24話「沙穂のメアード空間」
1
二つの太陽が燦然と輝く地表に、ヒーロー・メアードは佇んでいる。今にも崩れ落ちそうなビルによりかかる、その立ち姿は見るからに憔悴していたが、黒いバイザーによって塞がれた表情には並々ならぬ気迫が窺えた。
彼は左手にプラスチック製の飼育ケース、右手にキャベツを丸ごと一つ持っていた。飼育ケースの中には少量の水と共に、小さな一匹の蟹が入れられている。
彼の隣には全身に草を青々と茂らせた野菜怪人、ヴェジター・メアードの姿があった。大きな目を爛々と輝かせ、つま先を立てながらヒーローの顔を覗き込むようにする。
「キャベツはなぁ、二日酔いにいいんだぞー! そら! どうだ? うまいか! そら!」
「あぁ……まぁまぁだな」
ヴェジターの問いに、ヒーローはため息混じりに答える。それから手にしたキャベツを丸齧りしつつ、数メートルの距離を隔てて立つ『敵』を見据えた。
「エビグルマを蟹にしたのは、お前か」
ヒーローは左手の飼育ケースを掲げる。中で蟹が動き、水面を細やかに揺らす。
彼と対峙している怪人は、大柄な体と丸い腹が特徴的だった。人型であるが、各所に蟹のイメージを備えている。ラバーズ・メアードという名をもつその怪人は鼻を鳴らし、悪戯っぽく笑う。
「ええ。ステキでしょ、可愛い蟹ちゃんにしてあげたの。お礼を言って欲しいくらいだわ」
ラバーズは図体と野太い声に似つかわしくない、甘ったるい口調で喋る。ヒーローは苛立ちを押し殺すようにまた嘆息した。
「早く戻してくれ。こいつの作る味噌汁は、旨いんだ」
「あら。そりゃあ、無理な相談よねぇ。ま、どうしても戻してほしいって言うならぁ……力ずくでやってみれば?」
その発言は宣戦布告に他ならなかった。ヒーローは凛とした気配を纏い、ビルから背中を引き剥がす。そのバイザーが金色に染まった。ヴェジターが彼の背後に回り込む。
「そうか。力ずく……いいな、嫌いじゃない。シンプルなのは、大好きだ」
「うっほほ! さぁて、いかせてもらおうか! トリック・オア・トリート!」
活気溢れる雄叫びと、青白い輝きを残し、ヴェジターの体がヒーローの背に吸い込まれる。するとヒーローの全身を包む純白の鎧が赤く塗り替わり、頭のてっぺんから草が生えた。さらに両腕を緑色のボクシンググローブが覆い隠す。
ヒーローとヴェジターの融合体、エナジーヒーロー・メアードの誕生だった。
エナジーヒーローは持っていた飼育ケースを地面に下ろし、その上にキャベツを置いた。それから顔を上げ、ラバーズを鋭く見据える。
「……恨むなよ。俺の仲間に手を出した、お前が悪い」
エナジーヒーローは両腕に装着された、自身の顔ほどの大きさもある巨大なグローブ同士を叩きつけ、敵に飛び掛かった。
「ふふん。かっこいいこと言ってくれちゃうわねぇ!」
ラバーズは飄々とした態度を崩さぬまま、掌から蟹の鋏を模したエネルギーの刃を発射する。エナジーヒーローは走る速度を緩めることなく、ギリギリまで攻撃を引きつけてかわすと、一気に敵の懐に近づいた。すかさずフックを腹部に叩き込む。
しかしラバーズの表情には苦悶どころか、笑みさえ浮かんでいた。分厚い腹肉は、攻撃を受けると同時に鋼鉄のような硬さを手に入れるようだ。エナジーヒーローはパンチを連打し、それが全く通用しないことに気付くと、舌打ちをして後ろに跳んだ。
「なるほど。肉弾攻撃じゃ、その肥満体には通じないということか」
「豊満な肉体、と言ってちょうだい。失礼ね。でも、あんたのその諦めない姿勢、なかなか好きよ。あんたも他のメアードたちと同じように、可愛い蟹にしてあげようかしら」
「他のメアード……だと?」
エナジーヒーローの声が、わずかに険を帯びる。ラバーズは体を震わせて哄笑した。
「あら、あんたのお友達だけだと思った? あたし、好みのメアードを見ると、つい蟹にしたくなっちゃうのよねぇ。あんたも、ステキな姿にしてあげるわ!」
ラバーズは再び鋏型のエネルギー刃を発射する。しかしエナジーヒーローは避ける素振りさえ見せず、地を蹴ると、刃に正面から突っ込んでいった。
「そうか。ならお前は、俺の私怨じゃなく、メアードたちの敵ってことで良いんだな」
エナジーヒーローは振り抜いた拳を、光刃に叩きつけた。鋏の形をしていたそれは、ぐにゃりとひしゃげ、力任せに折り畳まれていく。やがてスローモーション映像などで見る、潰れたテニスボールのような形状と化した光刃は、拳の力によって押し返され、ラバーズの腹部を穿った。
再びグローブ同士をぶつけ合うエナジーヒーローの背後に、白い靄が浮かび上がる。数秒の時間を要して、それはエナジーヒーロー自身の姿を模った。
「栄養たっぷりのパンチだ。とくと味わえ」
宣言し、エナジーヒーローは両腕をぴんと前に突き伸ばす。グローブが身じろぐような動きを見せたかと思うと、腕から外れ、大きな光を纏いながらラバーズ目がけて飛び出していった。発射された輝く二発の『拳』はその豊満な肉体を抉り、貫く。肉弾攻撃を悉く弾いた皮膚も、エネルギーを纏った一撃には敵わなかったようで、その体には容易く穴が空いた。悲鳴をあげ、よろめくラバーズの体から赤い液体が噴きだし、粒子が散っていく。
「く、くそっ……! あんた、あのライバルと一緒じゃない! 何の権利があって、他人の命を……! 許さない、絶対に許さない……!」
恨み言を吐きながら、ラバーズは口から噴水のように緑色の粟を噴きだす。エナジーヒーローは素早く横に跳ぶものの、避けきることはできず、右肩に浴びてしまった。
ラバーズは最後まで口汚くヒーローを罵りながら消滅していった。真っ赤な液体が地面にじわじわと、血だまりのように広がっていく。
「奴と同じか……そうかもしれないな」
消滅する敵を前にして、エナジーヒーローの体もまた輝きを帯び始める。やがて鎧の色は白に戻り、その外見は通常のヒーローのものに戻ってしまった。
「馬鹿な……一体、何が」
しかし突然の融合解除は、本人の意思に反するものだったらしい。ヒーローが困惑した様子で足元を見下ろすと、彼の足の上を小さな蟹がちょこちょこと移動していった。彼は背後に置かれている飼育ケースに、素早く視線を転じる。しかし透明の容器の中に蟹は入ったままだった。ヒーローはもう一度、足元を這う蟹に目をやり、それからヴェジターの気配がどこにも感じられないことを認めて、がっくりと肩を落とした。
「野菜君……俺は、お前も救えなかったというわけか」
ヒーローは腰を屈め、足元の蟹を掌で掬い取る。黒い空と紫色の大地で構成されていた景色が溶け、後から指場町の静かな夜が現れた。ヒーローがメアード空間を解除したのだ。駅近くにある高架橋の下だ。壁にはスプレーで描かれた猫の絵が落書きされている。
「何でデスメアードが死んだのに、仲間は元に戻らないのか……そう思ってるでしょ」
掌の中の蟹を眺めていたヒーローは、声が聞こえてきた方に顔を向けた。外灯のおぼろげな光によって照らされた闇の中を、トレンチコートを着込んだ女性が歩いてくる。
「それはね……あのデスメアードが相手を呪う力を持っていたから。あなたの仲間は呪いを受けてしまった。だから発動主がいなくなっても術が解けることはないの」
「誰だお前は……うっ!」
ヒーローは尋ねた矢先に呻き声を漏らし、その場に座り込んだ。蟹を持っているのとは逆の手で口を押さえ、軽くえずく。どうやら生来の不調が体を蝕みだしたらしい。
女性――鳥川美鈴は赤い液だまりを踏みつぶすと、ヒーローの前で立ち止まった。コートの袖口から銀色の腕輪が覗く。ヒーローはそれに目を留めると、ハッと息を呑んだ。
「……まさか、お前、あの男と同じ……」
「呪いが自然に解けることはない。解除するには、専用の力が必要になる。そしてそれは……あなたの中にあるのかもしれない」
膝を折り、腰を落として、美鈴はヒーローの肩に触れる。青い顔をしたヒーローは、間近にある彼女の顔を訝しそうに見つめた。
「エビグルマたちを救う力が、俺の中に……?」
「ええ。あなたのことはよく知ってるよ。ヒーロー・メアード、天属性。殺人鬼、波崎正吾の成れの果て……あなたにはまだ、失われている力がある。それに、あなた自身も気付いているんでしょう?」
美鈴の白い手がヒーローの肩を、くすぐるように撫でまわす。その手首にはめられた銀の腕輪が、純白の装甲と擦れて削れるような音を発した。
「なんだ……お前も俺のファンか?」
「そうかもね。ねぇ。あなたの力を取り戻す手伝いを、私にさせてくれない? あなたは力を、どこかに落としてしまったのか……それとも誰かに奪われたのか。気になるの」
「奪われた?」
「例えばの話。ねぇ、いいでしょう? 朝まで私を好きに使ってくれて構わないから。だけど、もし仲間を救える力が戻ったら……その時は、私のお願いを一つだけ聞いて」
美鈴の目は真っ直ぐに、ただ純粋な輝きを宿して、間近からヒーローを見つめる。ヒーローもまた彼女を見つめ返しながら、首を傾げた。
「なにがなんだか分からんが……どうすれば戻る? 方法を知ってるのか?」
「そうね……推論でしかないけど、例えば一から記憶を洗い直してみるのはどう? もしあなたが力をどこかに落としていたとしたら、それは塵からデスメアードに昇華したタイミングかもしれない」
「俺の記憶、か……」
ヒーローは自嘲をこめるように肩を揺する。頭を右手で抑え、こめかみを指で突いた。
「酔っ払いの記憶をアテにするとは、呆れた冗談だ。一歩間違えたら、もしかして俺自身よりもライバルの方が俺のことを知っていたりしてな」
「……それ、どういうこと? ライバルって、ライバル・メアードのこと?」
美鈴は眉を顰める。ヒーローは顔を上げ、呆れるように言った。
「何だ。俺のことをよく知る割に、奴のことは知らないのか」
ヒーローは皮肉っぽく切り出し、それからライバルの正体について語り始めた。だが話を聞く美鈴の表情に驚きはなく、徐々に暗澹とした色が立ち込めていった。
2
「じゃあ沙穂ちゃん、お大事にね」
歪み、白く濁った視界の中で、奈々が心配そうな表情を浮かべている。彼女のメガネのフレームは黒に赤いラインが入ったもので、それもまた彼女にとてもよく似合っていた。
「またくるからネ! サホの風邪が治るように、私、アツく燃えてくるヨ!」
奈々の隣にはローラも立っている。ベースケースを背負った彼女は、これから国道沿いのライブハウスでクリスマスライブに出演するのだ。沙穂は唇を緩め、ベッドの中から「頑張って」とエールを送った。二人の友達の姿を、しっかりと瞳に焼きつけながら。
「じゃあ、子犬ちゃん。サホのことをよろしくネ!」
「ああ……」
固い顔をしたまま、角平はローラに頷く。ローラは最後にウィンクを残すと、奈々を引き連れ、「おじゃましました」の言葉と共に部屋を出て行った。
二人がいなくなると、それだけで部屋の温度が下がったような気がした。沙穂は背筋に寒気を感じ、毛布を首元まで寄せる。それに気づいたのか、角平はリモコンを操作し、エアコンの設定温度を変更した。
「……だけど今日は、ホワイトクリスマスにはならなそうだな。割合、天気良さそうだし」
角平は窓の近くに移動すると、閉め切ったままのカーテンに手をかける。彼の指が水玉模様の布地に触れた瞬間、沙穂の心臓は高鳴った。まるで顔を無理やり水中に埋められたかのように呼吸が苦しくなる。半ばパニックになりながら、たまらず叫んだ。
「開けないで!」
びくり、と角平は体を震わせ、こちらを振り返った。
「ご、ごめん」
慌てた様子で窓際から離れる。沙穂はその時初めて、自分が上半身を起こし、肩で息をしていることに気付いた。全身が汗で濡れている。窒息感は失せ、代わりに角平を怒鳴りつけてしまった罪悪感が、胸に刺々しく広がっていった。
「……ごめん」
謝罪をし、沙穂は再びベッドに寝そべった。ベッドに体を預けると、皮膚にじわりと熱が沁みこんでいくのが分かる。熱い息を吐き出し、誘われるようにゆっくりと瞼を閉じる。
「かっくん、ごめんね。せっかくのクリスマスなのに、こんなんで」
「いいよ。沙穂ちゃんが悪いわけじゃないし。しょうがないよ」
今日は十二月二十四日。クリスマスイブだ。町は華やかに彩られ、人々の気持ちも自然と浮き立つ日。だが沙穂はこうして熱に浮かされ、パジャマ姿で、自室のベッドから抜け出すことすらできずにいる。体が鉛のように重く、それでいて、まるで自分の体を失ってしまったような浮遊感が総身を支配していた。
「まぁ、明日になれば熱も下がるよ。ちゃんと医者からも薬もらったんだろ?」
「うん……」
沙穂は胸のあたりの布地をぎゅっと掴む。医者は問診だけで風邪だろうと診断を下したが、沙穂は自分の不調の原因が、別の所にあるだろうということを分かっていた。
太陽を恐れ、暗闇になじむこの体は、着々と人ならざる者に向けて変質している。昨日から続く発熱はその最終工程だろうと沙穂は認識していた。
それほど時間をかからずに、沙穂はデスメアードになる。人間ではなくなる。そしてそれは同時にみんなの記憶から、沙穂の存在が消し去られてしまうことも意味していた。
両親とは今朝、電話で話をした。嘘を織り交ぜた近況報告をし、年末には帰ると言って通話を切った。家を引き払うことや、大学を辞めることはしなかった。自分がこの世から弾かれた後、それらがどのような形で残るのか興味があったからだ。その中にはごく単純に、自分が存在していた証を何か一つでも残したい、という思いもあった。
「かっくん、入り口の辺りに紙袋があるんだけど……分かる?」
「紙袋?」
角平は沙穂に背を向け、ドア付近で身を屈める。程なくして、「あった!」と声があがった。こちらに体を向けた彼の手には、白い紙袋が握られている。沙穂は頬を緩ませた。
「メリークリスマス。今年のプレゼント。開けてもいいよ」
「……ああ」
袋の中に手を入れ、角平はクリスマス用の包装紙にくるまれた、四角い箱を取り出した。
「……何で驚いてるの? 今年はあげないって思ってた?」
「いや、まさかこのタイミングで渡されるとは思ってなかったから……ありがとう。開けていい?」
「うん。喜んでくれると、良いんだけど」
角平は沙穂の側に椅子を引き寄せると、そこに腰を下ろした。箱を裏返し、テープを爪の先で丁寧に剥がしていく。包装紙を破くことなく几帳面に外していく姿は、実に彼らしい。華やかな包装紙を全て取り去ってしまうと、その下からは無表情な白い箱が現れた。蓋を開け、中身を確認する角平の表情に、やがて驚きが広がっていく。
「これ……」
「うん。テニスシューズ。この前穴開いちゃったって、言ってたから」
箱の中から、角平は靴を取り出した。黒地に赤い模様が入ったもので、角平が現在使用しているものと似通ったデザインだった。
「……ありがとう、すげぇ嬉しい。すごい好みの柄だよ、これ!」
靴をあらゆる角度から眺め回す角平の顔は、無邪気な歓喜に溢れている。彼のそんな様子を見ていると、何だか見ている方もたまらなく温かい気持ちになるのだった。
「あぁ……ちょっと待ってて!」
角平は靴を足元に置いて立ち上がると、慌てて部屋から飛び出していった。一人ぼっちになった部屋で、沙穂は壁に掛かった時計に目をやる。
午後四時過ぎ。時間はもう、あまりない。だが熱のせいであらゆる感情や感覚が麻痺しているせいか、焦りも恐怖も沙穂の中にはなかった。
長い針が一周しかけたところで、角平は戻ってきた。後ろ手に何かを隠している。沙穂の前に座り込むと、腕を前に出した。
「寝込んでいるからいつ渡そうと思ってたら、先越されたよ。メリークリスマス。俺からの、プレゼント」
彼が照れくさそうに差し出してきたのは、レザーのネックレスケースだった。両手に収まるくらいのサイズで、表面にはブランドの名前が記されている。角平は沙穂の目の前で蓋を開けた。中から現れたのは、金色に輝く女性物のネックレスだった。
「……綺麗」
沙穂は本心から感想を漏らした。角平は頬を掻きながら、照れくさそうに目を逸らす。
「一応、沙穂ちゃんが好きそうなのを選んだんだけど……あの、その、どうかな……?」
リングの中にハートがあしらわれた飾りのそれは、沙穂の心を強く惹きつけた。ハートの中心にある宝石はサファイアだろうか。気付けば沙穂は、ケースに入ったままのそれを陶然と見つめていた。
「ありがとう。本当に嬉しい……ねぇ、つけてもいい?」
「いいけど……今?」
「うん。せっかくもらったし。付けないでいるの、勿体ない気がするから」
沙穂は気怠い体を起こすと、角平からケースを受け取り、中身を取り出した。その美しい輝きを目で堪能してから、首の後ろに腕を回し、髪の毛を掻き分けながらネックレスの留め具をつけた。チェーンの重く、少しひんやりとした感触が首に触れる。胸元で揺れる飾りを手ですくって眺めてみる。そうしていると、自然と顔がにやけた。
「えへへ。どう? 似合うかな……?」
「うん。いいよ。すっげぇいい。これにして良かった」
なぜか彼は頬を少し赤らめながら、興奮気味に捲し立てる。そのあまりにも彼らしい姿に、沙穂は軽く噴きだしてしまった。
「私もそう思う。これ、しばらく付けてよっかな。なくさないように。そういえば去年あげたプレゼント、かっくんなくしたよね。手袋のかたっぽ」
冗談っぽく目を細めると、角平はばつが悪そうに頬を掻いた。
「嫌なこと思い出すなぁ。あれは本当に悪かったって。マフラーの方は今でも大事に、そりゃもう大切に使ってるし。もう、許してくれよ! すみませんでした!」
「いいって。冗談だよ、冗談。まったく……かっくんは真面目なんだから」
深々と頭まで下げ始めた角平が何だか滑稽で、沙穂は笑ってしまう。
だがその時、角平の輪郭が陽炎のように揺らいだ。沙穂はネックレスケースの蓋を閉じ、目を瞑る。沈みこむようにしてベッドに横たわり「喜んだら、急に疲れちゃった」と言い訳し、枕に頭を埋める。暗闇に心を預けると、様々な感情が浮かび上がってきた。
「かっくん。私ね、かっくんと一緒にいられて、すっごく楽しかったよ。一緒に海行ったり、初詣行ったり……すごく、大切な思い出ばっかり」
角平と過ごした時間が、彼と一緒に見た景色が、頭の中に浮かんでは消えていく。人であった頃の記憶が、胸の中でいっぱいになって弾ける。
「なに、これで最期みたいなこと言ってんだよ。大袈裟だよ。今年も行こうよ、初詣。今度こそ、俺が大吉引くんだから」
暗闇の中に、角平の声が沁み渡る。デスメアードになってしまえば、角平はきっと沙穂のことを忘れてしまうだろう。それは寂しいけれど、仕方のないことだ。だからこそ、今、彼といるこの時間をしっかりと抱きしめておきたい。沙穂のいた証を少しでも長く、彼の中に閉じ込めておきたい。まだ人間としての心も肉体も残っている、今のうちに。
「かっくん……手、握って」
角平がたじろぐ。目を開けずとも、その気配がありありと伝わってくる。やがて右手を温もりが包んだ。指にできた豆の固さを感じる。それは間違いなく、角平の手だ。沙穂はその愛しい感触を握り返す。
「やっぱり、熱いな」
「うん。熱、あるから……」
彼の手が頬に触れる。自分が熱をもっているためか、今度は角平の手が少しだけ冷たく感じた。重いまぶたをこじ開けるように、うっすらと目を開く。
「まだ、結構ありそうだな。夜まで、もう一眠りした方がいいよ。夕飯なにがいい? なんでも作るよ」
「ありがとう。かっくんは、優しいね。お別れ、したくなかったな」
「何でお別れするんだよ。しねぇよ。大袈裟だって言ってるじゃん。わけのわからないこと言ってないで寝ろよ。今夜はずっと……側にいてやるから」
角平の優しさが、心に沁みる。こんな優しい人を裏切ろうとしている自分が、憎くてたまらない。
「うん……ありがとう」
だが、湧き起こる感情を止めることはできなかった。自分勝手であることは承知しながらも、今のうちに、もっともっと、彼の体を感じて、彼とたくさん話をして、彼のことを心に繋ぎ止めておきたかった。それなのに眠気が邪魔をする。気を抜けば、今にも意識が飛んでしまいそうだった。だけど、それでも、この胸にひしめく想いをあますことなく伝えておきたい。全てが、手遅れになってしまう前に。
「かっくん」
「うん?」
「好きだよ。かっくんのこと、大好き。会えてよかった。本当だよ」
角平は顔を上気させて、照れる。顔を上げ、沙穂の手をとって握りしめた。
「ああ。俺も、同じ気持ちだよ」
角平の瞳の中に自分の姿を見つけ、沙穂はたまらなく嬉しくなる。自分のことを忘れて欲しくない。忘れないで欲しい。溢れ出した思いは行き場を失い、体内で荒れ狂う。縋るように、求めるように、沙穂は角平を見つめ、彼の手を精一杯、握り返す。
「良かった……ねぇ、かっくん。自分の夢、見つけてね。私ずっと応援してる、から……」
温かいものが、頬を滑り落ちる。そして沙穂の視界は何の知らせもなく、いきなり黒く塗りつぶされた。沙穂ちゃん、と角平が呼んでいる。だがその声も暗闇の中に吸い込まれてしまうと、やがて何も聞こえなくなった。
3
東から上った太陽が、西に沈んでいく。それを止めることは誰にもできない。
そして町は今日もまた、午後六時を迎えた。
町は夜に閉ざされていく。そして至るところで一つ、また一つとイルミネーションが点灯する。それは闇を彩る花だった。空虚な町に添えられた、喜びの光だった。
だが、光に希望を見出す者もいれば、絶望に打ちひしがれる者もいる。
駅前に作られた光のアーチの中を、カップルが幸せそうに歩いている。腕を組み、頬を寄せ合うようにして歩くそんな二人に、突然デスメアードが襲い掛かった。
その外見をあえて説明するのであれば、小学生が学芸会のために、紙と布を貼り合わせて作ったトナカイ、と表現するのがおそらく一番しっくりとくる。トナカイは一般的には四本足で移動するものとして知られているが、なぜかこの怪人は後ろ足だけで立って歩き、しかも剥き出しになった腹には、人間のような顔があった。
メリークリスマス! と叫びながら、憎しみをこめてカップルにイチジクをぶつけるそのデスメアードの名は、トナカイモドキ・メアード。化け物は脅える男女を追い掛け回し、いかにも満足そうな高笑いをあげる。
だがこの町で、人間に害を与える怪人には、必ず死の鉄槌が下される。トナカイモドキも例外ではなく、数分後、メアード空間を引き連れてやって来たライバルによって、その角はいとも容易くへし折られた。
「バルバルー!」
数分における攻防の末、全身を輝かせたライバルの一撃によって、トナカイモドキは塵となる。世界を閉じたライバルは、そびえ立つ巨大なクリスマスツリーを見上げると、上機嫌に鼻歌を口ずさみながらその場を立ち去った。
「バッバルバッバー、ラバルバッバッー!」
ライバルはビル群を抜けて細い路地に入り、住宅街の方に向かっていく。辺りにはキャベツ畑と、何も植わっていない灰色の田んぼが広がっている。駅前のいかにもクリスマス然とした煌びやかさと比較してしまうと、どことなく寂寥感の漂う景色だ。
彼がスキップをする度、その腰からぶら下がった鈴が、ちりんちりんと澄んだ音を鳴らす。そうしながら夜の小道を進んでいく。彼は片手に茶色い紙袋を提げていた。袋自体は洋服店のものだが、中には服ではなく、ケースにしまわれたDVDが複数枚入っている。
ライバルのすぐ脇を、自転車に乗った高校生が通り過ぎていく。異形の怪物であるはずの彼の方を振り返ることもしない。その姿を目にした瞬間は驚くものの、横を通過する頃には、そこに怪人が歩いていた事実でさえも忘れてしまう。それがデスメアードと他の生物との関係だった。デスメアードの存在を人は認識できず、彼らと関わった記憶を全て自然の内に忘却してしまう。
「その袋の中身……もしかして、ジェットピーコンのDVDじゃない?」
しかしごく稀に、彼らに関する記憶を忘れることなく、持ち帰ることのできる人間がいる。公園を囲む手すりに腰を下ろし、ライバルに声を掛けた鳥川美鈴もその一人だった。
数メートル前方に現れた美鈴を目にし、ライバルは足を止める。美鈴は満面の笑みを浮かべると手すりから下り、ハイヒールの踵を鳴らしながら彼に近づいていく。
「いいわよねぇ、ジェットピーコン。私、二十三話が好きよ。宝石怪人グリーンサファイヤのデザインは神がかってるよね。あの話は脚本と日立監督の演出がとってもマッチしてて、切ないながらも、心を熱くさせてくれるの。そして何よりも……ピーコンのライバル、ジェットペッカー初登場話でもあるしね」
「バルバル?」
ライバルはきょとんとした表情を浮かべ、美鈴を見つめている。彼女はライバルの前まで来ると足を止めた。
「こんばんは、ライバル・メアード。驚いたよ。まさかあなたが……陸君の生まれ変わりだったなんて」
笑みを絶やさぬまま、しかし美鈴の語調は鋭く、目の前のものを射抜くかのようだった。彼女はライバルの全身を眺めた後で、腰で揺れている交通安全のお守りに視線を留める。
「その姿、そのお守り……もっと早く気付くべきだった。いや、多分、気付いてたんだね。だけど怖かった。陸君が……陸君の夢がデスメアードになって、他のデスメアードを殺しているなんて。認めたくなかった」
「ラバル……」
「だけどこれで納得がいった。なんで沙穂ちゃんが、そこまであなたに執着するのか。沙穂ちゃんは多分、弟の姿を、あなたに重ねていたのね」
わずか二メートル弱の距離。美鈴は足を止め、小柄なライバルを見下ろした。口元は緩めながらも、その目から笑みが消失する。それに気づいてかライバルは身を震わせ、半歩後ずさった。彼女は唇の隙間から吐息を漏らすと、懐かしむように目を眇める。そして腰を屈めたかと思うと腕を伸ばし、ライバルをそのまま強く抱き寄せた。
戸惑うライバルを、美鈴は胸に押し付ける。それから彼の耳元に口を寄せて囁いた。
「あなたの気持ちは……痛いほど分かる。沙穂ちゃん、とっても優しい子だから。あなたが縋るのも、無理はないと思う。一人ぼっちだもんね。この町に取り残されて」
「バルル……」
「突然、命を奪われて、いきなり居場所をなくして、とっても痛くて、寂しい思いをしたでしょう? あなたの境遇を思うだけで、私は胸を締め付けられる。凄く許せないし、悲しい気持ちになる」
美鈴の表情は、声音は、その言葉通り、涙を堪えているかのようだった。鼻を啜り、ライバルから体を離すと、彼の肩に手を置いて、間近から深紅の双眸を見つめ返す。僅かに潤んだ彼女の瞳は、言葉よりも先に切実な思いを訴えているようだった。
「……でもね。あなたはもう、死んでるの。だけど沙穂ちゃんには未来がある。将来がある。だから、それを邪魔しないで。沙穂ちゃんのことを本当に大切に思っているなら、あの子の前から消えて欲しい。お願いだから……あの子の未来を奪わないで」
ライバルの目に困惑の色が宿る。「バル」と呟く声はか細く、まるで親を見失った迷子のようだった。美鈴はため息を漏らしながら立ち上がる。目元を指で拭い、そしてわざとらしく思えるほど、はっきりと相好を崩した。
「……いきなりごめんね、びっくりさせちゃって。でも、私はあなたの敵になってでも、沙穂ちゃんを救ってみせる。もう手がかりを見つけたの。もう少しで……私は」
美鈴が話を終えるよりも先に、ライバルは突然、空を見上げた。異変を察し、美鈴もまた彼の目線の先を追って頭上を仰ぐ。
「……バルッ! バルバル!」
「あ、ちょっと……」
ライバルは美鈴に何かを告げると、彼女の横を抜けて走り去ってしまった。美鈴は首を傾げ、夜に紛れていく戦士の黒い背中を見つめる。だがやがて何かに感づいたようで、その目は徐々に見開かれていった。
「まさか、あの方向って……」
4
「なんだよ、これ……!」
角平は愕然とした様子で、周囲を見渡す。キッチンで夕飯の準備を終え、眠ってしまった沙穂の様子を見るために部屋に戻ってきた、そんな矢先の出来事だった。
つい先ほどまで沙穂の寝室であったはずの室内が、今や現実から大きくかけ離れた異空間へと変貌を遂げている。
天井も、壁も、床も、時計も、テーブルも、何もかもが消え去っている。彼の頭上には油絵具で描いたかのような群青色の空が広がっている。
四方は背の高い緑色のフェンスによって正方形に仕切られており、フェンスの向こう側には地平線が見えるにも関わらず、世界は五十メートル平方のスペースに限られている。そして狭い空間の約半分を、地面から生えた白い植物じみたものが占拠し、風になびく稲穂のように揺れていた。そこには何の音もなく、何の臭いもしない。ただ迷い込んだ者の肌を粟立たせるような戦慄だけが、風に混じっている。
「沙穂ちゃん……!」
そして彼は見つける。このアンバランスに塗り固められた世界の中心で、呆然と立ち尽くす想い人の姿を。彼女と角平の間には無数の白い植物が揺れている。角平は恋人に近づこうと足を踏み出しかけ、そして悲鳴をあげた。
彼は知ってしまったのだろう。目の前で揺れていたものの正体に。それは植物などではなく――無数の青白い、人間の手だった。
「なんだよ……何なんだよ、ここは!」
血の気のない腕たちは手招きをするかのように、一定のリズムで前後運動を繰り返している。角平はその非現実的な光景から逃れるように視線を仰ぎ、その先でさらなる異常に出会う。群青色の空の一部に、突如細い裂け目が生まれた。裂け目は少しずつその大きさを広げていく。その内側から何かが現れた。角平は息を呑む。
それは、あまりにも巨大な赤ん坊だった。
五メートルはくだらないであろう大きな赤ん坊の顔が、黒目がちな瞳で角平の立つ世界を覗いている。その表情には笑みも嘆きもない。無表情のまま声一つ漏らさず、しかし下界にいる者の一挙一動さえ見逃さないという気迫さえ漂わせて、地上を見下ろしていた。
「なんだよあれ……ここは一体なんなんだよ!」
狼狽する角平の声に反応して、沙穂はゆっくりと顔を上げる。
そして、角平は絶句した。
沙穂の左目は、鮮やかな金に染まっていた。さらに目の周囲には放射線状に大きな亀裂が入り、その傷に沿って白い光が滲んでいる。
「沙穂、ちゃん……?」
沙穂の変わり果てた姿に、角平は前後不覚に陥っているようだ。発する声は今にも泣きだしそうに震え、ひび割れ、覚束ない。沙穂は角平の質問には何一つ答えることなく、ただ微笑んだ。それはこの世界と同じくらい不安定な笑顔だった。
ぎしり、とフェンスが軋むような音をあげる。それは何もかもが不自然なこの世界に初めて生まれた、角平の声以外の音だった。
次の瞬間には、ボーラーハットを被った少年が、沙穂の隣に立っていた。
長身痩躯。すらりとした手足に小さな顔。切れ長の目と、高い鼻。汚れ一つない肌。薄茶色のピーコートを羽織っている。
「お迎えにあがりましたよ、プリンセス」
ハットを片手で押さえ、唇をほころばせながら、蛇渕豆太郎は恭しく沙穂に頭を下げる。沙穂は彼の方に顔を向けると、少しだけ目を丸くした。
「蛇渕さん……」
「いやぁ、まさかメアード空間まで生み出せるようになっていたとは、驚きだよ。ここが沙穂ちゃんの中なんだね。気に入ったよ。まったくもって、美しい世界だ」
「ここが、私の……?」
沙穂は辺りを見渡す。青白い手を、裂け目から覗く赤ん坊を、見る。その仕草にはどこか、こうなることが分かっていたかのような落ち着きがあった。
「沙穂ちゃん、俺と一緒に来てくれるよね? 最後の儀式をするんだ。そうすれば君の夢は、永遠のものとなる。今日を境に、新しい沙穂ちゃんが生まれるんだ。」
蛇渕は沙穂の手をとり、握りしめた。沙穂は彼を見上げながらわずかに戸惑いを浮かべ、おずおずと頷く。蛇渕は彼女の髪を撫でながら自分に引き寄せると、その頬にキスをした。
「お前っ……なんだよ! 沙穂ちゃんをどうするつもりなんだよ!」
一体いつ、どこから現れたのかさえ判然としない少年を前に、面喰っていた角平だったが、彼が沙穂に触れたのをきっかけに血相を変えた。
蛇渕は、たった今、その存在に初めて気付いたとばかりに角平を見やり、一転して冷徹な表情を覗かせた。
「……まったく、聖なる夜に似つかわしくない奴がいるな」
彼の右手に装着された銀の腕輪が、眩い光を放つ。すると蛇渕の体から放たれた褐色の瘴気が、実体をもって角平に襲い掛かった。あまりの唐突さに、角平は成す術なく棒立ちになる。彩色された大気が震える度、大地が砕け、青白い手が地面からもぎとられていく。
一方で、角平の背後に忍び寄る小柄な影があった。影は地を跳ね、角平に飛び掛かる。直後、褐色の大気に呑みこまれかけた少年の体は、彼自身の体内より溢れ出た黒い閃光によって染めあげられた。
弾かれ、散り散りになった瘴気が空に溶けていく。晴れていく光の中から現れたのは、角平ではなく、ブレザー風のバトルスーツを纏った戦士だった。
『まったく……人が寝ている間に一体何が起きたというのだ! 敵襲か! 少年、小娘! 状況を説明しろ!』
ヘルブレイダー・メアードと角平が融合することで生まれる戦士、ヘルドリマー。その顔に描かれた狼のエンブレムが動き、ブレザーの声を発する。 ヘルドリマーは、自分の身に何が起きたのか分からないという風な素振りで、自分の手を見つめている。しかしやがて自分に戦う力が授けられたことを察したのか、拳を握り、沙穂に走り寄った。
「沙穂ちゃん!」
ヘルドリマーは、先ほどの瘴気から逃れた腕たちを蹴り飛ばしながら、突き進む。しかしその手が沙穂に届くことはなかった。蛇渕は無駄のない動きで戦士の脇腹に拳を埋め、さらに回し蹴りで横っ面を捉えた。苦痛を漏らし、地面に膝をついたヘルドリマーに、土の空想者である少年は蔑んだ視線を向ける。
「お前こそ、なんだよ? 俺の沙穂に触るなよ」
ヘルドリマーは虚を衝かれたように顔を上げ、呼吸を震わせて蛇渕を見つめた。
「俺……の……?」
「ああ。沙穂ちゃんが、自分で選んだのさ。お前なんかよりも、俺と一緒にいたいってね。ね、沙穂ちゃん?」
角平が見上げる前で沙穂は唇を噛み、躊躇うような時間を空けた後でゆっくりと頷いた。
「……ごめんね、かっくん。でも私、蛇渕さんと行かなきゃ。自分勝手だよね。でももう、後戻りはできないの。だから……さよなら」
「そんな……」
沙穂は歪にひび割れた自分の頬を、指先でなぞるようにする。ヘルドリマーは拳を軋ませると、ゆるゆるとかぶりを振りながら慟哭した。
「嘘だ……そんなの、嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
自分の耳にしたことが信じられず、ヘルドリマーは弾かれるように立ち上がり、いきなり蛇渕に殴りかかった。ハッとした表情を浮かべ、前に出ようとする沙穂を、蛇渕は腕を横に出して制する。蛇渕は沙穂を一瞥し、唇の片端を上げると、左の掌で腕輪の宝石を包み込んだ。
「みっともないよ、男の嫉妬は」
蛇渕はヘルドリマーの拳を片手でいなしながら、右腕を下に向けた。すると地響きとともに、彼の影がまるで荒れた海のように激しく震え、中から鎧一式が飛び出してきた。
栗色をしたその鎧は、まるでそれ自体が意思を持つかのように、次々と蛇渕に飛びつき、彼の体を覆っていく。頭部に王冠の付いた兜が被さり、顔に乳白色のフェイスガートが敷かれた。さらに背中に背丈ほどもある大剣が装着されると、鎧の戦士――デスメロードは顕現を果たした。
『何だこの凄まじいオーラは。こいつ、本物の化け物か……!』
ヘルドリマーの顔のエンブレムが動き、ブレザーの声が目の前に現れた戦士を評する。デスメロードは王冠を手で押さえると、含み笑いを漏らした。
「困ったね。あんまり手荒なことはしたくないんだけど。沙穂ちゃんの悲しむ顔は見たくないしね」
「くっ……!」
ヘルドリマーは敵から滲み出る自信に気圧されながらも、胸に手を当て、真紅の長剣『タイブレード』を召喚する。さらに柄を引き、刃に業火を纏わせた。黒衣の戦士は燃えさかる剣を大きく横に薙ぐ。
「フレイム・タイブレイク!」
それはヘルドリマーにとって、正真正銘渾身の一撃のはずだった。
だが、気迫とともに振り下ろされた斬撃は、栗色の鎧に些細な傷さえ与えられなかった。
「やれやれ。立ち向かうつもりなら覚悟しろよ。俺の強さは、グラっとくるぜ?」
デスメアードは手をかざす。それだけでヘルドリマーの胸元に、火の華が咲いた。耳を劈くような音が響き渡り、黒衣の戦士は数メートル後方に吹き飛ばされる。
「ぐっ、うぅ……くそおおっ!」
自分の身に何が起きたのかさえ分からないであろう、ヘルドリマーは歯を軋ませ、激しく咳込みながらも、地面を叩いて起き上がる。その体が鮮やかな茶色と金に塗り替わった。自らの属性を土に変換し、龍脈のフォーメーションへと変化を遂げたのだ。
よろめきながらもタイブレードの柄を引き、両手で握りしめると、剣先を地面に突き立てる。ヘルドリマーを中心として衝撃波が地を走り、デスメロードに迫る。
「おいおい。お前、俺を誰だと思ってる?」
デスメロードは肩を竦めると、右足を上げ、たった一度だけ、力強く地面を踏みつけた。たったそれだけで、ヘルドリマーが放ったのと同サイズの衝撃波が発生する。相克する二つの波濤は震動と轟音を振り撒いて、互いに消滅してしまった。
「さてと……今度はこっちの番かな」
デスメロードの背中から大剣が外れ、誰の手も介することなく宙に浮きあがった。くるりと半回転し、剣先をヘルドリマーに向ける。
そこからは本当に一瞬の出来事だった。おそらく沙穂の目からは、ヘルドリマー目がけ、空中から光線が撃たれたように見えたに違いない。それほどの速度で剣は放たれ、次の瞬間にはすでにデスメロードの背に大剣は戻り、地面には強制的に融合を解かれた角平とブレザーが横たわっていた。
ふぅ、ふぅ、と地に頬を付けたまま、荒々しく呼吸をする角平には、外傷すらほとんど見られないものの、立ち上がる力さえないようだ。彼の頬には涙が伝っている。零れ落ちた涙は地を濡らして、影のような染みをじわりじわりと広げていった。
ブレザーもまた無残な有様だった。あちこちが破け、袖など千切れてしまっている。
「かっくん……子犬ちゃん……」
沙穂は口を両手で押さえ、その凄惨な光景を前に、瞳と声を震わせる。そんな彼女の肩をデスメロードは掴み、強引に抱き寄せた。
「これで諦めがついたかな? 沙穂ちゃんの気持ちはもう、お前には向いてないんだ。だって沙穂ちゃんは、俺を選んだんだから」
角平は光のない目で、デスメロードと沙穂を一瞬だけ見たが、すぐに俯いてしまった。デスメロードは彼のそんな様子に、満足そうに頷き、それから指を鳴らした。怪人の王の前に、人二人分入るのがやっとくらいの小さな穴が、空間を切り取るようにして生まれる。
「じゃあ、行こうか」
デスメロードは沙穂の肩を抱いたまま、穴に向かって足を踏み出す。沙穂は色違いの瞳を角平から逸らし、顔を伏せたまま天の空想者の歩みに従う。その手はネックレスの飾りを大事そうに握りしめていた。
「バルバルッ!」
その時、空の果てに光が生まれ、その中心より現れた二つの影が、角平のすぐ脇あたりに降り立った。ライバルと鳥川美鈴だ。何の前置きもなく、ライバルはいきなりデスメロードに殴りかかった。デスメロードは即座に反応し、その拳を足で振り払う。
「ライバル……それに、先生まで……」
沙穂は突然の乱入者に、目を丸くする。ライバルは空中を一回転し、美鈴の隣に着地した。そして頭上を仰ぎ、顔色を失う。空の亀裂から覗く赤ん坊の真ん丸な瞳を目の当たりにし、ライバルは驚いたように口元を両手で覆った。
「おお。美鈴ちゃんじゃないか、久しぶりだねぇ。こんなところで会うなんて、奇遇だ」
動揺を露わにするライバルをよそに、美鈴は鎧騎士を睨みつけた。
「……ねぇ、蛇渕君。あなた何やってるのかしら。沙穂ちゃんをどこに連れていくつもり?」
「どこって……そんなの決まってるじゃないか。今日が空想者にとってどんな日なのか……分からないはずないよね?」
にやり、と唇の両端を吊り上げるようにして、蛇渕は笑む。美鈴は険しい表情を浮かべたまま、思考を巡らすような間を空け、やがて何かを察したように「まさか……」と上擦った声をあげた。
「じゃあ、そういうことで。また向こうで会おうよ。俺の晴れ舞台、美鈴ちゃんにも見て欲しいからさ」
軽やかな笑いを残し、デスメロードは沙穂を連れて穴の中に消えていく。
「ラバイバルッ!」
赤ん坊の呪縛からようやく解き放たれたらしいライバルは、足元に横たわるブレザーを素早く拾い上げ、地面を蹴った。穴は二人が通過した先から徐々に縮こまっていく。しかしライバルは体を滑り込ませるようにして、小さな穴の中に飛び込んでいった。
「デスメアード・ファイル」
ラバーズ・メアード
属性:火
AP3 DP3
身長:208cm 体重:260kg
【基本スペック】
領域(Lv2。メアード結界を張り、外部からの侵入を防ぐ)
頑丈(土属性のデスメアードから受けるダメージを軽減する。また肉弾攻撃にも強くなる)
呪詛(死んでも相手に与えた特殊能力の効果は継続される)
【特殊能力】
泡に当たった対象を、小さな蟹に変える。自分を蟹に変えることもできる。
【DATE】
アクアリウムで使われていた石の成れの果て。
生前、ある蟹に恋をし「自分が蟹であれば想いを伝えられたのに……」という想いを抱きながら死んでいった。。
その願いが叶いデスメアードとなって蘇ったまでは良かったが、その時にはすでに想い蟹は死んでおり、苦悩の末、「好きになった相手を蟹にすればいい」という結論に至る。
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トナカイモドキ・メアード
属性:天
AP2 DP2
身長:196cm 体重:50kg
【基本スペック】
領域(Lv2。メアード結界を張り、外部からの侵入を防ぐ)
衝撃(クリティカル率1.5倍補正)
魅了(対象:動物好き。対象に含まれる相手は、このデスメアードに攻撃できないことがある)
【特殊能力】
イチジクを生成し、相手にぶつける。カップルには威力3倍
【DATE】
クリスマスツリーのてっぺんに飾られていた、星の成れの果て。子ども好きである一方、カップルとんでもなく憎んでいる。クリスマスにイチャイチャする男女を蹴散らすため、彼は蘇ったのだ。
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エナジーヒーロー・メアード
属性:天
AP5 DP3
身長:177cm 体重:85kg
【基本スペック】
領域(Lv4。メアード超空間を展開する)
防水(水属性のデスメアードから受けるダメージを軽減する。また水圧による影響を受けない)
破棄(メアードを殺すことができる)
【特殊能力】
身体能力の強化。
【DATE】
ヒーロー・メアードがヴェジター・メアードとビタミン合体をした姿。
両手がグローブで塞がれているため武器を使用することはできないが、それを補う協力なパワーをもつ。




