陽動作戦
「と、まぁこんな所さ」
一気に話し続けた後、クーナは一息ついた。
「後はアンタも知っての通り、諫言の騎士主席にギルダーが就いた。アタシは必至こいて騎士団に入って頑張っていたって訳。二度と、あんな事を国にさせない為にね」
「そんなまさか・・・あれは自然発生した異常事態だって・・・」
「そりゃあ国はそう言うさ。騎士団が発端なんて世に知れ渡ったら内乱ものだしね」
「・・・」
まだまだ自分が政治の外側にいる事への自覚と、国に対する不信が、フランの中で膨らむ。
「そしてまたあの狂った計画を、国はやらかそうとしてるって訳」
「クーナさんは・・・それに賛成されたんですよね」
「・・・まぁね。でも、それには理由がある」
「理由、ですか?」
フランが疑いの混じった眼差しをクーナに向ける。
「アタシも最初は反対したさ。だがそれはいつか押し潰されるものだと悟ってしまったのさ。既にディルハム卿の奴はアタシの抹殺計画も立てていたらしいしね」
「だから、転じたのですか・・・」
「ディルハムとやりあうのも一つの方法だった。でも、それはあまりに危険な賭けになる。アタシが死んでしまったら、計画に歯止めを掛ける力が無くなってしまう。それなら・・・」
「それなら・・・?」
フランが続きを促すと、クーナは悪戯な笑顔を向けた。
「賛成に転じた上で、計画を止めてやろうと思ったのさ。具体的には、アンタとマルクを連れて亡命だね。酷な事言うようだけど、もうこの国にいたんじゃ生きていけないよ」
「・・・」
残酷な事実を、フランは表情を変えずに聞いている。
「いきなりアンタを確保するとマルクが危なくなるから、そっちから先に確保しようと思ったんだけどね。中々上手くいかないもんだ」
ふぅ、と溜息を一つつくと再びクーナは笑う。
「でも、好都合なことに国はアンタをアタシに預けた」
「え?」
「ほら」
クーナがフランに左手を差し出す。
「逃げるよ。アンタのお兄ちゃんと一緒に、幸せな場所を探しにいく」
半ば強制するような視線が、フランを射抜く。
「・・・王は」
「?」
「王は、この計画をご存じなのでしょうか」
だが、すぐにはその手を取らない。
「計画そのものはご存知のはずだ。抵抗勢力となるであろうフォルツァとフロイトを衝突させる様に仕向ける事を含めて、な」
「でしたら」
スッ、とフランが立ち上がる。そして力強い瞳で、クーナを見つめ返した。
「私は王に問わなければなりません。何故、この様な事をお許しになったのか。そして止めなければなりません。それが今ここにいる私の責務です」
「・・・」
「クーナさんのお申し出には感謝します。でも私とお兄様が逃げ延びたとして、残された人々は、民はどうなるのでしょうか。国がこの様な事をきっぱりと止めなければ、いつかまた悲劇は起こります。その未来に背を向けることは、私には出来ません」
その綺麗な瞳と心は、クーナの姿を見つめ続けた。
やがて、
「プッ、」
堪え切れないと言わんばかりに
「アッ、ハハハハ!」
クーナは笑い出した。
「いやいや参ったね。こりゃあ私の完敗だ。あの小さな女の子が、よくここまで成長したもんだよ」
「・・・やっぱり、おかしいでしょうか?」
「そんな事はないさ。それによくよく考えてみれば、逃げるなんてアタシの性じゃないよ」
笑いで出た涙を拭いながら、クーナが言う。
「さてそれじゃあ・・・!」
グイ、とクーナはフランの左手を引き寄せる。
「え?」
「行くんだろ?王の所まで」
「は、はい・・・」
「だったら・・・!」
ドゴォォォン!!
クーナが石柱で、銀の間の扉を吹き飛ばす。
「正面突破だ!しっかりついて来なよ!」
「あ・・・は、はい」
口をポカンと開けながら、フランはクーナの後ろに続いた。
***
「・・・これが、あの事件の裏側・・・」
フォルツァ邸。マルク、エリー、ルフィヤの三人はパダカの手記を読み終えた。
「それからは、マルク様もご存知の通りです。この事件は決して真相が明かされることもなく、フォルツァとフロイトの仲も元通りとなりました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
まだ混乱が収まりきらない脳を何とかしながら、マルクが言葉を続ける。
「取り敢えず何が起こっていたのか、大体は分かった。で、でもよ、それが今回の出来事とどう関わっているんだよ?」
「・・・『血』ですわね」
混乱を続けるマルクの横から、エリーが冷静に言葉を挟む。
「私もそう考えるわ、エリー」
ルフィヤも静かにそれを肯定する。
「血って・・・そうか!」
そこでようやく、マルクも理解した。
「はい。フォルツァの血、血清を完成させるための最後のピースを騎士団はフラン様に求めたものかと」
「そんな事・・・させてたまるかよ・・・!」
ギリリ、とマルクの拳に力が入る。
「俺が、助け出してやる・・・!今度こそ・・・!」
そして無意識のうちに、ソファから腰を上げていた。
「でしたら、私もご一緒させて頂きますわ」
その後を追うように、エリーが立ちあがる。
「エリー・・・来てくれるのか?」
「あら、何か不満でもございまして?」
「い、いやそういう訳じゃないけどよ・・・」
まだこの家に来て幾ばくも無いエリーが全面的に協力してくれるという事にいささか違和感を覚えたのだ。
「可憐な乙女を弄び、外道の理を持って己が渇望を満たす・・・そのような吐き気を催す邪悪を放っておけるほど、甘い心は持ち合わせておりませんわ」
「・・・でしたら」
今度はルフィヤが立ちあがる。そしてパダカの机まで歩みを進めると、最上段の鍵付きの引き出しから二つの何かを取り出した。
そしてそれらを、マルクに手渡す。
「これは・・・」
「指輪、ですわね」
「その指輪が、マルク様を守ってくれるでしょう」
そしてニッコリと、子を送り出す母のような笑顔をルフィヤは向けた。
「くれるでしょうって・・・ルフィヤは来ないのか?」
「私は・・・」
言いかけた所へ、
『メイド長!』
メイドが一人、慌てた表情で部屋の扉を開けた。
「分かっているわ。・・・お二人とも、こちらへ」
「「?」」
事情が飲み込めない二人を連れ、ルフィヤはエントランスホールへと向かって行った。
***
エントランスホールには、フォルツァのメイドが集められていた。
そしてその窓からは、
「マジか・・・」
「完全に、押し潰すつもりですわね」
ずらりと、門前に並ぶ兵士達の姿。それらは列を成し、正面の通りを埋めている。
精鋭の騎士たちではなく、雑兵の数で押し切るつもりなのだろう。
ざわざわ・・・
その状況はメイド達にも伝わっているのだろう。皆、いつもより落ち着きがない。
それも仕方がない事だ。既に仲間が何人も死んでいるのだから。
「これで全員?」
年長のメイドに対して、ルフィヤが確認を取る。
『いえ、まだコルナが・・・』
「そう・・・でももう時間もないわね・・・」
呟くと、ルフィヤはまだざわめいているメイド達に向き直った。
「静粛に!」
その一言で、辺りは水を打ったように静まり返った。
「ここに集まってもらったのには、理由があります」
そして、ルフィヤ自身もまた静かに口を開いた。
「もう時間もないので簡潔に言います。たった今、この時を持って、貴女達を全員解雇します」
シン・・・
衝撃的な宣言にも関わらず、いや衝撃的すぎるからなのか、メイド達の間からは声すら聞こえてこない。
「それではこれから各人に金貨を5枚ずつ・・・」
そこまで話が進んで、
「ちょ、ちょっと待ってくれ!いきなり何を言い出すんだルフィヤ!?」
ようやくマルクが声を上げた。当然だ。いきなり全員解雇だなんて前代未聞である。
『そ、そうですよメイド長!』
『一体私達に何の落ち度があったのでしょうか!?』
『説明もなしに解雇というのは流石に納得が出来ません!』
マルクの言葉を皮切りに、次々とメイド達から声が上がる。
それに対して、ルフィヤは沈黙を保つ。場は熱を帯び出し、収束する様子は見せない。
「・・・」
それを暫く静観していたエリーだったが、
「静かになさい!!」
我慢の限界と言わんばかりに声を張り上げた。
「エリー・・・」
「マルク、貴方には彼女の配慮に気付く心の余裕もございませんの?」
「・・・あ・・・」
そうだ。今フォルツァ邸の前には兵士たちが犇めいている。彼等と正面からぶつかれば、ここにいるメイド達は皆、残酷な死に方をする事になる。
それを避けるために、ルフィヤは全員を解雇するのだ。彼女達から戦う義務を取り払ってやるのだ。
『・・・』
それをメイド達も理解したのか、先程の喧騒が嘘のようにエントランスホールはまた静寂に包まれた。
「で、でも、よ・・・」
そして同時に別の疑問が浮かんでくる。
「ルフィヤ、お前は・・・」
そう、ルフィヤ本人だ。まさか・・・
「まさかお前・・・!」
「私には、義務がありますから」
まっすぐに、淀みなくルフィヤは答えた。
それはつまり、あの大軍を一人で相手にするという事だ。
「ダメだ、そんな・・・!」
言い掛けたマルクの唇を、ルフィヤはそっと抑えた。
「義務、という言葉はおかしかったですね。訂正致します。私は望んでここに留まるのです。これは私の進む道なのです」
それでも言葉を続けようとするマルクを、今度はエリーが制した。
「兵士達はここで私が引き止めます。マルク様は、その隙にフラン様をお助け下さいませ。・・・世界は、この国だけではありませんから」
「・・・」
まただ。また母のような瞳を向ける。
「・・・分かったよ」
もう、マルクには紡ぐ言葉が残っていなかった。
「ありがとうございます。・・・さて、貴方達には金貨を」
ルフィヤが視線をメイド達に移す。だが、
『いえ、それは要りません』
メイド達の総意を述べるように、年長のメイドがルフィヤに伝えた。
「・・・まさか一緒に戦うなどとは言いませんよね?命を粗末にする事は許しませんよ?」
『いえ・・・しかし、それは受け取れません。受け取ってしまったら、この家から、本当に出て行ってしまうみたいで・・・』
「・・・」
『私達は、ずっとこの家のメイドでいたいんです。だから・・・』
「分かったわ」
はぁ、とどこか嬉しそうに溜息をつくと、ルフィヤは金貨の袋をしまった。
「だったら、解雇は撤回するわ。貴女達には長期休暇を与えるという事にします。いいわね?」
『は、はい!』
こちらも嬉しそうに返す。
「マルク様」
「お、おぅ」
「裏口から、お逃げくださいませ。どうやら、敵は取り囲んではいないようですので」
「・・・」
「エリーと共に・・・どうしました?」
「ルフィヤ・・・何と言うか、その・・・」
これが最後になるかもしれない。何か、伝えなければ。
だがこういう時に限って、言葉というものは閉じこもってしまうのだ。
「今まで、ありがとうな」
そして出てくるのは、本当に、本当に平凡な言葉になってしまう。
しかし、それで十分だった。
「はい、こちらこそ、ありがとうございます。・・・どうか、ご無事で」
その一言で、二人の間は十分だった。
「よし・・・行くぞお前等!」
そしてメイド達に号令を掛け、裏口へとマルクは走っていく。
『メイド長!』
『今まで本当に、お世話になりました!』
『また、どこかでお会いしましょう!』
メイド達も次々と、マルクについていく。
「・・・」
そして、エリーが残った。
「・・・助かりました、エリー」
「いえ。見ていて少々腹が立っただけの事ですわ」
「・・・エリー、別れる前に一つ聞いてもいいかしら?」
「何なりと」
「貴女は何故、そこまで私達に協力してくれるのかしら。奴隷馬車から救い出された事に、そこまで恩義を感じているようには思えないのだけれど」
エリーの協力はルフィヤにとって意外だった。所詮隠れ家程度にしか考えていないだろうと、思っていたのだ。
「あら、私にも恩に対して礼で報いる程の常識はございましてよ?」
「でも、それだけではないのでしょう?」
「そうですわね・・・先程申し上げた様に、こんな外道な計画を見過ごせないというのもございますけど・・・」
そして、エリーの焦点がルフィヤから外れた。
「家族・・・」
「家族?」
「ええ。家族の繋がりというモノを、客観的に見てみたい。そんな好奇心に動かされているという事も否定できませんわ」
「家族が欲しい、という訳ではないの?」
「そこは、自分でもわかりませんの。情けない話ではございますけど」
「貴女は・・・いや、これ以上はいいですね」
「ええ、その方が良いと思いますわ」
そして、エリーはルフィヤに背を向けた。
「・・・短い間でしたけど」
そして、言葉を紡いだ。
「貴女の事、嫌いではありせんでしたわ」
「それは、嬉しいわね」
「・・・!」
そしてエリーも裏口へと走っていく。
今度こそ、ルフィヤが一人残された。
「さて・・・」
槍を構えて、ルフィヤは窓の外を見る。
「(もう数の目測もつかないわね)」
そこには文字通りの大軍が、戦闘準備万端で整列している。
「フゥ・・・」
ルフィヤは一息つくと、
ドガン!
ドアを勢いよく開け放ち、大軍へと突撃していった。
『出てきたぞ、撃て!』
ヒュヒュヒュン!
同時に大量のボウガンが、放たれる。
スッ・・・
向かってくる矢に、ルフィヤは切っ先を向ける。
『は、外れた!?すべて!?』
『ち、違う!切っ先で逸らしたんだ!』
ズバン!
兵士達が呆気に取られている間にルフィヤはもう先頭の兵士の首を落としていた。
『な、何だこいつは!?』
『さ、炸裂弾だ。炸裂弾を使え!』
ゴロゴロゴロ・・・
大量の炸裂弾がルフィヤの周りに投げられ、
ポンポンポン!
次々と爆発。金属片を撒き散らす。
「・・・」
キキキキキン!!
ルフィヤは少しも慌てない。それを柄で『弾き返した』。
ドスドスドスッ!
弾き返された破片は、悉く兵士達に突き刺さっていく。
『え、煙幕だ!視界を奪え!』
ボウン!
次にルフィヤの視界を奪うべく、濃い煙幕が張られた。
『今だ、撃て!』
煙の中に、次々とボウガンが放たれる。それでもルフィヤは慌てない。
「(合計14本、直撃は6本!)」
素早く矢の位置を聞きわけると、
キィン、キィン!
直撃コースの矢を弾き返す。勿論、全て兵士に直撃だ。
『あ、あぁ・・・』
サァ・・・
『お、お前は・・・』
霧が晴れる。
『お前は一体、何なんだ!!』
そこには無傷で槍を構えるルフィヤの姿があった。
「フラン・フォルツァ様専属メイド兼フォルツァ家メイド長を務めております、ルフィヤ・ディナールと申します。この庭を、簡単に通れるなどとお考えになりませぬよう、よろしくお願い申し上げます」




