表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あんたを四月馬鹿と罵ってあげる  作者: ひゅーっと
7/7

四月馬鹿たち

「え?苦し紛れに何言ってるんだ。今までの、市長が乱闘に巻き込まれた話だって、隕石落下の話だって全部本当だったじゃないか。」

 もう嘘をついているなんて、木藤加奈子は何を言っているんだ。

 俺は呆れ半分、そして予想外の言葉だったので、狼狽を隠す為の強がり半分で答えた。


「だから、嘘をついたと言ってるの! 『嘘をつく』って宣言する前に!」

 木藤加奈子は顔を赤らめながら、その気持ちを吐き出すように大きな声で叫んだ。


 すごく恥ずかしそうな、その顔は、俺から見ても少しドキドキするというか、心ならずもまた可愛いらしいなどと思ってしまったわけだが。いや、しかし騙されてはいけない。彼女は小悪魔、いや悪魔なのだ。

 とはいえ何故、さっきから木藤加奈子は時々顔を赤らめているんだろうか。

 よく考えれば、そもそも嘘をつかれに、学校の屋上に行っている俺も何をしているのかよくわからないのであるが。


「『嘘をつく』宣言をする前に、嘘をついたって、どんな嘘をついたんだよ?」

 今日の朝、木藤加奈子に背中に鞄をぶち当てられてから、「嘘をつく」宣言をするまでの会話なんて、ほんの僅かじゃないか。


 俺は今日の朝、木藤加奈子とどんな会話をしたのだろう。順に思い出していく。

「俺の顔が『しけた』顔か『しなびた』顔かという、どうでもいい話か。」

「違う。あれはただの言葉遊び。」

 木藤加奈子はすぐに否定する。言葉遊びにしても、朝っぱらの挨拶から馬鹿にしてくることを木藤は酷いとは思わないのか。まあいい。


「……。なら、四月一日が綿抜と関係があるとかないとかいう、わりとどうでもいい話か。」

「字面からして関係あるじゃん。」

「そうだな。」

 本当は、四月一日は俺の誕生日でもあり、そういう意味でも綿抜と四月一日との関係は深いのだが、この場で出す話ではない。


「俺が死ぬべきだという、ひどい結論が導き出された三段論法の話か。」

「あの三段論法だったら、そういう結論が出るのが正しいでしょ。」

 少し、木藤加奈子が苛々しているような気がする。

「あの仮定は酷かったが、たしかに正しいな。」

 これは早く答えを導き出さなければ。

 木藤加奈子が本当に怒り出しそうだ。何故俺に嘘をついたらしい女に、こちらが尋問されるような格好になっているのか。すごく疑問に思ったが、俺は答えなければいけないのだろう。


「じゃあ、俺が虫けら扱いされて、結局『俺に嘘をつきたい』という木藤の感情がわかっただけの『木藤の三段論法』の話か。ははあ、さては、この場を借りて、俺のことを虫けらと呼んだのは本意ではなかったということで謝りたいのかな?」

「察しの悪い綿抜のことは虫けらであると今は思っているわよ。」

 本当に怒っているようだ。こちらを睨むような目付きである。さっきの可愛らしい赤面は何だったのだろうか。彼女の冷たい視線が俺の心に突き刺さってくる。

 しかし、察しが悪いと言われても何がなんやらである。女子の自分の気持ちを察してほしいという希望というか願望は手に余る。この場を脱したいという俺の気持ちも察して頂きたいものだ。

 とはいえ、木藤加奈子にそのような気遣いを望むことは無理そうであるので、尋問に対する回答を続ける。


「木藤曰く、細かいことを気にしすぎである俺が女子に好かれないとか、『おかま』かもしれないとかいう話か。」

木藤加奈子が「嘘をつく」宣言をする前に俺と交わした会話は……これで終わりの筈だ。

「大体、そこらへんね……。」

 彼女はまた恥ずかしそうにし、少し顔を赤らめた。そこの会話で何か顔を赤らめる要素があっただろうか。

「そこらへんね……。実際、細かいことを気にし過ぎる男は女子に嫌われるだろうし。俺が「おかまというのは断定して言っていたわけじゃないし…。結局、嘘をついていないんじゃないか?」

「嘘はついているわよ。わっかんないかな!」

 木藤加奈子に怒られてもわからないものはわからないのである。

 うーん。俺は考え込む。だから、木藤加奈子は何故恥ずかしそうにしているのか。

 


そういえば。

おかまの話の後に、木藤加奈子はこう言っていた。

「綿抜がどのような心がけを持っていたところで、私はあんたのこと嫌いだけどね。」と。


 まさか、この発言が嘘なのか?

そこから導き出される結論というのは、先程、俺自身の中で否定された「木藤加奈子が俺のことを好いている」という飛んで驚くばかりのものなのであった。

 しかし、木藤加奈子が、綿抜の名前から、「わたし抜きには生きられない」とかいう言葉遊びをして、それを本題であると言っていたこと。彼女が顔を赤らめていたこと。途中で押し黙っていたこと。全て、この結論で説明がつく。なかなか、答えを導き出せない俺に苛立っていた理由も頷けるのであるが……。

 そういえば、少し顔が火照ってきている様に感じる。こんなことを考えている自分が恥ずかしくて、頭が回らない。

 いやいやしかし、「俺が自意識過剰でファイナルアンサー」ということもやっぱり有り得るんじゃないか。

 どうせ、木藤加奈子に尋ねれば、「あんた馬鹿じゃないの。虫けらが好きなんて、どこのモノ好きよ。」と罵声の言葉の一つや二つ浴びせられるに決まっているのだ。


「ねえ、さっきから黙っているけど。あんたの空っぽの頭でそこまで考えることあるの?」

 木藤加奈子は俺を見て、ぼそぼそと言った。

 ひどい罵倒で、俺を睨む彼女の目は怖い。

 しかし、いつもの毒舌や軽口とは違うのはわかる。何と言うか、木藤加奈子の毒舌にいつもの天真爛漫さというか、余裕が感じられない。


 もしかして、もしかすると、もしかするのかもしれない。

 俺は馬鹿にされるのを覚悟で、意を決して尋ねた。

「まさかとは思うが、『綿抜がどのような心がけを持っていたところで、私はあんたのこと嫌いだけどね。』と言ったのが、木藤のついた嘘か?」

 それを聞いた木藤加奈子は俯いて、口を開かなかった。


 馬鹿にされない。

 なるほど。どうやら当たりのようだ。

 「木藤加奈子が俺を嫌い」というのが嘘。

 あれは、ただの嫌味で軽口かと思ったが。



「……。」

 彼女はまだ黙っている。

 俺もまた驚きと戸惑いのあまり言葉が出なかった。

 たしかに、木藤加奈子は毒舌で厄介だが、陽気で楽しいところもあって、会話も弾むし、何だかんだで一緒にいて楽しい存在である。大事な存在である。

 さっきの顔を赤らめた木藤加奈子は可愛かったしな。

 彼女は勇気を出して、遠回しにではあるが、俺への好意を伝えてくれている。それはすごく嬉しいことだし、俺はその気持ちに対して答えを出さなければならない。

 しかし、どのように答えようと、今まで通りの関係ではいられないのである。

「加奈子氏が何を言っても、結局それをどう感じて、どう反応するかは綿抜氏次第。」

 俺を屋上に送り出す時に黒田にかけられた言葉を思い出す。

 なるほど、そういうことか。

「くそ、他人事だからって、本当に。」

 俺は木藤加奈子に聞こえないように、ボソッと呟いた。

 彼女は、本当にものすごい嘘をついたものだ。

 すごく真剣な気持ちのこもった嘘を。

 

「今日、私は綿抜に嘘をつくわよ」という宣言があったからこそ、木藤加奈子の真意が気になり、俺は屋上まで来た。

 そして、屋上にて、今日の朝、彼女がどんな嘘をついたかということを俺に答えさせることにより、その好意を俺に気付かせた。

「今日、私は綿抜に嘘をつくわよ」という宣言。

「綿抜がどのような心がけを持っていたところで、私はあんたのこと嫌いだけどね。」という言葉。

 すべては計算づく。俺をこの場に立たせる為の台本通り。

 木藤加奈子が言っていた通り、俺は彼女たちの術中に嵌まっていたようだ。


 いやはや、どんな嘘をつかれるよりも、人の本当の気持ちに応えることは大変なもんだな。


 しばし続いた重苦しい沈黙を破ったのは、木藤加奈子だった。

「で、私があんたの言うような嘘をついたとして。どうなのよ?」

 上目遣いに躊躇いがちに、強い不安と期待の感情を乗せて、俺に答えを迫ってくる。

 これはこちらもいつまでも黙っているわけにはいかないな。

 結局、黒田の言った通り、全て俺次第なんだ。

「四月馬鹿」になったっていいじゃないか。

 大きく息を吸い込み、呼吸を整える。

 そして、俺は精一杯の気持ちを乗せて、大きく叫んだ。



「お前がどんな嘘をついたかとか、そんな細かいことはどうでもいい。俺は、俺の気持ちとして……木藤が好きだ!!!」



 彼女が応えるまでの一瞬の間。

月並みな表現ではあるが、その刹那は永遠のように思えた。白雲は澄み渡る青い空に浮かび、ゆっくりと流れる。穏やかな春風に、キブシの枝から下垂した淡黄色の花がそよぐ。


「ふふふ。綿抜は私抜きには生きていけないものね。」

 木藤加奈子はニヤニヤしながら、嬉しそうに、いつものような天真爛漫な笑顔を見せた。

「いいでしょう。付きあってあげようじゃない。」

「何でいきなり上から目線なんだよ。」

 いつも通りの木藤加奈子の反応に少し呆れたが、俺の気持ちは高揚していた。

「細かいことは気にしない。もしかして、私が可愛すぎて浮かれちゃっているのかな?本当に四月馬鹿だね。綿抜は。」

 告白されても罵倒は忘れない。流石、木藤加奈子らしい。

 いや、今の場合のそれは、照れ隠しなのかもしれない。

「ああ、お前が可愛くって、浮かれちまって、舞い上がってるよ。」

 四月馬鹿と言われても構わない。俺は素直に嬉しかったんだ。

 彼女が遠回しにでも、気持ちを伝えてくれたこと。

 そして、俺の気持ちを伝えられたこと。



 これが、四月一日に俺、綿抜真に起こった一大事件である。

 この手の込んだ告白は、俺と木藤加奈子はとても仲がいいのに、なかなかくっつかない事をじれったく思った内田百花と中野彩音が計画したものであって、木藤加奈子はそれにたきつけられ、俺はそれに乗ったというものである。

 しかし、この告白を経て四月一日は今まで以上に特別な日となった。

 そういえば、あの日以降、俺との朝の挨拶に「リア充末永く爆発しろ」という定型文を付けるようになった黒田から、キブシの良いほうの花言葉も聞いた。



キブシ(木五倍子、木藤):花言葉「出会い・待ち合わせ」「嘘」

 「出会い」なんて、どうでもいいなんていったけれど、あの四月一日に俺は、新しい自分と、今まで触れたことのない木藤加奈子に「出会う」ことが出来たのだと思う。

このお話はひとまず、ここで完結です。

私の拙い文章を読んで頂いて、本当に有難うございました。

感想、評価など頂ければ、嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ