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第伍話 山鐘楼

第伍話 山鐘楼



 祖父義雅よしまさの葬式は、盛大なものだった。

 別宅で、雛とともに半ば放置されていた俺も、両親に連れられ、葬式に出た。


 そこに、彼女は居た。

 式中、大人に混じって先頭近くに座らされていた同年代の娘。

「黒沼の」と呼ばれていた、坊主頭の喪服姿。白沢義雅と、どこか血のつながりを感じさせる少壮の男に連れられた、黒装束の娘。


 葬式の合間、ふと彼女の姿を確認すると、彼女もこちらを見ていた。

 いまと同じように、すこし距離を置いて。ただこちらを見ていた。

 彼女の名前は――







 目が覚める。

 昔の夢を見ていたようで、なぜか無性に悲しい。

 その余韻を引きずりながら、昨晩のことを思い出す。


 黒装束、狐面の少女。

 彼女の出した謎かけのことを。



「くらまし地蔵は、なにをくらませるの?」


「水の江の龍神さまは、なんのためにあの場所に居るの?」



 おそらくは他の五か所に関しても同じ問いが続くのだろう。

 つまりは、彼女の問いの本質とは。



 ――化粧町七つの神域は、何のために存在するのか?



 だと思う。


 なんのために。

 問われても答えは出てこない。

 おそらく化粧町の歴史に、密接に関わっているのだろう。


 俺はそれを知らない。

 だから、答えを見つけられないのだ。

 天地もわからない水の中、やみくもにもがいているような感覚に、苛立ちを覚えずにはいられない。



「一度、雛に聞いてみるかな」



 気持ちを落ち着けるように、言葉を口にすると、起きあがる。

 居間に行くと、雛がすでに朝食の準備を済ませていた。



「あ、サトリちゃん、おはよう」



 機嫌は悪く無さそうだ。

 表情を見ながら、そう思う。

 昨夜、ゲームで散々にいじめて怒らせてしまったので、気になっていたのだが……また料理でストレス解消したのだろうか。


 考えながら、なんとなく雛の前に握った拳を差し出す。



「なに? なにかくれるの――ひわっ!?」



 ぽん、と、手の中から飛び出したのは、小さな造花一輪。

 単純な手品だが、雛の反応が初々しくて楽しい。



「おはよう、雛」



 花を雛にささげながら、笑いかける。



「おはよう。あ、ありがとう、サトリちゃん」



 妙に照れながら、彼女は花を受け取って。

 それから目を合わせて、おたがい妙に照れて、笑いあった。



「朝ごはんにしようか」



 しばらくして、雛は上機嫌にそう言った。

 俺のイライラも、奇麗に消えていた。







「なあ雛。この町の歴史って知ってるか?」



 朝食をとってから、しばし。

 焙じ茶をすすりながら、俺は質問を切り出した。



「なんとなくでよければ、分かるけど……なに、サトリちゃん。興味あるの?」



 なぜか嬉しそうな雛に、うなずく。



「まあな。くらまし地蔵尊とか水の江神社とか、そんなところ案内されてると、やっぱり興味は出てくるかな」



 脳裏に浮かんだ狐面の少女の姿を誤魔化すように、そう答えた。

 それに気づいた様子もなく、雛は笑顔でうなずく。



「そうだね、じゃあこれから山鐘楼やまじょうろうに参ってもらうし。帰ってから、また話そうか」






 化粧町を南北に伸びる舗装道路。

 その最南端。町のほぼ中心から南東に進んでいくと、御山にたどり着く。

 ふもとまで行くと、木々に囲まれた登山道が目の前に見えており、その手前に少年の姿があった。

 おそらく御当人だ。年のころは、十五、六。女のような顔立ちだが、太い眉が、男を強く自己主張している。


 しかし、なぜだろう。

 少年は俺の方を、噛みつくような表情で睨んでいた。



「御当人」


「……御伽人」



 声音も、不機嫌を隠せない。

 義務だから仕方なくやっているという風情。



「“禊の儀”。男。青峰佐鳥。御伽人、白沢の雛。みっつ。山鐘楼に参らせ給わん」



 少年はぴくりと眉を動かせてから、答える。



「“禊の儀”みっつ。山鐘楼。御当人。赤谷仁あかだにじん……承った」



 雛は、咎めるように目をすがめてから、やはり儀式中は無駄な会話が出来ないのだろう。無言で登山道に向かう。

 それについて行こうとして、すれ違いざま。俺は仁少年に思い切り睨みつけられた。


 以前にこの少年と会った記憶はない。まったく初対面だ。

 だから、恨みなど買った覚えはない、はずなのだが。

 首をかしげながら、俺は先を急ぐ雛に従った。


 登山道は、蛇腹じゃばらのパイプを縦に割ったような形で、うねりながら頂上へと続いている。

 山道に転がっている大石を慎重に避けながら、四十分ほどもかけて登っただろうか。

 にじむ汗が玉になって顎から落ち始めたころ、山頂に着いた。


 極端に高く積まれた石垣。

 その上に、木造りの鐘楼が立っている。

 中には大人が抱えられそうなくらいの、さほど大きくない鐘が吊り下げられている。



「あれが山鐘楼か」



 大昔、高徳の僧が煮えたぎる坩堝るつぼにわが身を奉げ、その銅を使って鋳造ちゅうぞうされた、化粧町の危機を七色の音で知らせるという不思議の鐘だ。


 むろんこれも雛の受け売りだが。



「そう。あれが御山の山鐘楼……先に言っておくけど、サトリちゃん、突いちゃだめだよ? 町中大騒ぎになっちゃうんだから」


「え? 突いちゃだめなのか?」


「やるつもりだったんだ……」


「いや、儀式だから、なんとなく鐘を突くもんだと思ってた」



 そんなやりとりをしながら、石垣を登って、鐘楼の中に入る。

 鐘楼の四隅には、大きな蝋燭ろうそくが灯っていて、それが鐘の上部を揺らめき照らしていた。


 雛に従って鐘を拝み、言葉をささげてから、うながされて鐘楼の外に出る。

 思わず歓声をあげた。化粧町を一望できる絶景がそこにあった。



「サトリちゃん。西のほう見て。あれが川上原かわかみはら



 雛が指をさしながら説明してくれる。


 川上原から視線を北にずらす。

 屈曲した龍神川りゅうじんがわの北は川下原かわしもばらだ。

 すこし奥には、水の江神社が見える。


 真北から視線を東に向けていくと、備場そなえば

 東に見える、薄暗い山地が二江にえ。となると、その北にあるのがホウジ稲荷いなりか。


 南に目を向けると、山。

 その向うには沼沢地が広がっている。おくだ。



「これが化粧町だよ。サトリちゃん」



 景色の前で手を広げて、雛がほほ笑む。

 日の光を全身に受けたその姿は、一種神聖なものに見えた。


 それから帰り際。こっそり鐘の中をのぞいた。

 内部には、意図的にだろう。激しい凹凸がある。

 これでは叩く位置で微妙に音が変わるだろう。七色の音と言われる、これが由縁か。


 儀式だというのに、なぜ鐘を鳴らさないのか、疑問だったが、これで理由は分かった。

 町の危機でなくとも、ふつうに叩いただけで、鐘は七色の音を発してしまう。だから非常時以外、鐘を鳴らすことはできない。


 しかし、これほど厚みに差を持たせた鋳込みを、傷無しに造り上げるのは、それはそれですごい技術には違いない。


 などと思っていると、雛に睨まれた。

 考えていることが分かったらしい。サトリかお前は。


 まあ、佐鳥は俺なんだが。







 それから、鐘楼の裏手に建てられた小屋ですこし休憩して、山を降りた。


 ふもとには、御当人の仁少年が待ち構えている。

 雛が少年に儀式終了を伝えて、そのまま行き過ぎようとして、その時。



「おい、お前」



 と、少年が口を開いた。

 驚いた。町の人間から直接声をかけられたのは、今回この町に来てから初めてのことだ。

 どうも好感を持たれていないようだが、幽霊のように扱われるよりは、よほど嬉しい。



「青峰佐鳥だよ」



 手を差し出す。

 ふん、と仁少年はその手を振り払ったのだが。


 手が抜けて飛んでいった。



「うわあああっ! 手が、手がぁ!?」


「……落ち着いて。ほら、ほんとの手はこれ」


「うわっ!? 手が生えてきたっ!?」



 どこかで見たような反応だ。

 ちょっと嬉しくなる。



「生えた手がさらに伸びちゃったり」


河童かっぱ!?」


「河童? いいえ、飛頭蛮ひとうばんです」


「く、首が落ちたぁ!?」



 手品を披露して遊んでいると、ぽん。と、肩に手を置かれた。

 雛だ。目が怖い。



「さーとーりーちゃん? 儀式が終わったとはいえ、道端ではしゃいじゃ駄目だよ」


「すみません」



 土下座するしかない。

 すこし調子に乗りすぎた。

 道行く人が話しかけてこないのには、意味があるとわかっていたはずだが、実際話しかけられて、つい舞い上がってしまった。



「それから、仁。あなたも、態度悪い」



 雛は視線を仁少年に転じて、たしなめる。

 どちらかというと幼い感じの雛だが、同郷の年下相手には、姉のような態度になるようだ。


 咎められて、仁少年はふてくされた様子。

 雛と俺との間を、せわしなく視線を往復させながら、歯を食いしばる。



「オレは認めねえからなっ!」


「仁っ!」



 言葉を叩きつけてから、少年は脱兎のごとく走り去る。

 雛の、とっさの叱責の声は少年の背に浴びせられた。


 それから。雛が落ち着くのを待って、声をかける。



「雛、あの子は」


「後輩だよ。三つ下で、昔はよく世話したんだけど……まったく、子供なんだから」



 気のせいだろうか。

 雛の表情は、駄目な弟を叱る姉のそれより、はるかに厳しいものに思えた。







 白沢家別宅に着いたのは、昼を大分回ってからだった。

 それから、やはり雛が事前に用意していた弁当を食べて、しばし休憩。

 山登りですこし張った足を自分でマッサージしていると、雛が話しかけてきた。



「サトリちゃん。朝に言ってた――化粧町の歴史、聞く?」


「ああ、頼めるか?」


「じゃあ、お茶を飲みながらでも話そっか」



 言うと、雛はテーブルに冷たい麦茶と干菓子ひがしを用意してくれた。

 向かい合って座り、麦茶に一口つけてから、彼女は口を開く。



「じゃあ、何から話そうか……サトリちゃんは化粧町の歴史って、どこまで知ってるの?」


「ほとんど知らないな。白沢の家が相当古い家だってのは、聞いてるけど」


「古いよ。どれくらい古いかっていうと……平安の末から続いてるくらい?」


「おお……」



 思っていたよりずっと古い。

 平安時代末期というと、九百年ほども昔になる。

 白沢の家がそれほど長く続いていたというのは、初耳だった。



「平安時代ってのはね、鬼とか化物が、京の都にさえ徘徊はいかいしていた時代だったの。地方は言わずもがな。この化粧町も、当時は化生谷と呼ばれていて、化生――妖怪の住む土地だったの」



 雛はゆっくりと、思い出すようにして語る。


 化生谷の化物は、狒狒ひひ猩猩しょうじょうの類であったという。

 化物達は女や子供を攫っては喰らい、眷族を増やしていった。

 近隣の村人たちは、天災のごとく襲い来る化物どもに対し、為す術もなく震えるしかなかった。


 そんなある時、ある藤原氏の姫君が、化生谷の化物にさらわれた。

 父親である藤原なにがしは嘆き悲しみ、姫の助けを求めた。これに応じて立ち上がったのが、白沢家の祖先。平正盛たいらのまさもり庶流で、名を忠兼ただかねという武士だった。


 忠兼は郎党ろうとうを率いて化生谷に入り、化生をあるいは退け、あるいは封じ、ついに姫を取り返す。

 藤原某は喜んで姫を忠兼とめとらせた。忠兼はその後、肥沃ひよくな化生谷を拓いて住みついた。


 姫は月満ちて長男を出産した。

 成人して近盛ちかもりを名乗った彼は、父の開拓した化生谷川上原の白沢に居を構え、白沢近盛を名乗るようになる。



「これが、化粧町と白沢家の由縁だよ」



 ゆっくりと、茶をすすりながら、雛。


 俺は、深々とため息をついた。

 思わぬところから、壮大な話が飛び出て来た。



「というか白沢って武士の子孫だったのか……つーか雛、マジでお姫さまか」


「時代が降ってからは帰農きのうしてるはずだし、いまさらだよ」



 お姫さま扱いに照れたのか、ほほを朱に染めながら、頭をかく。

 言われてみれば、整った顔立ちや、冴えた黒髪など、どこか貴げだ。



「というか、サトリちゃんもしっかり血が繋がってるんだからね? 当代の甥なんだから。顔とかも、やっぱりどこか似てるでしょ?」


「そうかな? 昔はそう言われた事もあるけど」



 頭を掻きながら、つぶやく。

 俺は雛のように上品な顔立ちはしていないが、髪の手入れや身だしなみを母に任せていた昔、そんなことを言われた記憶がある。



「そうだよ」



 雛は言って、愛おしげにほほを撫でた。

 自分が撫でられた気分になって、不覚にも赤面するのを感じた。







 そして、また深夜。

 雲が月にかかり、辺りは闇に包まれている。

 山登りと家事で疲れたのか、雛はすでに眠りの床についている。


 俺は縁側に出て、じっと待つ。

 狐面をかぶった、黒装束の少女。彼女の訪れを。


 そしてやはり、彼女は来た。

 闇の中、より濃い闇のような少女の、面ばかりが浮き上がって見える。



「また謎かけ、しましょうか?」



 闇夜に浮き上がる狐面が、透明な声を発する。

 前回の、前々回の問いの答えを求めず、彼女は三つ目の問いを発した。



「山鐘楼は、なんのためにあの場所にあるの?」



 その問いに、対する答え。

 ぼんやりとだが、見えてきている。

 化粧町の縁起。白沢家の先祖は、化生谷の化物を、あるいは退治し、あるいは封じたという。

 その封じられた化物に、化粧町の七つの神域は関わっているのではないか。そう思う。


 だが、まだ答えには遠い。

 ただそれだけの謎なら、彼女も酔狂に問い続けないだろう。

 必ず、あるはずなのだ。現代の。もっといえば、俺自身に通じる答えが。



「雛から、化粧町の縁起を聞いた。だけど、まだ足りない。それよりも」



 だから、俺は問いを発する。

 もうひとつの、俺の疑問を解決するための問いを。



「俺は、キミを知っているな?」



 確信がある。

 俺とこの少女は顔を合わせている。

 記憶は定かではない。しかし、確信は自分の中で揺るぎない。



「キミの名は?」



 問う。

 狐面が揺れる。

 苦笑するように。あるいは、許すように。



黒沼繭くろぬままゆ



 狐面をずらして、口元を見せながら、彼女は言う。

 朱を差したような唇は驚くほどなまめかしく、しかし、その声は。

 仮面越しでない彼女の生の声は、やはり――白沢雛に、似ている。


 くすくすと笑いながら、少女は口を開く。



「ちゃんと考えないと、選べなくなるよ……佐鳥ちゃん・・・・・?」



 そう言って、彼女はまた姿を消す。

 夜の静寂の中、少女の言葉はいつまでも耳に残っていた。




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