5年前-2
奇妙な事件に巻き込まれた次の日も、パダカは仕事に励んでいた。
「・・・ハッ!」
寝かけてしまった意識を無理やり覚醒させる。しかし首はすぐに前方へともたげてしまう。
『パダカ様・・・こちらのお仕事は私が引き受けましょうか?』
気を利かせた部下が、そう言ってくる。
「あぁ・・・じゃあ頼むよ」
普段なら笑って丁重に断るパダカだが、今日は事情が違った。
朝から晩まで王宮内。こんな生活がもう4日だ。流石にその申し出を断る男気は残っていなかった。
「ん~・・・」
固まった背筋を伸ばすと、パダカは仮眠室へと歩みを進めていく。
ドンッ!
するとフラフラ歩いていたせいか、前方から来た誰かと、ぶつかってしまった。
「いてて、大丈夫か・・・って・・・」
ぶつかってしまったその少女に、パダカは見覚えがあった。確か先週あたりからフォルツァ家に入って来た新人のメイドだ。
「えっと君は・・・」
「コ、コルナ・シリングです!ご主人様!」
「あぁ、そうそう。コルナちゃんだった。んで、なんでこんな所に・・・?」
「え、えぇと・・・メイド長より伝言を預かっておりまして!マルク様とフラン様がマラッカ路地裏の出来事に巻き込まれていると・・・!」
「路地裏、出来事?」
何のことを言っているのかパダカには分からない。
そこへ
『フォルツァ様!』
伝達係が、息を切らせて走って来た。
「おいおい、今日は騒がしいな。どうしたってんだよ」
『お、王都の路地裏に、亡者の群れが!』
彼が何を言っているのか、普通の者は分からなかっただろう。しかし、パダカは違う。昨日の光景を、ダラスと一緒に見ている。
しかも、
「コルナちゃん、マルクたちが巻き込まれているっていうのはこの事かい?」
「(こくり)」
「ルフィヤはどうした?」
「メ、メイド長は路地裏で応戦しております。しかし数が多く・・・」
「成程、すぐにはマルク達を保護出来ないってか」
そもそもどうしてそんな所にマルク達がいるのか、それも疑問だが、
「(この際、それは後回しだ!)」
無意識に、意識を覚醒させると、
ダッ!
路地裏に駆け付けるべく、走り出した。
『お、お待ちください!路地裏は今危険な状態で・・・!』
「うるせぇ!子供達が危ねぇんだよ!」
伝達係の警告を完全に無視して、パダカは王宮を飛び出していった。
***
マラッカ、路地裏。
『ウガァァァア!!』
吸血鬼の出来損ないが、次々と現れる。それは突然に、何の前触れもなく現れた訳ではない。
『お、お前は何者だ!?』
突然路地裏に現れた忍者装束に身を包んだ男。その男に針を突き刺された者が、次々と変わっていったのである。
『ガ、ガァァ・・・』
突然の変化に耐えることが出来なかったのか、そのまま倒れて動けなくなる者も多くいた。
「やはりまだ未完成・・・」
特に感情を宿さない目で、ケツァルは針を次々と刺していく。
『てめぇ何しやがんだ!!』
当然、ならず者達が黙ってやられている訳ではない。1人が鉄パイプを振りかざして殴りかかる。
ガキン!
ケツァルはそれを手甲で受け止めると、
トスッ
針を、突き刺す。
『この野郎!』
続けざまに、角材やらナイフを持った者達が襲い掛かる。
フッ・・・
『なっ、消え・・・!?』
トストストスッ
だが、その者達も、ケツァルに一太刀浴びせることすら叶わない。
『ウガァ・・ァァ・・・』
ある者は変貌し、ある者は倒れていく。
ケツァルが針を介して打ち込んでいるのは吸血鬼化に必要な「血清」だ。それは勿論本物から抽出したものではなく、バルボアが国の予算を横流しして人工的に創らせた物である。
これはまだまだ未完成品であり、適応できる人間がどれほどいるのか、それは未知数であった。その為、この路地裏で、下層階級の人間を実験台としているのである。
だがここまで誰一人、意志を持った吸血鬼が現れることはない。
「(未完成にも程がある)」
呆れの感情さえ湧いて来る。こんなものにバルボアは自分の身を危険に晒しているのかと。
これ以上やる意味も、特に見いだせはしない。
だが、ここで王宮に戻る事はしない。手持ちの針は残っている。これを全てテストするのが国の決めた事だ。
「・・・次」
無感情に、次へと向かおうとする。
ガッ!
その腕を、何者かに掴まれた。
振り返らずとも、ケツァルはそれが誰なのか分かっている。
「ギルダー殿。何をする?」
その言葉に、
「これ以上、無駄な事は止めましょう」
ギルダーは短く、鋭く返す。
「貴方も分かっているはずだ。これはバルボア・モールの私腹を肥やす所業でしかないという事を」
「・・・」
「それを知りながら、何故動く?」
「それが国の決めた事だからだ、ギルダー殿」
ケツァルの答えは単純で明快であった。
「国の決めた事、ですか」
「然り。ある程度の犠牲というものは、国の発展の為に起こり得るものだ」
「しかし、今回のものは不必要な犠牲です。未完成品での実験など、何も生み出さない」
「私はそうは考えていない」
クルリと、ケツァルがギルダーに向き合う。
「貴殿も私も、吸血鬼の血清完成がこの国を強固にするという考えは一致している。それに対する向き合い方が違うのだ」
「・・・」
「バルボア殿は錯乱しておられるが、『事は一刻を争う』という言葉は正しい。未完成品での実験から完成品を創り上げていくのが、今は最適解と私は考えている」
「なっ・・・!」
「完成品をバルボア殿が私物化しようというのであれば、それは阻止する。だが、血清の完成という単一の目的の為であれば、私はバルボア殿に協力する事も否まない」
「そう・・・ですか・・・」
何処か肩透かしを喰らったような顔をして、ギルダーはケツァルに背を向ける。
「それでは、私は私なりに行動させて頂きます」
そう言い残すと、ギルダーは去っていった。
***
『ウガァァァア!!』
「何だい、アイツらは・・・!」
路地裏に氾濫した亡者の群れは、クーナ達の所へも迫っていた。
「アレ、何だ・・・!?」
「お兄様・・・怖い・・・」
固まる兄妹に、
「アンタらはさっさとここを離れな。ここは何とかしといてやるよ」
クーナは避難を呼びかける。
「お、俺だって戦って・・・!」
「聞き分けの悪い奴だね!邪魔だって言ってんのさ!」
「お兄様、帰りましょ・・・ここ、怖い・・・」
「・・・!」
ダッ!
それ以上何も言わず、マルクはフランの手を引いて駆け出した。
「ふぅ・・・全く世話の焼けるガキだ」
やれやれと、クーナは溜息をつく。
「さて、アンタ達!あそこにいるキモイ亡者共を・・・ってどうしたんだい?」
そして舎弟達を振り返って顔をしかめる。何やら全員顔がニヤついているからだ。
『いやはや・・・姐さんにもあんな一面があるんスねぇ』
「はぁ?」
『隠さなくてもいいんスよ。何だかんだ、あのガキの事気にいっちまったんでしょ?』
「んなっ!?」
一気に顔が赤らむ。それを見て彼らのニヤつきが一層に加速した。
『姐さん世話焼きスからね~。ああいう奴放っとけないんでしょ』
『いや~羨ましいなぁ~』
「ア、アンタ達ねぇ・・・!」
スラァ・・・
腰に差した盗品の剣をクーナは引き抜く。
「馬鹿な事言ってないで!さっさとあのバケモノ共を始末するよ!」
そして舎弟共を一喝するが、それでも彼らのニヤニヤは収まらなかった。
『へいへい。でも姐さん、アイツ等見るからにヤバいっすよね』
「まぁ、そうだね。アタシ等死ぬかもね。アンタ等には悪いけど、アタシと一緒に死んで貰うよ」
『あのさぁ姐さん。こういう時って、俺達を逃がして一人華々しく戦うってのがよくあるやつじゃないっスか?』
「仮にアタシがそう言ったとして、アンタ等は逃げるのかい?」
『いいや。そんな事するくらいなら、死んでますよ!』
「上等!そら行くよ!!」
『『『うおぉぉぉおおぉぉお!!!』』』
路地裏の死闘が、始まった。
***
『グ、ガァァ・・・』
「残り13本」
淡々と、ケツァルは仕事を進めていく。相も変わらず、吸血鬼として覚醒する者は無しだ。
「(やはり失敗か)」
どうやら残りの針を打ちこんで、早々と王宮に戻る事になりそうだ。バルボアの、悔しげな顔が今にも浮かんでくる。
そこへ、
「そこまでです」
亡者達を薙ぎ倒し、ここまでやって来た者の声が背後から掛かる。
振り向けば、そこには槍を手にしたルフィヤがいた。
「・・・貴殿は確か」
「フォルツァ家メイド長、及びフラン・フォルツァの専属メイドを務めております、ルフィヤ・ディナールと申します。諌言の騎士第4席、ケツァル・ベルデ様」
自己紹介を済ませると、
キィ・・・
ルフィヤは槍の切っ先をケツァルに向ける。
「いきなり穏やかではないな」
「言葉にせずとも、要求はお分かりかと」
「然り。返答も推して知るべし」
「止めるには、言葉は不要のようですね」
「・・・」
キン・・・
背負った2本のサムライ・ソード、その片方を抜く。そしてルフィヤに向き合った。
「(あの刀・・・)」
その刀から放たれる何かを、ルフィヤは敏感に感じ取った。
「―邪刀、『夜』―逃れられると思わぬ事だ」
顔色一つ変えぬケツァルだったが、彼もまたルフィヤから只ならぬ気を感じ取っていた。
「「(間違いない・・・強い・・・!)」」
2人の距離、約10メートル。
「「!」」
先に動いたのはケツァルだった。
ヒュォ!
手裏剣を5つ、ルフィヤへ投擲する。
スッ・・・
ルフィヤはダストボックスの影に隠れると、それらをやり過ごし、
ガッ!
同時にケツァルへ向けて目の前のダストボックスを蹴り飛ばす。
「・・・!」
ケツァルは上方にそれを避ける。勿論同時に間合いを詰める。
「(掛かった・・・!)」
それを見越していたルフィヤ。隠し持っていたロープを投げ、ケツァルの足に絡ませる。
そのまま地面に叩き付ける魂胆だった。
だが、
「笑止」
ブツン!
ロープが張る前に、小太刀によって断ち切られてしまう。
そしてそのまま、ルフィヤに斬りかかる。
ギィン!
「ぐぅ・・・!」
細身の刀身から想像できぬ重い一撃に、ルフィヤの足元が僅かにぐらつく。
ヒュン!
そこをケツァルは見逃さない。小太刀で手首を斬り落としに掛かる。
「!」
ルフィヤも易々と斬られない。左手を槍から放して白刃を避け、
ギュオッ!
右手だけで槍を操るとケツァルの刀をいなす。
「何?」
「はっ!」
シュン!
そして左手を添えなおすと、ケツァルへ切っ先を突き出した。
「くっ・・・!」
ケツァルが距離を取る。
キィン・・・!
「(浅いっ・・・!)」
ルフィヤの一撃は面頬を掠めるに留まった。だがケツァルに更なるプレッシャーを与えるには十分だった。
「(面頬が無ければ鼻が飛んでいた・・・)」
至極冷静に、自分が危機的状況に置かれていたことを分析する。
同時に、理解する。任務の為、戦闘用の道具は余り持ってきてはいないこの状況で、手を抜いている余裕はないという事を。
「良い戦士だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「出来れば、別の形で出会いたかったものだ」
スッ・・・
ケツァルは刀の切っ先を天に向け、正面へと持ってくる。
そして、
ヴィィ・・・
姿を、消した。
「(透明化・・・!)」
その異能。それは彼を『暗殺騎士』足らしめている最大の特徴。
それだけではない。音もなく移動する術を身に着けている彼とこの能力のシナジーは抜群だった。
無音の恐怖が、ルフィヤに襲い掛かる。
「・・・」
しかし、それにルフィヤが取り乱す事は無い。落ち着いて、目を瞑ると、
チリン・・・
鈴を鳴らす。
チリン・・・チリン・・・チリン・・・
それも、断続的に。
「(何だ、何をしている・・・?)」
ルフィヤの背後に回ったケツァル。彼女の行動の意図は読めない。
「(何をしたいのかは知らないが・・・)」
音もなく、刀を構える。
「(これで終わらせる・・・!)」
そして音もなく、斬りかかる。
ヒュォッ!
だが次に聞こえたのは
ガキィン!
金属音。見えない刃は、槍の柄に防がれた。
「(何だと!?)」
鍔迫り合いになったまま、ケツァルが透明化を解く。
「何故分かった・・・!?」
「・・・フフ」
チリン・・・
艶やかな笑顔と共に、もう一度鈴を鳴らすルフィヤ。
「まさか・・・!」
そう、鈴の音の反射。その僅かな変化を捉え、ルフィヤはケツァルの場所を判断したのだった。
「(何という戦士だ・・・!)」
キィン・・・!
鍔迫り合いが崩れ、
ギン!ギィン!
ルフィヤが、ケツァルを押し戻す。
「ぐっ・・・!」
手裏剣を投擲すると同時に、ケツァルは後ろへ飛ぶ。
「(今の装備では、殺しきれん・・・!)」
それに、これ以上戦う義務もない。自分の任務は別にある。
「一旦、引くとしよう」
そしてケツァルは姿を消した。
「ま、待ちなさい!」
ルフィヤが呼び止めた時には、既に彼はその場を離れていた。
「ハァ・・・」
だが、いつまでもそれに捕われている訳にもいかない。本来の目的、マルクとフランの保護の方に頭を切り替える。
「(一体どちらへ行かれたのかしら・・・?)」
大通りの傍は既に探しつくしている。となると、もう少し奥を探してみる必要がありそうだ。
本来ならメイド達の手を借りたい所ではあるが、ここまで危険な現場に彼女達を繰り出させる訳にもいかない。
「(伝達役が多いのは助かるけれども・・・あら・・・?)」
タッ、タッ、タッ・・・
「(!)」
その時、ルフィヤは走ってくる人影に目を丸くした。
「(まさか!?)」
その、まさか。走って来たのは自分の主人であるパダカだった。彼もこちらに気が付き、手を振りながら走って来る。
「よお、ルフィヤ。しっかし、ヒデェ事になってんなー・・・」
そこらかしこに転がっているバケモノの死体を避けながら、パダカはルフィヤの下まで走ってきた。
「パ、パダカ様・・・?何故、ここに・・・?」
「何故って・・・新人のメイドの子よこしたのお前だろ?」
「え、ええ。確かにそうですが・・・」
彼女は主をここに呼ぶために使いを出したのではない。
主を通して、国の力を借りようと思ったのである。
ルフィヤは軽く溜息をついて頭を抱えてしまった。
「あー、そっか・・・飛び出す前に騎士団にでも言っとくべきだったかな・・・マルクとフランが巻き込まれていると聞いてつい、な・・・」
「・・・いえ。国の支援が期待できるかも怪しい所ですので」
「・・・何かあったのか?」
「たった今、諌言の騎士第4席のケツァル・ベルデ様と交戦しておりました」
「何だって・・・!?」
「どうやら、この騒動は国―騎士団が主導で行っているようです。その為、騎士団の助けは・・・」
「成程。最近の騎士団はどっか酷いと思っていたが、遂にこんな事までやり出しやがったか」
吐き捨てるようにパダカは言う。
そこへ、
「待っていただきたい」
何者かが現れた。
「アンタ・・・」
「・・・」
諌言の騎士次席、ギルダー・デリゲートである。ルフィヤとパダカは自然と構えを取ってしまう。
「その様に身構えなくとも大丈夫です。私は貴方達と戦う意志は無い。ただ、貴方達に誤解したままでいてほしくないだけです」
剣に手を掛けることもなく、ギルダーは事務的に話しかける。
「誤解、だと・・・?」
パダカが警戒したまま問う。
「はい。これは確かに、形としては国の決定として行われた事です。しかしながらその実態は首席であるバルボア・モールによって捻じ曲げられた決定です」
「・・・それはどういう事でしょうか?」
ルフィヤも相変わらず警戒を解かない。
「・・・ここまで騒動が広がっては、貴方達に隠す意味も無いでしょう。これは吸血鬼の血清を創り出すための実験なのです。それも未完成品を用いた実に非道な実験だ」
「吸血鬼・・・やっぱりか」
「その血清を創り、そして私物化する為に、今バルボアは躍起になっております。遂には国家予算を横流しする事にまで手を出した―許される事ではありません」
「・・・つまり、アンタは関係していないって言いたいんだな」
「・・・それもあります。が、決して騎士団は内部から腐りきっている訳ではない、その事を伝えておきたかったのです。そして、バルボアをこれ以上放っておくわけにはいかないという事態も、貴族の頂点たる貴方に認識して頂きたかったのです」
そう言うと、ギルダーはパダカ達に背を向けた。
「お、おい!」
その肩に、パダカが手を掛ける。
「・・・何でしょう?」
「アンタもこれが間違ってるって思ってんだろ?だったら俺達と一緒に・・・」
「・・・申し訳ありませんが」
その手を、ギルダーは解いた。
「先ほども申し上げました通り、形とはいえ国の決定は通ってしまっております。決定には反対しておりますが、私は騎士団に身を置く者。故、このバケモノ達に干渉する事は、許されておりません」
「でもよ・・・」
「私は私で行動します。それに・・・」
そして、冷たい視線がパダカを貫く。
「貴方と一緒にいる義理はない」
「なっ・・・!」
そして身を翻すと、足早にその場を後にした。
「(何だったんだ今の冷たさ・・・?)」
後に残されたパダカは、蟠りを募らせるばかりであった。




