序章の発端
時期は中学三年の俺は受験に向けて日々勉強をしていた。
俺は神威持ちと周りから知られていたため、畏怖の目や嫌悪の視線を日々浴びていた。時には
受験になっても、怪物退治と名目を立てて俺に手をだそうとしかけてきた輩もまだいるから正直勘弁してほいし。
そんな生活をしながら、今日も俺はいつものように、親父たちが経営している喫茶店の手伝いをしていた。
俺の父親、詩乃神 健吾が経営している喫茶店の名前は『喫茶店 ユイ』。
このシンプルな店名は父さんが母さんの名前の結衣からつけたって話をイチャイチャしながら言っていのを今でも憶えている。
俺は店で使う食器を午後五時に一旦洗い終え、休憩のためにリビングへと歩きながら三つ編みに結った後ろ髪を解く。
「ふぅ、終わった」
リビングに着き、ソファーに座りながら黒を基調としたレトロなウェイター服を着崩し背伸びをしながら、今後来る受験に気を引き締める。
中学では勉強は割と真面目に受けていたため成績は常に上位はキープしていた 。
普段は俺とあまり関わらない担任からも倍率の高い高校を勧められている程でもあった。
俺はその学校に不満は無いので担任が勧めた進学校を二つ返事で受けることにしていた。
しばらくリビングでくつろいでいたら、テーブルの上にA4サイズのプリントが入るほどの大きさの茶封筒が置いてあるのを見つけた。
好奇心に駆られた俺はその茶封筒を開けて、中身を見てみると、中には『私立香坂学園』のパンフレットや案内書が入っていた。
香坂学園といえば、一般の生徒はもちろん、日本全国の神威持ちを持った生徒が集まることで有名な学校だ。
俺も神威持ちの端くれだから、この学校のことは知っていたから自分のもとに届くことは想定していた。
「翔ちゃ~ん。今日もお疲れ様ぁ」
ペラペラとパンフレットを見ていたらお袋がリビングに入って来た。
丁度いいと思い俺はパンフレットの表紙をお袋に見せながら尋る。
「母さんこれ何?」
母さんがパンフレットの表紙を見ると、あらあらと頬に手を添えながら困った表情になった。
「あらあら見つけちゃったのねぇ。これについてはお店が終わった後にしてくれるかしらぁ?」
「今はダメなのか?」
一応聞いてみたが、お袋は手を頬に当てながら申し訳なさそうな顔で謝る。
「ごめんなさいねぇ。このお話はとても大事なお話だからぁ。これは健吾さんと一緒に説明したいのぉ」
「……わかった」
こ の様子だと、今は何を言っても話してはくれないな。それに、どのみち詳しいことは後から知れるんだ。あまり深く追求しても仕方ないな。俺はそう思いお袋の言葉に頷き、休憩を終えた後、残りの仕事をこなして終えた。
時は過ぎ、今は午後の10時。
店は既に閉店して、夕方の件についてこれから話し合うことになっている。
リビングでテーブルを挟んで向き合うように座っている。
お互いに無言の時間が続き、壁に立て掛けてある時計が秒針の音だけが響いていた。
「で、単刀直入に聞くけどこれ何?」
俺は頭を掻きながら父さんに尋ねた。
聞いた話じゃこの学校の理事長である香坂 勘太郎氏も神威持ちであり、そのため数多くの神威を持った生徒も隔てなく入れていると有名だ。だから神威持ちの存在をよく思わない輩からは『怪物学校』と呼ばれているらしい。
だがこの学校、これでもかなりの名門校で倍率は高いが学費はほとんどが理事長の自腹でけっこう安い。おかげで一般家庭からはもちろん、学歴目的で受験する一般人の受験生も結構いるらしい。
二人は学歴にこだわるヒトじゃないし、意味もなく勝手に学校を決めるようなマネはしない。
父さんたちは〝血の繋がってない〟化け物の俺に『家族だから』と言っていろいろ尽くしてくれた。
だから、今回も必ず何か意味がある。長年父さんたちの背中を見てきたから確信できる気持ちを胸に秘めながら、父さんの答えを待つ。
しばらくの沈黙の中、コーヒーカップを手にしながら親父はようやく口を開く。
「翔吾、貴方が神威持ちになってから約五年。力に酔い、囚われ、力で自身を滅ぼさぬよう指導してきました」
親父はそう、口を開くと淡々とした口調で語りながらコーヒーを口にした。俺はただ黙って、親父の言葉に耳を傾ける。
「しかし、いくら心掛けを説いても力が暴走しては意味がない。ですので、貴方と同じ神威持ちに力の使い方を御教授してもらいたかったのですが、私の伝手にその手の者がいませんでした。どうしたものかと頭を悩ませた末に行き着いたのが――」
「この学校……てことか?」
「その通りです」
親父が答えながら、カラになったコーヒーカップをテーブルに置いた。
「まぁ正直な話、これは与四郎院長に一方的に勧められただけで、詳しい話は本人にさせてくれと言われて聞かせてくれなかったのだどね」
「院長が?」
父さんは頷いて手元のカップにコーヒーを注いだ。
院長とは、この家から徒歩二〇分の場所にある孤児院を運営している老人で、名前が藤崎 義郎。
この孤児院には育児放棄されたり、親から虐待を受けていた子供もいるが、最近の孤児院にいる子供のほとんどが神威持ちだと言われている。
「こんな怪物。うちの子供じゃない」、「こんな子いらない」、「化物なんて育てたくない」。
この施設の子供たちはそんな理由で捨てられた子供ばかりだ。
原因はわりと簡単、神威が現れてもう五〇年。今のスキル持ちには、あまり良い印象を持たれることがあまりない。
例えば、まだ神威を使いきれていない子供が友達と喧嘩して、うっかり神威を使い死なしてしまうといった事件をニュースで見たことがある。
その他にも、強盗や殺人に神威を使う犯罪者がいるし、スキル持ちの人間こそが至高! と馬鹿に謳っているふざけたテロリスト共もいるもんだから一般人からしてみれば俺たちはいつ、襲って くるかわからない猛獣同然だ。
そんな理由で、世の中の神威持ちに対する冷遇さが子供たちにも影響している。
俺も神威持ちになって以来、そんなひどい環境下にいたおかげで心が病みかけたもんだ。
気にはしていなかったが、おかげで中学生活は余程の物好きじゃない限り、ビビって俺に寄り付かなく毎日が退屈だった。
しかし__
「なんで院長がそんな話を持ち出してきたんだ?」
「さっきも言いましたが翔吾に話したいと言われて何も聞いていないんです。だから理由はわかりません」
親父は困った顔をしながらお手上げといった感じで両手を挙げた。
一通り話は聞いたが、これといってまともな情報は無く、モヤモヤした気持ちを内に秘めたまま沈黙が流れた。
まぁ、あまり聞かされてなかったみたいだし、仕方ないっちゃ仕方ないが……。
やっぱり何も知らないとなるとなぁ。……となると明日、直接に行って院長本人に聞くしかない。
「仕方ない。明日、直接院長に聞いてみるよ」
「すみませんがそうしてください。あぁ、ちょっと待ちなさい」
話はお開きと思った矢先、親父にいきなり呼び止められ風呂に入ろうとしていた俺は振り向きながら親父を睨む。
「なんだよ、今から風呂入ろうと思ってたのに」
「すみません。キドニー君もその学校を受けることになっていることを危うく言い忘れるところだでしたから……ついね」
親父の発言に思わず怒りを忘れ、目を見開き驚いてしまった。
「はっ? キドニーもこの学校受けるのか?」
キドニー__キドニー・エリゴスは俺が神威持ちになった後に仲良くなった親父の知り合いの息子であり、親父たちが行く大人の集まりに着いて行くたび、よく遊んでいたほどの仲だ。
今では気軽に話せる親友の間柄にまでなっている。
「ええ、あの子は元々日本に興味を抱いていたでしょう。この話を持ちかけられた時ちょうどいいと思いましてね。話してみたら向こうも『ちょうど良い、アイツの見聞を広めるいい機会だ。どうぞ遠慮なく行かしてやってください』と言われましたからね」
彼も結構乗り気でしたよ。 親父がニッコリ笑いながら言い、コーヒーを口にした。
俺は展開がとんとん拍子に進みすぎて頭を抱えたくなったが、一人で知らない場所で過ごすにはいささか心細かったからむしろよかったと自分自身を無理矢理納得させた。
「あー、わかったわかった。お互い受かればいいなって伝えといてくれ」
とっとと風呂に入りたかったから適当に返事をして、タオルを取りに自室に向かおうとドアノブに手を掛ける。
「ちなみにお風呂は結衣さんが入ったので無理ですよ」
「はぁっ?」
今のやりとりの中でお袋に先を越されていたことに思わず素っ頓狂な声をあげなら振り返る。
「えっ? ちょっ……いつの間に⁉︎」
「義郎さんから学校を勧められていた、と話していたところから既に席を立っていましたよ。話すことは全部私が話してしまいましたからね」
退屈だったのでしょうかね? 親父がそう呟きながら湯気の立つコーヒーを口にした。
たった数十分で一生分の疲労が襲う感覚に陥り頭痛になり出した。
「……もう寝るわ」
「ちょっと翔吾、お風呂はどうするんですか?」
「起きたら入る」
だるく言いながら俺はリビングを出た。
「朝風呂はいけませんよ。あれは健康上、あまりよろしくないことなの ですから__」
「おやすみ」
「翔吾、待ちなさい!」
親父の制止を無視して自室に向かう。頭痛がまだ引いていないから早く寝たかった。
あの後、風呂が空いたと親父に叩き起こされたのは別の話だ。