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あんたを四月馬鹿と罵ってあげる  作者: ひゅーっと
5/7

花言葉は「嘘」

「こんな嘘みたいな事件が身近で立て続けに起こると、木藤が俺に嘘をついても、気付かないんじゃないですかね?」と黒田に話を持っていく。


 ここまで滅茶苦茶な事件が頻繁に起こると、感覚が麻痺してしまって、木藤加奈子の嘘に絶対気付かないのではないか。

 俺には、その自信というか、危惧があった。

 もしかして、木藤加奈子がさっきから突拍子もないけれど、実は本当のことを言ってくるのは、俺の正常な感覚を麻痺させ、騙すための布石なのではないかとすら思えてきた。そうであるならば、天然かと思っていたが、あいつはかなりの策士だな。


「さっき、エイプリルフールパラドックスの例で話したように、加奈子氏が綿抜氏にもう嘘をつかないという場合も考えられるでしょ。それに、万が一、綿抜氏が騙されたとしても、加奈子氏が後でネタばらししてくれるから、どうせ気付くでしょ。常識的に考えて。」

 黒田は生徒会の会議前に読んでいた本の続きを読みながら、淡々と答えた。


「いやあ、そりゃ、ネタばらしされたら、騙されたって気づくのは当然だけどさ。ネタばらしされた時点じゃ、もう遅いだろ?俺は木藤に騙されて『四月馬鹿』と笑い者にされてしまう。それを避けたいんだ。だから何か対策はないかな?というので相談してるわけだよ。」

「今日一日だけだから、頑張ってという激励の言葉を、既に綿抜氏にかけたはずだが。それでは不十分だと?」

 黒田はまた、眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げ、俺の方を見た。


「不十分だよ。頼れるのは、黒田お前だけなんだ。助けてください!」

 俺が懇願すると、黒田は「もう綿抜氏は欲求不満なんだから。」と返してきた。

「あらぬ誤解を招くような発言は慎んでくれ。」と俺が言っているそばから、木藤加奈子がニュッと顔を出してきて、「綿抜、欲求不満なの?変態は大変だね。」と茶化してきた。

 ほら言わんこっちゃない。


「辞書的意味は正しいから、無問題。」と黒田は素知らぬ顔で言う。

 たしかに、欲求不満の辞書的意味は「欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態にあること。また、その結果生じる不快な緊張や不安、不満。」というもので使用方法としては間違っていないが、世間一般で通用する意味は違うことくらい、知っているだろうに…。

「いや、その使い方は、俺にとっては大問題だよ。」としか言う他ない。


 にしても、先程から、内田百花と中野彩音がこちらを遠くから眺めているのは何故なのだろうか。しかも、中野彩音の表情からは苛立ちが見え、内田百花がそれを必死に宥めようとしている。

 彼女たちに監視される筋合いはないし、俺が中野彩音を怒らせるようなこともしていないはずなのだが。

 そして、先程から、俺に相手にされずムスッとしたり、俺を茶化しに来たりしている、小動物みたいにちょこまか動く木藤加奈子は、いつ俺を騙してくるつもりなのだろうか?

 先程のエイプリルフールパラドックスの話に出てきたレイモンドのように、俺は木藤加奈子に騙されることを期待しているわけではない。ただ、木藤加奈子は何を考えているのだろうと思うだけだ。


 当の木藤加奈子は、中野彩音に手招きされ呼ばれたので、中野彩音と内田百花のところに行っていた。

「かなこぉ。さっきから、あんた本当に何やってるの?」

 中野彩音が、木藤加奈子を注意している声が聞こえる。


 俺も、正直なところ、木藤加奈子がさっきから、何をしているのか知りたい。彼女は天然なのか、策士なのか、正直なところ全然分かりやしない。

「まあまあ。あーやもそんなに怒らないで、かなこも頑張ってるんだよ。」

 内田百花が中野彩音を一所懸命宥めているようだ。

 木藤加奈子は「そうだよ。あたしも頑張ってるんだよ。あーやは分かってない。」と減らず口を叩いて、中野彩音に頭を軽くポンと叩かれていた。

 あの三人は本当に何をやっているのだろうか。


「なあ、黒田。さっきから、内田と中野がこっちを見ているような気がするのだけど、何でかわかるか?」

「それは、綿抜氏が自意識過剰でファイナルアンサー。」

「おい、話終わらすなよ…。」

 黒田はけんもほろろで取り付く島もない。


 木藤加奈子が何を企んでいるかは知らない。実際俺に嘘をつこうとしているかもわからないが、内田百花と中野彩音も関係しているのは確かだ。多分、俺の自意識過剰ではない。

 今日、朝に生徒会室に入った時に、木藤加奈子が内田百花と中野彩音にしていた挨拶「今日は頑張っちゃうからね!」とはどういうことなのだろうか。


 黒田は全く聞く耳持たず、ずっと本を読んでいる。

「何の本を読んでるんだ?」

 俺が尋ねると、黒田は「花言葉」の本と答える。

 お前は図体や言動に似合わず、乙女かとつっこみを入れたい衝動に駆られる。


 しかし、俺がつっこみを入れる間もなく、聞いてもいないのに黒田は「花言葉」について話し始めた。

「あの校庭にキブシの木があるでしょ。あの花言葉は何だと思う?」

と言って、校舎裏に群生しているキブシの木を指差した。キブシの木の枝から、淡黄色の花が垂れているのが見える。

「さあ、わからんが。何か『親愛の情』とか、そういう甘ったるい感じの言葉だろ。」


 当てずっぽうではあるが、花言葉とは大体、「恋愛」「友情」「真実」「感情」とかの甘ったるい言葉であると相場は決まっているものだ。

「ブッブ―。不正解! まあ、甘ったるい意味もあるけれど、『親愛の情』ではないね。答えの花言葉は『嘘』だよ。」

「花言葉って、あんまり良くない意味のものもあるんだな。へえ、初めて知ったよ。」

 花言葉は甘ったるい言葉ばかりだと思っていたので、意外であった。

「他にも、今の季節の花だと、枝垂れ桜の花言葉は「不誠実、ごまかし」だったりね。でも、キブシの花言葉が「嘘」っていうのは面白い話だよな。綿抜氏?」

「はあ……。そうですかね。」

 黒田の最後の俺への問いかけは、とても意味深な香りを漂わせていたが、その真意はよくわからなかった。ただ、黒田曰く、キブシを漢字で書くと分かるらしい。


「面白そうな話をしてるわね。」

 俺がじっと考えている間、女子たち三人は秘密の話し合いを行っていたが、それが終わると中野彩音がこちらの方にゆっくりと歩いてきた。

 何の用事で俺と黒田のところに来たのだろうか。そう思っていると、中野彩音が声をかけたのは、俺ではなく、黒田であった。

「黒田。ちょっと話したいことがあるんだけど、来て。」

 黒田はそれに対して嫌そうな顔をした。

「ええ?もう生徒会の話し合いは終わったし、今、私は本を読むので忙しいんだが。」

 黒田の態度は露骨だ。しかし、中野彩音も引かない。


「生徒会のことじゃなくて…。黒田に協力してほしいことがあるのよ。少しだけだから来て。加奈子の嘘についても知りたいんでしょ。」

「……! 加奈子氏の嘘については気になってたんよ。何で、わかったん?」

「生徒会の会議前に、黒田と綿抜が話してたのが丸聞こえだったからね。」

「ああ、それで。勿論行くに決まってるじゃないですか。」


 中野彩音に付いて行くことを完全に嫌がっていた黒田が、「加奈子の嘘」の話が出ると一転、目を輝かせ俄然乗り気になった。知的好奇心旺盛なのだろう。先程も木藤加奈子の「嘘をつく」宣言の意図について、黒田は知りたがっていた。しかし、それについて知りたいのは俺も同じだ。


「中野。俺にもその話聞かせてくれよ。」

 しかし、中野彩音の返答はにべもないものであった。

「あんたは、加奈子本人から聞けばいい。」

「ああ、そうだな……。」

 結局、黒田は連れて行かれ、俺一人残された。



 黒田と内田百花、中野彩音の三人は、生徒会のパソコンの前で何やら話し合いを始めた。

 木藤加奈子は何故か、その輪の中には入っていないようだった。

「やっぱり、加奈子氏の真意はそこにあったのですな。」

「なるほど。そういう計画ですか。それはなかなか考えたもんですな。」

 内田百花や中野彩音の説明に対して、黒田が時折感嘆する声が聞こえる。

 何に感心しているのかはわからない。とても気になるが……。


 ここでハッキリしたことが、三つある。

 まず、木藤加奈子は考えなしに動いているのではなく、何か計画があるのだということ。

 そして、木藤加奈子は内田百花、中野彩音の協力のもと動いているということ。

 最後に、これは改めて言うまでもないことかもしれないが、木藤加奈子の計画の対象は俺、綿抜真であるということだ。


 では、「嘘をつく」宣言をした木藤加奈子の真意とは一体何なのだろうか。

 中野彩音は「加奈子、本人から聞けばいい」と言っていたが、非常に気になる。黒田から聞ければいいが、恐らく、内田百花や中野彩音に口止めされているだろうから、答えてはくれないだろう。

 黒田が、内田百花や中野彩音と話している間、悶々として時は過ぎる。


 さて話し合いも終わったらしく、黒田が戻ってきた。

「何か、色々感心したりしていたようだけど、内田や中野とは、どういう話をしたんだ?」

 今のところ、内田百花や中野彩音と協力関係にある黒田が、俺の求めている答えを教えてくれるとは到底思えなかったが、それは承知で尋ねた。


「答えられないよ。百花氏や彩音氏と約束したからね。それに、今、綿抜氏に教えてしまうとそれこそ面白くない。」

 黒田は底意地の悪い笑顔を浮かべた。

「何か不気味だな……。」

「ただ、私から綿抜氏に言う言葉があるとするなら、『加奈子氏が何を言っても、結局それをどう感じて、どう反応するかは綿抜氏次第』ということだけかな。」


 正直、今から何が起こるのかわからない俺には、その言葉はすごく漠然としていて、有用性には欠けていた。ただ、黒田が俺の手助けしようという気持ちでいること。口止めされている中において、恐らく精一杯のアドバイスであるということは理解できた。


「よくわからんが、今日一日の事だ。頑張るよ。」

 俺はそう答えた。

「……。加奈子氏は本校舎の屋上で待ってるから、行ってあげるといいんだな。俺や、百花氏、彩音氏はそこには行かないから、二人でじっくり話をすればいいんだな。」

 黒田は静かに促したが、俺にはいまいち理解できないところがあった。


「二人で話をすればいいって…。木藤が俺に嘘をつくとか、そういう話はどうなったんだ?」

「それも、ちゃんと話していけば、多分わかるから。つべこべ言わず、早く行きたまえ!」

 黒田がバンと俺の背中を叩く。

 早く行けということだろうが、叩かれた背中が滅茶苦茶痛い。黒田の巨体と相まって、すごい力がかかったのだろう。相撲取りから張り手をくらう様なものだ。

「痛いな。背中押すにしても、もっと優しくだな……。」

 俺は痛くてヒリヒリする背中をさすりながら、振り返り、黒田に文句を言う。


「そうだな。優しさは大事だわ。早く行って来い。」

 そう言って、少し寂しげな笑顔で手を振る。

「わかったよ。行ってくる。」

 そう言い残して、俺は生徒会室を出た。


 生徒会室を出た時、黒田が後ろでボソッと何か呟いているのが聞こえたが、何と言っているかはわからなかった。ただ、この時は、木藤加奈子の真意が何なのか知りたい。その一心だったのである。

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