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あんたを四月馬鹿と罵ってあげる  作者: ひゅーっと
1/7

四月一日

 今日は四月一日。春の始まり。出会いの季節。


 朝、春麗らかな陽気に満ち溢れた道を、俺は歩いて学校に向かう。

 通学路の途中。駅に向かう人の群れ。いつも見るヨレヨレのスーツを着たおじさん達の中に、パリッとしたスーツを身にまとい、若々しくも少し緊張した面持ちをした人たちの姿が、ちらほら伺える。新社会人なのだろう。期待と不安を胸に人生の新しいステージに立つ、今日はそんな日だ。


 商店街の並木道に咲き誇る、淡い紅色をした枝垂れ桜は、そんな彼ら彼女らの門出を祝しているようだ。


 しかし、そんなことは俺にとって、どうでもいいことだ。

 駅前商店街にある馴染みの和菓子屋の前を通ると、店の壁上に設置されたテレビの画面をじっと見つめる店主の姿が目にとまった。

 すでに、齢70を超えた店主は液晶画面に映る、お天気お姉さんを凝視しながら、「週末は桜祭りがあるから、晴れにしてくれ。頼む。雨だけは止めてくれ。」とまるで効果の無い祈祷を捧げていた。

 その地域ニュースに出演しているお天気お姉さんは、うちの市長の娘らしく、店主はテレビに向かって、「あんたは、市長の娘だろ。市民のことを考えて、天気は晴れにせにゃいかん。」などと大声を張り上げていた。

 

 それは無理な相談だろう。お天気お姉さんは巫女さんではないのだ。桜祭りが好天ならば、客の入りも多く、店主の実入りもよいだろうが、この世の中どうにもならないことの方が多いのである。

 

 フレッシュな気分。桜祭り。浮かれた気分。そんなものどうでもいい。

 ましてや、春にありがちな「出会い」とかいうものなど、俺にとっては本当にどうでもいいことだった。



 本日、四月一日はエイプリルフール。


 何の罪もない人々が西洋の習慣だからという理由で、嘘をつかれ、馬鹿にされる日。

 巷間の人々はまるで化者か何かに取り憑かれたかのように、他人に嘘をつく試みを行う。

 企業は、さして面白くもないエイプリルフールのジョークを社会的責務として発信する義務を負う。


 俺はそんな西洋の馬鹿げた習俗など、見習う必要などないと考えている側の人間だ。取り憑かれた様に、人に嘘をつくことはない。エイプリルフールにもちゃんとした起源はあるのだろうが、益のない西洋の習俗を日本人が何故取り入れようとするのか、理解に苦しむ。嘘をつかれる側は、すごく疲れ、怒髪天を突かんばかりのイライラを抱えるばかりなのである。


「今日は俺の誕生日なのに。また、嘘つかれちまったよ。」

 俺はハアッと大きく溜息をついた。毎年、この独り言を吐いている気がする。



 遡ること15分前。俺が、母親に見送られ家を出る時のこと。


「昨日まで、まこと君に誕生日プレゼント何が欲しい? とか聞いていたけど、今日はまこと君の誕生日じゃなかったわ。お母さん、勘違いしてた。ごめんね。」

 玄関で靴を履いていた俺に向かって、母親はさらりと血も涙もない爆弾発言をしてきた。その顔には、満面の笑みを湛え、微塵も申し訳なさそうな印象は受けなかった。


 これが普通の家庭であれば、母親にプレゼントを反故にされた上、出生日不明となった息子は混乱のあまり怒り狂うであろうが、このやりとりを15年以上行っている俺にとっては慣れたものである。


「あ、そっか。それは仕方ないね。じゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

と母親と何の問題もなかったかのような会話のキャッチボールをし、俺は家を後にした。

 

 そして、フレッシュマンと祈祷をする店主を横目にして、通学路をひたすら歩き、今に至る。

 先程の俺の儚げな歎息に漏れ聞こえたように、まこと君、フルネームで言うところの、綿抜真わたぬきまこと

 つまり俺の誕生日は本日四月一日である。

 それなのに、母親が、「今日は誕生日じゃなかったわ。」と言ったのには、理由がある。今日がエイプリルフールだからである。うちの家族は毎年、「俺の誕生日は四月一日でない。」という嘘を俺につくことによって、エイプリルフールに嘘をつくというタスクを果たしているのであった。


 四月一日、エイプリルフールに生を受けたばっかりに、俺の誕生日は毎年うやむやにされてきた。


 俺が記憶を遡れるのは幼稚園年長であった時の四月一日である。

 その時も、家族から「今日は誕生日ではない。」と言われて友達の家に遊びに行った。

 しかし、友達の家に行くと、同じ組の友達や彼らのお母さんが誕生日のお祝いをしてくれた。所謂、サプライズパーティーといったところだ。しかし、家族からは誕生日ではないと言われたのに、なぜ友達は祝ってくるのか。切り分けた誕生日ケーキをみんな楽しそうに食べている中、祝われているはずの俺だけがキョトンとしていてみんなはすごく困惑していた。それでも、俺はそんなことには気は向かず、自分の誕生日は一体いつなんだと、ただひたすらに困惑するばかりであった。


 家に帰った後、混乱したままの俺は、「お母さん。僕の誕生日は今日じゃないの?今日じゃなかったら、いつなの?教えてよ。」と問いただしたものの、「今日じゃない。誕生日がいつかも、わからない。」と母親は頑なに答えなかったので、俺は仕舞に泣き出してしまった。それでも、四月一日が終わるまでは、母親は誕生日を答えてくれなかった。


 そして、翌日に「実はね。」ということで、「四月一日はエイプリルフールと言ってね。嘘をつかなければならないという日なのです。だから、誕生日が分からないと言ったけれど、実は昨日がまこと君の誕生日だったのでした! ごめんね。」と母親からネタばらしがあった。


 その時の俺は、本当に混乱していたので、母親のネタばらしを聞いた後も、「僕の誕生日は昨日だよね。そうなんだよね。」と何度も確認をした。そして、「そうだよ。」と昨日とは打って変わって優しい笑顔で答えた母親の顔を見て、ようやく、安堵の感情が湧き出てきたのであった。そして「よかった。」と嬉しさのあまり母親に抱きついた後に、騙されていたことをハッと思い出し、母親をポカポカ叩いた。


 それに対して、母親が「いたい。いたい。まこと君。エイプリルフールの嘘に騙されちゃうのは、『四月馬鹿』って言うんだよ。」と煽ってきたので、より一層怒りが込み上げて来て母親を叩いた。

 これが幼稚園の時の痛ましい記憶である。



 これ以降、四月一日に我が家で俺の誕生日は祝われることはなく、四月四日、世間一般で言う「おかまの日」に誕生日会が行われることになった。そのせいか、今では俺も立派なおかまである。そういうお仲間も沢山いる。

 というのは嘘だ。俺はおかまではない。これは脳内の独白なので、他人に嘘をついたことにはならない。ので、問題ないと思われる。ちなみに、四月四日に誕生日会が行われるようになったのは、四月四日は「」があわさる日で「しあわせの日」だからである。


 さて、これだけ話を進めれば、俺がエイプリルフールを嫌いなわけが分かる筈だ。一言でいえば、トラウマである。その後は毎年のことであり、四月四日には誕生日を祝ってくれるので慣れたとはいえ、やはり、不快感は大きい。


 うちの家族が何故、エイプリルフールに固執する、エイプリルフール狂もとい、エイプリルフール教に入信してしまったかは知らないが、嘘をつくにも限度がある。笑える嘘と笑えない嘘がある。今でこそ、笑えるかもしれないが、昔の俺には全くもって笑えない嘘であった。

 だから、人が平気で嘘をつくエイプリルフールは嫌いだ。出会いとか、春の麗らかさとか、そんなことが気にならなくなるくらい、俺はエイプリルフールが嫌いだ。

溜息をつきながら、登り坂を歩く。


 俺の通っている廣陵高校は町を見下ろす丘の上にあるのだ。

 通学路から見上げると、高校の校舎が見えてきた。

 その校舎の背後には、キブシの木。枝から淡黄色の花を垂らしている。藤の花の様に垂れた、キブシの花は遠目に見ると、実がついたブドウの房のように見える。

 より向こうには、春らしい清々しく透明度の高い青い空。白い雲が浮かび、そして、筋状の黄色い光が流れていくのが見える。昼に流れ星が見えることはないし、何なのだろうこの光は。考えてもよくわからない。


 とりあえず、校門が見える。あと少し、坂を登れば、高校につく。

 四月一日はもう新年度、俺も高校二年となる。黒のジャケットに、緑のネクタイ、ブラウンのズボンという冬服の装いも慣れたものだ。


 とはいえ、当然授業はまだ始まっていない。しかし、学校に行かなければいけなかったのは、新年度の生徒会運営についての会議に参加するためであった。これでも、俺は生徒会の書記なのである。普通は高三が生徒会役員をするものだと思うのだが、早くから受験準備に専念したいとやらで、高三の生徒会役員は既に重役からは退き、俺達役員の補佐が専らの仕事だ。


「はあ、だりいな。大した話もないのに、朝早くから学校に行かなきゃならないなんて。春休みなんだから、もっと遅くに始めたっていいじゃないか。」

 朝っぱらから愚痴をこぼした俺の後ろ姿はさぞ、気だるそうであったろう。


「おっはよう! 綿抜!だるそうだね。」

 後ろから走ってきた人影は、そのだるそうな俺の背中目がけて、鞄を叩きつけてきた。俺はその衝撃でふっ飛ばされ、大きくよろめき前に倒れそうになった。


「おい!何すんだよ。」

 俺は態勢を立て直してすぐに後ろを振り返って叫んだ。こちとら、朝からイライラしているのだ。何より、不意をついて背後から攻撃を仕掛けてくるなんて、危ないではないか。

 まあ、誰がやったかは、鞄を叩きつけられた時に何となく予想はついていたが。


「ごめん。ごめん。しけた顔してたから、根気入れてやろうと思ってさ。」

 木藤加奈子きふじかなこ。彼女は悪びれる様子もなく、無邪気な笑顔でそう答えた。



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