5年前-4
ギィン!
「ぐぁっ・・・!」
亡者の腕に軽々と剣を弾き飛ばされて、マルクは尻餅をついてしまった。
「(流石に無理があったかな・・・)」
もうダメかとマルクが諦めかけていたその時に、
「うおおおお!」
後ろからそれは聞こえた。
「何だ?」
余裕があるわけでもないのに後ろを振り返る。
すると、剣を構えたクーナがこちらへと駆けて来る。
「うらあ!」
そしてそのまま、兜割りの一撃でマルクに迫る亡者を一刀両断にした。
「ウィ、ウィンタースさん!?」
「クーナで構わないよ。それにしても、随分と無茶をするね、アンタは」
「ご、ごめんなさい・・・」
「別に怒っている訳じゃないさ。多分そこがアンタのいい所なんだろうからね」
「・・・」
存外に優しい言葉を掛けられた為か、マルクの動きが一瞬固まる。
「それよりも、だ」
クーナが亡者達に向き直る。
ギィン!
同時に襲い掛かって来た亡者の一撃を、剣で受け止める。
「はっ!」
それをクーナは力で押し返した。
「ここにいちゃ色々マズい。取り敢えずは逃げるぞ!」
同時にマルクに号令を掛ける。
だが、
「ダメだよ!まだ、フランがあそこに・・・!」
それに素直に従うというわけにはいかない。亡者達の壁の向こうには、フランがいるはずなのだ。
「何だって!?」
そうとなれば話は変わって来る。クーナは再び亡者達に向けて剣を構えた。
「(ざっと見て、数は20・・・)」
普通なら、赤の他人の妹など見捨てて行けと言われるだろう。
「(まぁ、そういう訳にはいかないな!)」
しかし、そうはいかない。それが散っていった弟達との約束でもあるのだから。
「さぁ、そこをどきな!」
掛け声と共に、クーナは群れの中に突っ込んでいった。
***
「そらぁ!」
パダカが放った風の刃を、
「フン・・・!」
バルボアは片手で易々と打ち消してしまった。
「その程度か?大口を叩いている割には、大したことがないな」
「・・・じゃあ、これでどうだよ!」
ブオン!
一回り大きな風の刃が、放たれる。
「そんな単純な技で・・・」
再びバルボアはかき消そうと右腕を振るう。
だが、
バシャ!
「ぬっ!?」
先程とは違う動き。刃の中から雨が弾ける。
「(今だ!)」
パァン!
ずぶ濡れになったバルボア目がけ、稲妻の矢を放つ。凡そ生物が耐えられるはずのない攻撃だ。
「(・・・ダメだ!)」
思うと同時にパダカは横に飛んだ。その後を、バルボアの火球が飛んでいく。
ドォン!
背後の瓦礫にぶつかり、爆発を引き起こす。
「のわぁ!」
爆風に飛ばされて、パダカが地面を転がる。
「痛っ・・・って!」
起き上がってみれば、既にバルボアが次の構えを見せていた。
「死ねぃ!」
「ぐっ・・・!」
ここまでか、そうパダカが思った刹那、
ダン、ダン、ダン!
「ぬぅ!?」
銃弾が三発、バルボアへと飛んできた。
その後を、
「パダカー!」
ダラスが、銃を片手に駆けてくる。
「ダラス!?止めろ、無茶だ!」
「ぬはは、目障りな貴族がもう一人・・・!」
ドン!
掌からダラスに向けて、火球が放たれる。
「・・・!」
シュッ!
それを見越していたかのように、ダラスは三つの瓶を投げる。
ボゥン!
それらは火球と衝突し、大量の泡をまき散らす。
「何!?」
泡はバルボアを飲み込むように拡がる。
「パダカ、来い!」
「お、おう!」
その隙を突いて、パダカはバルボアと距離を置いた。
「小賢しい真似を・・・!」
泡を振り払い、バルボアは二人と対峙する。
「フン・・・」
そして蔑むような嗤いを見せた。
「無力な貴族が二匹、この儂に挑もうと申すか」
「その通りだ。貴方の所業、見逃すわけにはいかない」
ギリ、と銃を握る手に力が入る。
「その為に、命を落とすとは何とも愚かな」
「お前がやってる事程、愚かなつもりはねぇよ」
「儂の行いを愚行と申すか、貴族風情が!」
バルボアが語気を荒げる。
「儂の行いは国の救済だ!滅びを待つだけの国に力を与え、より高みへと導く!そしてやがては世界に名立たる国家と成す!儂の愛国心があってこその国家実験、吸血鬼計画だ!それが分からぬか愚か者!」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよトカゲ野郎!!」
その語気を掻き消すように、パダカは声を張り上げた。
「今、何と申した・・・!」
「何度でも言ってやるよトカゲ野郎。救済、愛国心?成程そいつは大層ご立派な事で。でもな!」
死体の転がる路地裏を、指さす。
「どんなご立派な身分だろうと目的だろうと!あんな事が許される根拠なぞ何処にもねぇんだよ!!」
そして叫んだ。声の限り。それが、目の前の狂人に届くはずがない事が分かっていたとしても、叫ばずにはいられなかった。
「何を言っても無駄なようだな、屑貴族共」
バリ・・・
荷電粒子が、バルボアの掌に集まっていく。
「ならばまとめて、黄泉の国へと送ってやろうでは・・・!」
ザシュ!
「「「!?」」」
三者三様に驚いたのは、その直後だった。
「な・・・に・・・?」
バルボアの胸部、鱗の隙間を、クナイが貫いている。
ぐるりと、怒りの表情でバルボアは振り向く。このような芸当が出来るのは只一人だ。
「・・・」
果たしてそこには、ケツァルがいた。
「ケツァル・ベルデ・・・何のつもりだ貴様!」
「たった今・・・」
そう言うと、一枚の紙をケツァルは取り出した。
「バルボア・モール、貴公の抹殺指令が下された。国家の、正式な決定だ」
「な、何だと!?」
バルボアが目を丸くする。自分の意思を通さずに、国家の決定が下るなど考えられない。
「わ、儂の意見はどうなっておる!?」
「・・・貴公は委任状をギルダー・デリゲート殿に提出したと記載されている」
「ぐっ・・・!」
王宮から離れた、自分の迂闊さが招いた結果だった。あの紙切れ一枚に、自分は殺されるのだ。
「お命、頂戴する」
「クッ・・・カカカ・・・!」
バサリと、バルボアの翼が展開する。
「ウォォオオオオオ!!」
そしてまずはケツァルに襲い掛かった。
「!」
すぐにケツァルは姿を消すが、
ピク
嗅覚で場所を突き止めると、
ドォン!
「!?」
ケツァルの身体を蹴り飛ばした。
「ガァアアア!!」
勿論それで終わる訳はない。反転すると今度はパダカ達に襲い掛かった。
ガッ!
右手でパダカの、左手でダラスの首を掴むと、
ダァン!
そのまま煉瓦の壁に叩き付けた。
「ぐおぁああっ・・・!!」
「くっ・・・!」
「貴様らは、貴様らは必ずコロス!!」
首の締め付けが強くなる。
「(!)」
同時にダラスが動いた。
ジャッ!
両袖からデリンジャーを取り出し、
パァン!
至近距離からバルボアの顔面に撃ち込んだ。
「ガァァ!?」
怯み、二人の拘束が解ける。
「(行ける!)」
大口径のリボルバーを取り出すと、魔導弾を装填。
「チェック!」
ダラスの声を認識して魔導弾が光る。
ドォン!
「!?」
放たれた光弾はバルボアの身体を拘束する。
「やれパダカ!」
「お・・・ぅ!!」
軋む身体を無理矢理動かす。
ギュィィイ・・・
全ての天気を右足に詰め込むと、
ダンッ!
飛びあがり、
「うおおおぉぉ!」
バルボア目がけ、蹴りを繰り出す。
「付け上がるなぁ!!」
ボゥン、ボゥン!
拘束されながらも、迎撃するようにバルボアは火球を繰り出した。
ドゥン、ドゥン!
しかしそれらは悉くパダカの右足に打ち消され、
「うらぁぁぁああぁ!!!」
ズドォォオオォン!!
パダカの必殺の蹴りはバルボアに直撃した。
「ぐおおおおおおおお!!!??」
衝撃を殺しきれず、爆ぜるようにバルボアは地面を転がる。同時に内部から電熱による炎が身体を包んでいく。
「ぬ、・・・ぬぉぉ・・・おお!」
それを無理矢理抑え込むと、
「こんな所で・・・こんな所で儂は死なぬ・・・!」
翼を広げて、飛び去って行った。
***
「はぁっ!」
クーナが振り下ろした剣が、三体目の亡者を斬り捨てた。
「(まだ、遠い・・・!)」
だがまだまだフランの姿は見えて来ない。
「(もたもたしている場合じゃないってのに・・・!)」
気持ちばかりが焦る。
「うわっ!」
その気持ちを逸らせるようなマルクの声が、後ろから響く。
「どうした!?って・・・!」
見れば、後方からも敵。マルクに一歩一歩、にじり寄って行く。
ガッ!
そこに気を取られた隙に、クーナの両腕が亡者に拘束される。
「しまっ・・・!」
「クーナさん!うわぁ!」
そしてマルクもまた、亡者の腕に絡みつかれる。
「マルク!」
何をやっているのだ自分は。身内一人も助けられず、勇ましく駆けつけては無能ぶりを発揮しているだけではないか。
「(このまま・・・)」
このまま死ぬのか。何も出来ず、無念を残したまま死ぬのか。
『ガァ・・・』
亡者の口が、開く。
「(そんな事・・・!)」
牙が、近づく。
「(認めてたまるかぁ!!)」
ドォン!!
クーナの内側から、爆ぜるように力が溢れだす。
「うぁあぁああああ!」
叫び、そして
ザン、ザン、ザン!!
大地から鋭利な石柱が現れ、亡者達を串刺しにしていく。
ものの3秒で、そこには亡者の速贄が出来上がっていた。
その向こう側で、
「あ・・・」
呆けた顔でフランがこちらを見ていた。
「フラン!」
「お兄様!」
マルクがフランに駆け寄り、強く抱き合う。
「(今のは・・・?)」
その横で、クーナは自分の覚醒した力に当惑していた。
***
「ハァッ、ハァッ・・・」
雨の降りだしたマラッカの道を、バルボアは邸宅に向かって進んでいく。
「(認めんぞ・・・儂があんな輩に・・・!)」
再び態勢を立て直し、次こそは葬ってやると、歪んだプライドが囁く。
「ぐ、ぉ・・・!」
バシャ!
だが心に身体がついていかない。醜く、水溜りに身体を投げ出してしまう。
「まだだ・・・この程度・・・!」
パチャ・・・パチャ・・・
身体に力を入れるバルボアの下へ、何者かが近づく。
「ん?・・・貴様!」
それはギルダーだった。バルボアの顔にたちまち憤怒の色が現れる。
「哀れな・・・だがそれが報いだバルボア・モール」
「報いだと・・・?この儂が、報いを受けねばならぬだと!?」
「そうだ」
抑揚なく、ギルダーは答える。
「貴方が吸血鬼計画を私物化していた事など、誰の目に見ても明らかだ。どれだけ理由を取り繕っても、それは隠せない」
「馬鹿者、儂は本気でこの国を・・・!」
「その前に、国を我が物にするつもりだったのだろう」
「ぐっ・・・」
何も言い返すことの出来ないバルボアに、ギルダーは溜息を一つ。
「・・・私が何故ここに来たか、それを説明する必要はないだろう」
「儂を殺しに来たか」
「そうだ。既に貴方の邸宅は国に接収された。そして、」
ギルダーは懐から未完成の血清を取り出した。
「これもだ」
「・・・!」
最早自分には何も残されていない。その事を自覚した悔しさに、バルボアの顔が歪む。
「これは、私が受け継ぐ」
「・・・何?」
だが続いた言葉に、バルボアの顔が元に戻る。
「貴様が引き継ぐだと?」
「そうだ。貴方とは違う。私は純粋に国のために、これを使いこなしてみせる」
「ウッ、ウハハハハハ・・・ハハハハ・・・!」
真面目に言い放ったギルダーの言葉を、バルボアは楽しそうに嘲笑った。
「そんな事が出来るものか。いくら貴様が清廉な騎士とはいえ、必ずその力に飲まれる!それ程までに、その力は甘美なものなのだよギルダー君」
「もう一度言おう。私は貴方とは違う」
「その力が、クローネ・フォルツァを蘇らせる事が出来ると言ってもか?」
「!」
ピシャァ!!
雷鳴と共に、稲妻が煌いた。
「ウハハ、ウワッハハハハハ!!」
その音に負けんばかりに、バルボアは笑い立てた。
「見ろ、たった一瞬で揺らぎおった!所詮その程度なのだ貴様は!」
「・・・もういい・・・!」
右手を、静かに振り上げる。
「苦しめ!力に惑わされろ!!」
「―グロリアスカノン―!」
ドォオオン!!
光の柱が、バルボアを押し潰した。
***
「こっちを曲がれば・・・!」
迂回路を辿って、ルフィヤが走る。この角を曲がれば、パダカと合流できるはずだ。
「パダカ様!」
果たして彼女の予測通り、主の姿はそこにあった。
但し
「よう・・・ルフィヤ・・・」
駆け寄った彼女が見たものは、ダラスの横で衰弱した弱弱しい主の姿だった。
「なっ!?フロイト様、これは!?」
「・・・先程の戦いでな」
バルボアに二人が叩き付けられた時、運悪くパダカの背中に少し飛び出た配管が刺さってしまったのだ。
「そうとも知らず私はパダカをっ・・・!」
「よせよダラス・・・」
力なく、パダカは口を開いた。
「パダカ様!」
「パダカ、あまり喋るな・・・もうすぐ国の医療団が到着する。それまでは安静に・・・」
「いや、間に合わねえよ・・・」
最早悟りきったようにパダカは言った。
「だからさ、ちょっと喋らせてくれ。何、時間は取らねえよ」
構わず話を続けるパダカを、二人は止めなかった。
「ルフィヤ・・・」
「はい・・・」
「マルクとフランを、頼む。特に、マルクの方を、な・・・」
「・・・はい・・・!」
「何だ、お前も泣いたりするんだな」
「っ・・・!」
「はは、悪い悪い・・・」
そして今度はダラスを向く。
「ダラス、お前にも頼む。だが、フォルツァからは、距離を置くんだ」
「・・・何?」
「フォルツァとフロイト。二つの家が近ければ、必ず国はいつか潰しに来る。俺とお前は、距離が近すぎた。どちらかが欠ければ、チャンスと見ていつでも潰せるようにしてやがるのさ。この馬鹿げた計画に、強硬な反対が無かったのも、それがあるんだろうよ」
「・・・」
「辛い事を押し付けて悪いけどな、あいつ等に、マルクとフランに嫌われてくれ」
「・・・良いだろう」
短く、ダラスは返事をした。彼もまた、長い返事をする余裕などないのだ。
「何だよお前ら、しみったれた顔しやがって・・・」
「パダカ・・・!」
「んじゃ、な・・・」
「(!!)」
一瞬、本当にその一瞬で、生が死に切り替わるのを、ダラスは感じ取った。
「(クローネ・・・俺もそこに・・・)」
「ダメだ、諦めるな!パダカ、おい!!」
「(あんまり名前呼ぶなよダラス・・・)」
ダラスの腕の中で、パダカが僅かに微笑む。
「(眠れないじゃねぇか)」




