おまけ4
ライバルがヒーローによって倒されたのと同時刻――国道近くの公園内を、あるデスメアードが歩き回っていた。
カエル型怪人、とも呼ぶべき姿をした、そのデスメアードは園内に転がった空き缶やちり紙を次々と拾い上げ、大きな口の中に放り込んでいく。まるで動く屑箱だ。
そして夜のしじまに息を潜め、デスメアードを茂みから観察するある女性の姿があった。
「ううん……どう? 今回も外れ? そっかぁ」
女性は顎に手をやり、嘆息する。涼しげな眼差しと艶っぽい口調も手伝い、その仕草からは匂い立つ色香を感じる。目元に零れた涙ぼくろも、彼女の艶やかさを助長しているようだ。ベージュ色のワンピースにストールを羽織った、私服姿の鳥川美鈴は、首元まで伸ばした髪を撫でつけながらカエル型怪人を視線だけで追った。左手首には、血のように赤い宝石のはめこまれた、銀色の腕輪が光っている。それは彼女がデスメアードを生みだす者、空想者であることの証だった。
「……ん」
美鈴は自分に近づいてくる気配を察し、顔を右に向けた。紫色のロングコートを纏い、魔法使いのような三角帽子を被った怪人が、等間隔に並んだ外灯の光に照らされながら歩いてくる。美鈴は魅惑的な笑みを浮かべた。
「あら、オニクニックマン。ごきげんよう。どう、調子は?」
「だから俺は……まぁ、いい。このやり取りも飽きた。好きなだけ好きな呼び方をすればいい」
「あら、分かってきたじゃない。それでどう、見つかった? 『解呪』の力をもった、デスメアード」
美鈴の問いにロングコートを着たデスメアードはかぶりを振る。メアードバーのバーテンダーを務めるこの怪人は、皆からマスターと呼ばれ、親しまれていた。中には美鈴のようによく分からないあだ名を付ける輩もいるが、それは例外中の例外だ。
「客から話を聞いたりしているが、今のところ当たらないな――それで、何だそいつは」
マスターが怪訝な表情を浮かべたのは、美鈴の隣に怪人の姿を見つけたからだった。
まるでサイのような薄くひび割れ、頑強そうな皮膚を持つデスメアードだ。腕はなく、肩からは巨大な機械に繋がったコード類のように、青い触手が大量に垂れ下がっている。顔には鼻も口も見当たらず、代わりにそのほとんどのスペースを目が占めていた。左目と比べて右目がばかに大きく、さらに血走っている。
さらに特筆すべきは下半身にあった。何とそのデスメアードの腰から下は、大きな宝箱の中に入っているのだった。言い換えれば、箱の中から上半身だけが飛び出し、まるで開けて間もないビックリ箱のような風貌だった。
「……オルフェイサー・メアード。身長は百七十六センチ。体重八十キロ。五百メートル先で落ちた針の音さえ聞き分け、超音波を使って周囲の情報を読み取るのが得意。触手状の両手を硬質化して、敵を貫くのを得意とする。また口からは百二十度の炎を吐く。下半身の宝箱は異次元に通じており、非常時には箱の中に全身をしまい、蓋を閉めることで核爆発にも耐えることができる。性格は寡黙で冷静。察知能力は、近くにいるメアードの気配を捉えられる程度。まぁ、範囲は半径百メートルってところかな。属性はもちろん火。特殊能力は、音楽を鳴らすことで相手の気分を掌握するウルトラビート!」
まるで書かれていることを読み上げるように、美鈴はマスターを見つめたまま、一息にそらんじた。鼻の穴を膨らませ、頬を上気させた表情はどこか自慢げだ。マスターは帽子のつばを引くと、重々しくため息を零した。
「あ、ちなみに名前はね、ギリシア神話の神様でオルフェウスっていうのがいるんだけど、それに、液状戦士デッパドルフィン第三十話に出てきた怪人、フェイサーマグナムを組み合わせたの。どう? かっこいいでしょ?」
「そんな裏設定、死ぬほどどうでもいいわ。俺が訊きたいのはその神様もどきが、なぜここにいるかだ」
「あ、そういうこと。えっとね、昨日作ったの。他のデスメアードの基本スペックを覗くことができる、『解析』の力をもったデスメアードでね。偶然だったけど、良いメアドリンが作れて良かった」
デスメアードは漏れることなく全員が、特殊能力以外に、基本スペックと称される特性を三つ備えている。そのうちの一つは共通能力として、メアード空間やメアード結界を生み出す『領域』であるが、後の二つはそれぞれで異なる。空を飛ぶことができる『飛行』や、相手のパラメーターを覗き見ることができる『解析』、他にも自身の攻撃力を上げたり、敵の攻撃を軽減したりと、その力は多岐に渡る。
デスメアードの根源である夢の塵が抱く夢を由来とし、発現するのが特殊能力ならば、塵をデスメアードたらしめている薬品、メアドリンに根拠を置いているのが基本スペックだ。すなわち、基本スペックとデスメアードの抱く夢とは全く関連性がなく、その選定は空想者に委ねられている。そうはいっても、どのような能力なのかということ自体は空想者にも選ぶことはできず、できるのは決められた基本スペックを、どのデスメアードに割り振るのか、という部分に限られていた。
そして美鈴が今、血眼になって探しているのが、『解呪』の基本スペックをもつデスメアードだった。文字通り、呪いを解く力だ。かつて存在したことは他の空想者の話から確かなのだが、現存しているのかは不明らしい。デスメアードは今や無数に存在する。これまでに作り出したメアドリンの詳細を、いちいち記憶していないというのが実際のところだった。
美鈴のように、自分が生んだデスメアードの情報を大学ノートに纏め、夜な夜な読み返しては胸をときめかせている空想者の方が希少、というわけだ。
オルフェイサー・メアードはマスターに軽く頭を下げると、すぐに視線を前方に戻した。血の滲んだ眼の先では、いまだカエル型怪人がゴミ拾いをしている。
「なるほどな……それで、あそこでゴミ拾ってる奴は外れか?」
「そういうことになるね」
「それは残念。だがまさか、そんなことを始めていたとはな。なんだ、昼間のうちにメアドリンを一つ一つ調べるのは止めたのか」
「いや、そっちも並行してやってるよ。ただあれ、すごく時間かかるし。こっちの方法なら一晩で十体は判別できるから。ただまぁ、自分の特性を隠ぺいする力を持ったのもいて、なかなか確実性には乏しいんだけど」
眉尻を下げる美鈴を、マスターは帽子の陰からじっと見つめる。その視線に、好奇の念が含まれていることに勘付いたのだろう。彼女は片方の口角だけを、訝しげに上げた。
「なぁに? 何か言いたげじゃない。言ってみなさいよ」
「お前に対して、物申したいことは山ほどあるがな。ただ、お前が自分のポリシーを捻じ曲げたことが意外でね。デスメアードに自分の正体を明かさないんじゃなかったのか?」
マスターの皮肉めいた発言に、美鈴は苦々しげに笑った。
「まぁ、そうなんだけど。ちょっと今回ばかりはそう我儘ばかり言ってられないなって」
「銀林沙穂のことが、そんなに大切なのか。教え子といっても、十年以上前なんだろう?」
「年月は関係ないの。ただ、沙穂ちゃんとは色々あったから……不安なの。呪いが、彼女の中の闇を広げてしまうんじゃないかって。あの子がデスメアードのことを覚えていられるようになったのも……忘れられないのも、きっとそれが関係してるんじゃないかって私は思う。だから一刻も早く、あの子の中から呪いを消さなくちゃ」
「そうすることで、彼女がデスメアードとの思い出を、全て失ってしまってもか?」
含みのある口調で、マスターが混ぜ返す。美鈴は先ほどから絶えず口元に浮かべていた微笑を閉ざすと、殊勝な面持ちで頷いた。
「あの子は、私とは違う。初めから、あの子が踏み入れちゃいけない闇だったの」
彼女の態度は淀みなく、もはや他者からの忠告や助言の入り込む隙すらなかった。マスターは何かを思案するように、暫し足元を見つめ、それから美鈴を見た。
「……そうか、お前の気持ちはよく分かった。俺も聞き込みを続けるとしよう」
「ありがとう、オニクニックマン。私ももう少し、オルフェイサーと町を歩いてみる。ね?」
美鈴が肩を突くと、オルフェイサーは右目をさらに見開くようにし、イエスと短く返事をする。その足元の箱が、地表から数センチ浮き上がった。
「じゃあ、またいつか。次に会う時を楽しみにしている」
にやりと牙を見せつけると、マスターはコートを翻した。美鈴も宙を滑るようにして移動するオルフェイサーと連れ立ち、マスターが歩いて行ったのと反対方向に足を踏み出す。
月のない夜の下で行われた密談を、知る者はいない。カエル型怪人は灌木をかき分け、花火を拾っては口の中に放り込んでいく。やがて目立ったゴミがなくなると、怪人は公園から出て行ってしまい、そして誰もいなくなった。
「デスメアード・ファイル」
オルフェイサー・メアード
属性:火
AP2 DP4
身長:176cm 体重:80kg
【基本スペック】
領域(Lv2。メアード結界を張り、外部からの侵入を防ぐ)
解析(相手のパラメーターを見ることができる。名前と基本スペック限定)
浮遊(宙を浮くことができる)
【特殊能力】
体から音楽を流すことで、相手の気持ちを操作できる。
【DATE】
オルゴールの成れの果て。火の空想者、鳥川美鈴が昔、祖父からプレゼントされたもので最近壊れてしまった。
人間を音楽でリラックスさせることに喜びを感じており、デスメアードになってからもそれは変わらない。
目の他、蝙蝠のように超音波を使って周囲の情報を読み取る。
寡黙な性格で基本「イエス」と「ノー」と「アイマイ」しか喋らない。




