!
同時に、ディルハム卿を覆う装甲が一度に剥がれる。
さながら昆虫の脱皮の様に、更に輪郭の細くなった機械生命体が現れ、
ギュン!
一気に加速し、エリーへ迫る。
ダァン!
「ぐっ!」
正面からの初撃は防ぐ。だが、
「(速い!?)」
次の瞬間には背後を取られる。
ドゴォ!
そして背中に一撃をもろに喰らう。
「侮るなというのは・・・!」
その衝撃を左足一本で堪え、
「こっちのセリフですの!」
振り向きざまにハイキックを繰り出す。
「遅いわ馬鹿者!」
その時、既にディルハム卿は左側。
「砕けろ!」
鋼の拳が、エリーの脇腹を直撃した。
「ぐぅ・・・掛かりましたわね!」
「ん!?」
その拳を握ると、
「ウォォオ!」
握りつぶしながら、ディルハム卿の巨体をエリーは地面に叩き付けた。
「何だと!?」
「おまけですの!」
そして跳ね上がった身体をシュート。裏庭の壁へ、ディルハム卿の身体は叩きつけられた。薄くなった装甲に、ダメージが重くのしかかる。
「ぬぅ・・・小娘如きが小癪な・・・!」
それでも、彼は立ち上がる。この程度で戦闘不能になるほど脆い身体ではない。
しかし、
「(ここは引くが得策か)」
まだ不確定要素が多いあの娘に、これ以上執着する意味は無い。ディルハム卿は再び砲塔を出すと、
ドゥン!
「なっ、煙幕!?」
瞬時、エリー達の視界を奪う。そして、
「・・・逃げた、のか?」
「そのようですわね」
フォルツァ邸から、姿を消した。
「た、助かった・・・」
完全に緊張の糸が切れたマルクがぺたんと座り込む。
そこへ、
スッ・・・
「ん?」
エリーが、右手を差し出す。
「まだ、終わってはいませんわ。こんな所で座り込んでいるようでは、妹君は救えませんわよ」
「あ、ああ・・・」
その右手を掴むと、
「・・・」
少し、マルクは動きを止めた。
「どうしましたの?」
「いや、あの時と逆だなーって思って」
あの時―奴隷馬車からマルクがエリーを救い出したあの時である。
「今回は、俺が助けられたな。ありがとう」
「・・・別に大したことはしていませんの。それに・・・」
グイ、とマルクの身体を引き上げる。
「私も、助けられましたもの。今回の件はお相子、ですわ」
「そっか。んじゃ、そういう事で」
相変わらず明るく、マルクが返す。
「それじゃ、フランを助けに行きますかね!」
「ええ、急ぎましょう。恐らく、時間はありませんもの」
そして二人も、フォルツァ邸を後にした。




