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おまけ3

 まるで、工場のベルトコンベアによって運ばれる機械部品のように、蒸し海老の寿司が流れていく。蛸、鯵、いくら、うに、玉子。次々と現れる寿司は、さながらファッションショーのようだ。入れ替わり立ち代わり、鮮烈な衣装を纏った寿司たちが登場し、そして去っていく。

 毛むくじゃらの手が、穴子の寿司を皿ごと取る。続けざまに、甘いたれ、と書かれた白いボトルを掴む。茶色く、どろりとした液体をかけた穴子を箸で摘まみ、口の中に運ぶ。

「あら教授、いきなり穴子ですか?」

「穴子はいい。私のような庶民にも、ウナギのような食感と味を楽しませてくれる。まさに革命だな」

「教授が庶民だなんて、そんな」

 くすりと笑みを零したのは、泣きぼくろと丸顔が印象的な、三十代と思われる女性だ。彼女の前には、銀色の皿がすでに三枚積まれている。隣に座っているのは、ソフトモヒカンの中年男性だった。眉が太く、目が大きい。年の割に、夢を膨らませる子どものような顔つきをしていた。そのくせ毛深く、二の腕や胸元には密林が広がっている。

「そういえばさっき店の前でしていた電話の相手、神野君ですか?」

 目の前をレーンに載せられて流れてくる寿司を、女性は手に取る。男は二貫目の穴子を頬張り、飲みこんだ。

「あぁ。よく分かったな」

「だって教授、お声が大きいですもの。もしかして例の計画、まだ進めてるんですか?」

「君は、私の夢を知っているかい?」

 ずるり、と湯気の立つお茶を男は啜る。女性はどこか愉快げに頬を緩ませた。

「それはもう。いつも言ってますものね。この町に、うねりをもたらすことだって」

「その通り。うねりだ。うねりはね、革命なんだ。そして革命は進化を、進歩をもたらす。人も夢もデスメアードも同じだ。ずっと同じ場所にいることは許されない。進化するんだ。そのための力をみんな持っている。私がやろうとしているのは、そういう計画だ」

 店内は家族連れで賑わっている。騒がしくも穏やかで、いかにも夕食の一コマといった光景であったが、二人の周りにだけは、長閑とは縁遠い、暗い影が纏わりついているようだった。

「でも私とは相性が悪くて駄目だって断られたのに、神野君とは夢中だなんて。私、妬けちゃいます」

「まぁ、そう言うな。そもそも、火と水を混ぜようとすること自体が無理な話なんだ。だが天と水ならどうだ? 空と海。雲と雨。白と青。いかにも調和しそうじゃないか」

「言われれば、そうかもしれませんねぇ」

「しかし五対五は失敗した。六対四も同様だった。ならば今度は七対三だ。もし仮にそこからメアードが生まれれば属性は天になびく。私のメアドリンは言うなれば……そうだな、寿司のシャリのようなものだ」

 教授は鮪寿司の皿を取ると、シャリから鮪を手で摘まんで剥がし、醤油に付けて口に運んだ。女性は「シャリ……」と呆けたように呟き、箸の先で海老を突く。

「それに彼は我々の中で唯一ファンタジスタに挑戦した、破天荒な男だからね。共謀しやすいんだ。気持ちとしてね」

「あらまぁ。それじゃあ、まるで私がノリの悪い女みたいじゃないですか。私だってできる限り、教授のお役に立ちたいと思っているのに」

「それはありがたいがね。こうして回転寿司に付き合ってもらっているだけでも、君はその役目を果たしているよ。うどん食うか? 私は食べるが」

「はい。私もちょうど食べたいと思っていたところです」

 男は寿司のメニューが映し出されたモニターを操作し、うどんを注文する。女性はそんな男の指先を見つめ、うっとりと目を細めた。


 黒く荒んだ路地裏に男が立っている。

 近道を選んで細い路地に入り込んだ若者も、餌を求めてさまよう野良猫も皆、彼の姿を見るなり目を丸くし、悲鳴をあげる。だが次の瞬間には、皆一様に何も見なかったような顔をして、自分がなぜ驚いたのか分からないというような仕草で、道を抜けていく。

 男は世界から拒絶されていた。人々から忌避されていた。何よりも彼は自分自身から突き放されていた。運命も、人生も、彼とは関係のない速度で回っている。一人、また一人とレールから姿を消していく中で、彼だけが取り残される。まるで回転寿司屋で売れ残った寿司のように。

 男の顔には白い仮面が被さっていた。全体的に刺々しく、厳めしいデザインのその仮面には赤と紫で奇妙な模様が描かれている。後ろ髪は長く、ぼさぼさだ。服装は白のタキシードだ。右手には高価そうな時計、左手には白い宝石のはめこまれた腕輪を装着していた。輪の部分が男の手首と比べて極端に細いのか、肌に深く食い込んでいる。まるで腕輪もまた、男の体の一部であると主張するかのようだった。

 男は右手のトランペットを口に付け、唐突に噴き鳴らす。その音もどこか薄い膜を伴って、町に響き渡る。小一時間ほど演奏すると、男は道に屈みこみ、そこに捨てられているペットボトルを拾い上げた。潰れており、記された文字が判別不可能なほどラベルが汚れている。その口からムカデが這い出てきた。地面に落ち、意外に速いスピードで離れていくその姿を、男は一瞥した。

「可哀想だなぁ……こんなになって。みんなみんな憐れだ。可哀想だ」

 男は今にも泣きだしそうな声を仮面の内から漏らすと、ペットボトルを持ったまま腰を上げた。そして路地から立ち去っていく。奏でられるトランペットの音色が、暴風雨のように空気を荒々しく震わせた。

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