壱話
一寸法師は、大人です。
・・・いえ、何言ってんだこいつ、みたいな目で見ないでください!?
事実は事実。たとえあなたがなんと言おうと、一寸法師は成人男性の平均位の身長で、妻帯で、そう他人と変わったところもない、大人な男性なのです。
むむ、ここまでいっても想像がつきませんか。
だったら、百聞は一見に如かず。こちらをご覧ください。
『なあ小夜。実はさ・・・』
『はいはい、また賭博で負けたのですね』
『うっ・・・はい、そうですゴメンナサイ』
『全く・・・旦那様は、運も肝っ玉も、名の通り“一寸”でございますか』
『それは言わんで下さい。すまん、ちゃんと倍にして返すから。ほら、鹿苑寺並みの寺建てちゃうから。な?』
『期待しないで待っています』
と、いった具合でございます。
まあ良くも悪くも(?)期待を裏切る感じで。はい、これが彼らの日常風景なのです。
彼も、あそこは半ではなく丁で・・・ゴホン。失礼。
どうやら随分とまるで駄目なオッサン、略して“マダオ”ぶりに磨きがかかっているようですが、ひとえに彼らが日々食い繋いでいけるのは、妻の小夜さんのおかげだったりします。あんな男にはもったいない、よくできた奥さん。どうも近所に住んでいた幼馴染だとか。そんなのラノベっつーかこの時代の御伽草子位でいいんだよコンチクショー!
はあ、いつまでもこの調子では、本題に入ることすらできやしません。
さてさて、それでは、御開帳。
物語は一寸さんが、宝具“打出の小槌”を手に入れるところから。動き出します。
さてさて、現代では秘匿されたロストストーリー。
どうぞ、お楽しみください・・・。
日本昔話『一寸法師』~リアル編~
(壱)
「あ~もうこんちくしょー。なんでぇ、最近とんとついていない・・・」
沿う愚痴をこぼす、遊び人一寸さん。前座ですでにご存じですね?まあ、早い話が、彼はプータローなわけです。
「はぁ、小夜に迷惑ばかりかけてらんねーし・・・かといって仕事すんのも嫌だし・・・」
言いたい放題。これでは、幸運のほうが逃げていくというもの。
時は夕暮れ、酒場も徐々に盛り上がってくる頃です。ですが、このところ、京の都は不穏な気配に支配されていました。
足利義教。時の為政者です。神託っつーかぶっちゃけくじ引きで将軍になった彼は、その責任の軽さゆえか、暴政の限り。将軍の牛車を横切っただけで、死刑。あまりにもおっかなく、誰もかれもが暗い顔をしています。
かくいう彼の勤め先でも、親方が将軍直々の仕事を断ったとかで首を斬られ、一団もろとも路頭に迷うというわけでした。
「仕方ない、今日はこれで止めにすっか・・・」
一軒の賭博場の前に立つ一寸。流石にここまで負けが込めば、飽きが来るというもの。十時間ぶっ続けでPSPをすれば、三日は本体すら見たくなくなるように、です。
「さて。元手はっと・・・」
懐をまさぐってみたところ、ガマ口から出てきたのは、
銅銭、一枚。
「・・・」
さて、なにができるというのか。
少なすぎる、と断られれば、お終い。
(それでも・・・諦めるわけにはいかねぇ!!)
グッと拳を握り、力強く一歩踏み出し。
戦場へ、いざ、参らん―――
ま、いざとなれば体を売ればいい話ですがね・・・。
さて、意外にもあっさり登録はすみ、胴元たちのもとへ。
まだ人はにぎわっておらず、空いている卓は、頬が痩せこけ、前歯が出ている、見た目だけなら一寸も貧相なイメージの男でした。
ちなみに一寸は、顔だけなら、鬼退治で有名な、源頼光公にも負けず劣らず、まあ服装がダサいので、めったに声はかけられませんが。
『旦那様のいいところ?まあ・・・顔くらいですかね』小夜さん談。要するに、残念イケメンなわけです。
そんな顔立ちなわけですから、それに異常なほど負けが込めば、自ずと噂も立つというもの。
(よっしゃあ、ドベの一寸じゃねぇか!これで今日は白星だな・・・うひょうひょ、諦めがも悪いって噂だからなぁ・・・)
とらぬ狸の皮算用。それも仕方がありません。参か月ずっと負け越しなら、今回も負ける。当然の心理でしょう。
それに、出っ歯も、先ほどの賭けで勝ち、戦利品を手にしたため、気分も舞い上がっていたのです。
(おいなに、出っ歯って。褒めたいの、貶したいの?)
出っ歯が何やら喚いていますが、それはさておき、大事なのは。
一寸さんの、覚悟でした。
「お前さん・・・お相手、頼めるかい?」
「どうぞ、こちらこそ」
勝負成立。胴元の方がジャラン、と二つの賽を振ります。ガン、とツボをかぶせ、ジャラジャラ。
「半か・・・丁か」
さて、この賭け、ただの運任せのように思えますが、実はトリックは存在するのです。
(基本的に賽の目が変わるのはカチンとなるとき・・・つまり、直前の目を記憶すれば、予想はある程度可能っ!!)
そんな簡単なものではありませんが、事実この男、この方法で勝ち越してきています。
しかし、順は一寸が先。勝負は、次となるようです。
「さあ、どうぞ、一寸さん」
ニヤリ、と笑いながら勧める出っ歯。大丈夫、選ぶわけがない。負け続けのやつが・・・半を選ぶはずがない。
「では、ちょ・・」
ザワザワザワッ!!不意に、頭の奥に蠢くノイズ。これでいいのか、と囁いてきます。
本当に半でいいのか、いや丁にしたところで、むしろここは半で・・・
(あーだめだ。これは負ける思考だ)
いつもの、グダグダとした思考。意味のない、なにも生産性がない。
『まったく旦那様は、運も肝っ玉も、名の通り“一寸”でございますか』
今朝の、小夜の言葉。今なら・・・わかる。彼女のの、言わんとしたことが。
(小夜・・・俺は、勝つっ!!)
「丁で」
打って変わって、力強い声。胴元の方は少し驚いたように目を開き、次いで出っ歯に促します。
もちろん、出っ歯の心中は歓喜で満ちていました。
(きたぁぁぁ!!これでこの勝負もらったっ!!一回勝てば次は自分に優先して決められる・・・今日は大漁だぜ!)
「半で。ぜぇっったいに!半ですっ!からっ!」
「あ、ああ・・・分かったから。では、開帳」
ゆっくりと、上空にあげられたツボ。その二つの目を見た出っ歯は・・・喜びのあまり、飛び上がっていました。
「よっしゃぁぁぁ!!キタ!!半だぁ!!四と二、半だ・・」
「いや、丁ですよ」
「ですよね俺のか・・・え?もう一回」
「だから、四と三、で丁です」
胴元の証言を内心馬鹿にしながら見直してみますと。
何てことでしょう、二と三を見間違えていたとは。
いえ・・・あまりにあり得ない事象だったため、自然に体が拒否したのでしょうか。
「よ・・・よっしゃ」
「は・・・はぁぁぁっぁあぁあっぁぁぁ!?」
一寸らしく喜ぶ一寸。
敗者の絶叫は、賭博場一帯に響き渡りました。
その日、彼は思い出した・・・
賭博で負け続ける恐怖を・・・
ガマ口から生活費が消える虚無感を・・・。
「いやー勝った勝った。一寸復活記念ってことで赤飯ものだな、こりゃ!!」
パンパンに膨れ上がる麻袋と木箱を抱え、ほくほく顏の一寸。あれから勝ちに勝ち続け、泣き疲れて戦利品とか言う木箱で手打ちにした後も更に勝ち続け、もうそれは夜の帝王と崇められそうなほどでした。
「一度でも袋開けたら、光でばれちまうな・・・厳重にっと」
銅貨より金貨のほうが光沢が強いのは当然です。月の光を反射して、道中で襲われては元も子もありません。
しかし、この額。きっと、小夜さんも喜んでくれることでしょう。
気になるのは。この木箱。出っ歯がいうには何やら勝ちのある代物らしいですが、ただの調度品ごときであんなに渋るとは思えません。
なにせ、入っているのは、すすけた小槌ひとつなのですから。
「さぁて、どうしたもんかねぇ・・・」
道は分かるとはいえ、やはり行燈だけでは不安が残ります。家を見つけるなり、すぐに転がり込みあがりました。
どうやら小夜さんは着物を縫いながら寝てしまったようです。無理もありません、二人分の稼ぎを内職だけで賄っているのですから。
(もうそんな心配はいらねぇからな・・・小夜)
そもそも真面目に職を探せ、と突っ込みたいところですが、せっかくの幸運、横やりを指すのは無粋というもの。
それに、この男の思考は、まるで駄目なオッサン、所以マダオなのですから。
まだ終わりませんよ?