表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あんたを四月馬鹿と罵ってあげる  作者: ひゅーっと
3/7

パラドックス

 俺と木藤加奈子は先程の様な馬鹿げた会話のドッジボールをしながら、生徒会室に向かった。とはいえ、相手から投げられたボールを受けられず、クリティカルヒットを当てられてしまうのは、主に俺の方なのだが。


 二人で生徒会室に入る。


 生徒会室には、まだほとんど人が集まっていなかった。生徒会のパソコンを前に談笑している女子が二人。窓際の席で、外から射す光を浴びながら、黙々と読書に勤しんでいる眼鏡をかけた太ましい男子が一人いるのみであった。


 俺に毒舌の限りを尽くした木藤加奈子は早々に、パソコン前の女子の方に走っていった。

「もも。あーや。おはよう!今日は私、頑張っちゃうからね!」と楽しそうに声をかけているのが聞こえる。

 それに対して、先程「もも」と呼ばれていた、おっとりした性格の内田百花は「かなこぉ、頑張ってね。応援してるよ!」と返し、「あーや」こと、サバサバした性格の中野彩音は「いやあ、うちもドキドキしてきたわ。」などと返していた。


 木藤加奈子は今日何を頑張ることがあるのだろうか?女子二人も、「応援している」とか、「うちもドキドキしてきた」とか、何か今日、木藤加奈子にまつわるビッグイベントがあるような様子である。


 もしかすると、木藤加奈子が俺に「嘘をつく」という話に、彼女らも関わっているのかと思ったが、これは他人が応援したり、ドキドキしたりする類のものではないだろう。


 「あーや」こと、中野彩音は多少、毒舌を吐く事はあるものの、姉御肌な感じで基本的にさっぱり、しっかりした性格であるし、「もも」こと内田百花は、おっとりした癒し系のキャラクターで、人に嘘をつくなど考えられない。木藤と二人が共謀しているなどと考える必要はないはずだ。


 とにかく、やっと煩わしい木藤可奈子がいなくなったので、しばし解放感に浸っていたのも束の間、窓際の巨漢男子がスクッと椅子から立ち上がり、俺の方へ向かってきた。

 体を揺らして歩いてくるも、そのスピードは速い。すぐに俺のところへ到達した。

 そして、俺をギロリと睨み、

「おはよう。綿抜氏、加奈子氏とお手々つないで登校なんて、いい御身分ですな。」

と聞き捨てならない朝の挨拶をした。



「お、おはよう。いやいや、何を馬鹿な事を言ってるんだ!通学路でたまたま会ったから、一緒に生徒会室に入ってきただけで、手などつないでいないし、どちらかというと、毒舌吐かれて辛い身分だよ。」

「ほほう。加奈子氏に毒舌を吐かれて、ドMな綿抜氏は嬉しさのあまり、骨抜きにされてしまったと。そういうことですか。わかります。」

「おい。俺の言いたいことが全く伝わっていないぞ。」


 この巨漢の名前は黒田隆司という。こいつも高二。一応、生徒会長で頭はキレる。しかし、図体がデカイわりに威厳があまり感じられない。

ただ、圧迫感だけはすごい。詰問する為か、俺にじりじり寄ってくる。その目はまだギラついている。


「いやいや、綿抜氏と加奈子氏は最近仲がいいと、男どもの間だけでなく、女子の間でも専らの噂。そして、不純異性交遊に勤しむ、所謂リア充共が末永く爆発するように、藁人形を用いて呪詛するのが、私の日課です。」


 何て陰湿な日課なんだろう、と俺はドン引きした。そんなだから、お前は頭も性格もいいのに、周りからキモいと言われているのだろうが。

 それは置いておいて、俺は黒田の誤解を解くために必死に言葉を並べる。


「さらりと怖いことを言うな! それに、そんなの誤解だ。誤解。木藤といると本当に疲れるんだって。さっきも、木藤が『今日私は綿抜に嘘をつくわよ!』なんて宣言しやがってさ。これから、どんな恐ろしいことが起こるか、本当に戦々恐々としているんだよ。」

 とりあえず、圧迫感のある巨漢に少しでも離れて欲しい一心であった。


「加奈子氏が『嘘をつく』と宣言した?」

 黒田がその巨体を俺から離し、落ち着いた声で尋ねる。

 先程まで目をギラギラさせていたのとは打って変わって、眼鏡のブリッジに手を添え、じっと考える様な仕草を取っている。


「おう、本当に楽しそうに宣言してたよ。あれは、悪魔の目だったね。俺に嘘をついて、罵倒したいって言ってたぜ。」

 ようやく、黒田は冷静さを取り戻してくれたようだ。俺は少し安心する。


「今日はエイプリルフール。エイプリルフールに『嘘をつく』と宣言するか。」

 黒田は考え込んで、少し唸っていた。


「どうかした? すごい考え込んでるが。お前が悩むことじゃないだろ。」と俺が言うと、

「いやあ、加奈子氏がどういう意図でもって、その宣言をしたのか興味深い話だなと思いましてな。」と黒田はしみじみと答えた。

「何が興味深いんだよ。木藤の意図なんて、『俺に嘘をついて、四月馬鹿と罵りたい。』それだけじゃないか。そんな考察するほどのことではないだろ。」


「チッチッチ。その認識は甘いですな。綿抜氏。」

 黒田は顔の前で人差し指を振りながら、少し、上から目線で話し始めた。

「エイプリルフールのパラドックスを知ってますか? 綿抜氏。」



「知らん。」俺は即答した。

「でしょうな。だから、そういう甘い認識でいられるのです。」

「甘い認識ではいない。さっきも言ったように、ビクビクしているんだぞ。」

 木藤加奈子相手に甘い認識でいては、いつ寝首を掻かれるかも分からないのだ。俺は、すごく真剣に悩んでいる。

 彼女は今、女友達同士、パソコンで何かのサイトを見ながら楽しそうに喋っているようであった。俺から離れている分には、無害である。しかし、今日はまだまだ長い。どのような嘘をつかれるのか分かったものではない。


 しかし、黒田は首を傾げて、ちょっと考える素振りを見せ、ゆっくりと話し始めた。

「うーん。そういうことではなく……。まず、エイプリルフールのパラドックスを説明しますとね。これはアメリカの論理学者レイモンド・スマリヤンが、論理学に興味を持つきっかけとなったパラドックスなのですが。」


「ほう。パラドックスっていうのは、逆説って意味だっけ?」

 パラドックスという単語は、聞いたことがある。正しいと思われる前提や推論から結論を導き出すのだけれど、その結論は成り立たない。矛盾しあう。無限ループ。そんな感じだった気がする。


「もう少しちゃんと言うと、逆理ですかね。パラドックスっていうのは、大きく三パターンに分けられるそうですが、今回の場合、『自己言及のパラドックス』『嘘つきのパラドックス』に分類されます。」


「おお、よく分からんから、具体例を早く言ってくれ。」

 俺は急かした。黒田の講釈垂れるのを長々と聞くつもりはない。ただ、木藤加奈子が「嘘をつく」宣言したことに何故、黒田が興味を持ったのか、それを知りたいのだ。

 黒田は急かされても、苛々することもなく、朴訥とした感じで話を進める。


「はい。先程話に出したレイモンド博士がまだ6歳で小さい頃の出来事なんだな。時に実際に体験したパラドックスのお話だわ。四月一日、エイプリルフールに、まだ子どもだったレイモンド博士は兄から、こう言われました。『今日はエイプリルフールだ。お前を騙してやるからな!』と。」


「俺が、木藤に言われたのと同じだな。レイモンド博士も可哀想だぜ。」

 俺はレイモンドに甚く同情した。

「レイモンドはまだ博士にはなってないんだけどな。でも、どう騙されるのか楽しみにしていたみたいだから、綿抜氏とは違うわな。」

 と黒田は俺の発言を一蹴する。


 騙されるのが楽しみとは、レイモンド博士こそMではないだろうか。まあ、彼の6歳の時のエピソードであるから、子どもの純粋な好奇心ゆえと考える方が自然なのだろう。


「そうかい。で、その博士になる前の幼いレイモンド君は兄にどんな酷い嘘をつかれたんだ?」

「それが、レイモンドはその日、兄に騙されることはなかったのな。」

「へっ? 兄さんはレイモンドを騙すって言ってたんじゃないの?」

 レイモンドが騙されなかったとは、どういうことなのか。

「そこでだな。綿抜氏と同じことを思ったレイモンドは兄さんに聞いたんよ。『どうして騙してくれなかったのか?』ってな。」

「何か兄に理由があったのか? 弟を騙すのに良心の呵責を感じたとかか?」

 俺の反応に対し、黒田は、何言ってるのこいつみたいな、少し戸惑った表情を浮かべた。しかし、話を続ける。


「いや違う…。レイモンドに尋ねられた兄は、こう聞き返したんだ。『お前は騙されるのを期待して待っていたんだろう?』って。」

「期待していたかはしらんが、騙されるとは思ってたろうな。」と俺は答える。

「そう。で、レイモンドが『うん。』と答えると、兄はこう言ったんよ。『でも、僕はお前に何もしなかった。ほら、お前は騙されたじゃないか。』ってな。」


「兄の言ってることって、完全に屁理屈じゃねえか。」

 俺は声を大にした。

 その声が聞こえたのか、木藤加奈子や内田百花、中野彩音がチラチラ、こちらを見ている。


 兄のやっていることは子供だましだ、馬鹿馬鹿しいと思った。しかし、子供だましと言うからには、やはり、騙していることには変わりないのか……?


 先程、黒田が考え込んでいたように、俺も少し頭が混乱してきた。

 兄はレイモンドを「騙しているのか」・「騙していないのか」。どっちだろう?


 黒田も、俺の話を聞く態度が変わったことを何となく感じ取ったらしい。

「ある意味、屁理屈だわな。」と俺の意見に同調して、さらに続ける。

「兄が『嘘をつく』と言ったのは『嘘』だった。レイモンドはある意味、騙されていない。でも、自分が騙されなかったということは、自分の期待通りにならなかったということだから、結局騙されたとも言える。しかし、結局騙されたということであれば、もともと兄の『嘘をつくぞ』という言葉を聞いて、騙されることを期待していたわけだから、その期待は叶っている。つまり、騙されていないということになる。これが、エイプリルフールパラドックス。」

 黒田は満足げに話をしめたが、なるほど。わからん。


「要するに、『騙された』と『騙されていない』の無限ループが生じるってことだな。よく分からんが。」と素直に答える。

「そういうこと。」

 大体理解出来ればいいらしい。黒田の答えは随分とあっさりとしたものだった。


「ってことは、木藤の『嘘をつくぞ』宣言も、レイモンドの兄さんと同じで結局『嘘をつく』と言ったのが、『嘘』というパターンで、実は何も起こらないということか? なら、却って安心なんだが。」


 そこで、黒田は口角を上げて不敵な笑みを浮かべる。眼鏡の奥に見える細い目がカッと見開かれているようにも思える。

「ふふふ。それで油断してはいけないんだな。綿抜氏!」

 ズビシッと右手人指し指を俺に向けて突き出し、大声で叫ぶ黒田。

 そのポーズを傍目に見ていた生徒会の面々が、少々ひいている。そして、木藤加奈子が、黒田を見ながら大笑いしている声が聞こえる。


「というと……?」

 朝に比べて、大分集まってきた生徒会メンバーの目も気になってきていたので、俺は小声で聞いた。


「もう一つのパターンとして、最初に綿抜氏が考えていたように、これから、加奈子氏が嘘をつくということも有り得るのだな!」

 大事なことだからだろうが、相変わらず、黒田の声はデカイ。当の木藤加奈子にも話が聞こえているようだし、自重してほしい。


 俺はあごの下に手を置き、少し考えてから答えた。

「たしかに、木藤が『嘘をつく』と最初に宣言してから、後で俺に嘘をついても、それは宣言通りに嘘をついたというだけだ。つまり、最初にした『嘘をつく』という木藤の宣言の内容自体は本当だったとしても、後で実際に嘘をついているのだから、特に問題ないな。」


「そういうこと。だから、加奈子氏は今日これから、『嘘をつかない』かもしれないし、「嘘をつく」かもしれない。どちらの可能性も考えられるのだよ、綿抜氏。お分かりいただけただろうか?」

 最後はテレビのナレーションのような文句で話をしめる黒田。……というか、

「わかったけれど、何も解決していないというか、逆に頭が余計混乱しただけなんだが。」

 これが、今までの話を聞いた俺の本音だ。


 しかし、今日は三段論法だとか、パラドックスだとかのことを考えて、朝から脳をフル回転させているような気がする。


「両方の可能性が考えられるので、加奈子氏がどういう意図でもって、『嘘をつく』宣言をしたのかが気になるわけでして。まあ、今日一日だけだから、頑張ってね。綿抜氏!」

「くそ、他人事だからって、本当に。」


 何も問題は解決していないが、これだけ頭がキレる奴だ。木藤の「嘘をつく」宣言のもう一つの可能性にも気づけたのも黒田のお蔭だ。

「でも、木藤がこれから『嘘をつかない』パターンだった場合、俺がその可能性を知っている以上、あいつの目論見は潰せたということだな。」

「そういうこと。じゃあ、人も集まってきたし、そろそろ生徒会の会議始めるかな。」


 たしかに、黒田と長々と話していた時間の間に生徒会のメンバーはほぼ全員揃っていた。

「了解。」

「おっ。そういや、加奈子氏と手をつないで、綿抜氏が登校してきたことに対する憤怒の感情から、すっかり忘れてたんだが。」

「木藤と手はつないでいないが、何だ?」

「誕生日おめでとう。プレゼントはさっきのエイプリルフールパラドックスの話ってことでいいですかな?」黒田が遠慮がちな笑顔で話を切り出した。

「いいよ。プレゼントとか気を遣わなくたって。ありがとうな。」


 今日はじめて、人に誕生日を祝われた。

そのプレゼントが、俺の嫌いなエイプリルフールのパラドックス講釈とは頂けないが、それでも嬉しいものだ。

 嬉しくないけれど、嬉しい。

さっきのパラドックスみたいだと一瞬思ったが、黒田に話せば、それは全然違うと、また講釈垂れられるのだろう。


「おーい。みんな、会議始めるから、座って。」

 黒田の号令に、木藤加奈子、内田百花、中野彩音始め、生徒会の面々も各々の席に着いた。

 俺も書記の席に着く。

 会議が始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ