おまけ1
入り口から覗き込めば、出口の向こうにある景色が見通せるほどにそのトンネルは短かった。指場町の北側、第四公園の側、高架橋の下に設けられたトンネルで、訪れる者といったら迷い込んだ野良猫か、夜通し遊びまわるやんちゃな若者ぐらいものだった。昔はどうだったのか分からないが、今ではこのあたりを車が通ることもほとんどない。
ところが今、そのトンネルの中には小柄な黒い影があった。荒い呼吸が反響し、苦しげな喘鳴が聞こえてくる。壁に描かれた猫の落書きだけが、暗闇の中でそれを見ていた。
「バルゥ……」
傷だらけのライバルはうめき声をあげると、壁に背中をなすりつけるようにして倒れた。動くことさえままならぬ様子で、吐き出す呼気は擦れきっている。胸に深く彫り込まれた傷跡からは、光の粒が漏れ出していた。
足音が響く。革靴でアスファルトを小刻みに叩くような音だった。ライバルが顔をあげると、そこに誰かが立っていた。
「これは手ひどくやられたものだな」
「バル……」
男の声がトンネル内に反響する。耳元を切りつけていくようなハスキーボイスだった。高性能の義手のような機械の腕が伸びてきて、ライバルの頬を優しく撫でる。
「うちの店に来い。オレンジジュースとサンマの照り焼きを用意してやる。もちろん代金はいただくがね」
頭には、まるで絵本に出てくる魔女が被っているようなとんがり帽子。深く被ったそれで顔の半分を覆っている。口は大きく、口内には細かい牙が生え並んでいて、その姿はアマゾン川に住むピラニアをイメージさせる。
身体は高価そうなロングコートですっぽりと包まれていた。右半身は明るい、左半身は暗い紫色という独特な色彩のコートだ。喉元には黒くごつごつとした皮膚が覗き、それだけで人間ではないことが分かる。
手足は機械で作られており、指先を動かすたびカチャカチャと音が鳴る。両手首にはそれぞれ別の時間を刻む腕時計がはめられていた。
長身の怪人は横たわるライバルを両手で抱え上げ、いわゆる“お姫様抱っこ”をすると、トンネルの出口に向かって歩き出した。後には歪な曲線で描かれた、あまりにも不気味な猫の落書きだけが残された。