おまけ2
ドラム式の乾燥機が、大きな音をたてて回っている。張りのない、ひどく傷んだソファーに身を埋めながら、その男は部下の働きを観察する現場監督のように乾燥機を見つめていた。
年齢は四十代半ば。肌は浅黒く、腕の毛は濃い。白いものがぽつぽつと目立つ頭髪は周囲を刈り上げ、頭頂部は鶏冠のように盛っていた。年齢の割に体つきはがっしりとしている。青いチェック柄のワイシャツを着ており、ネクタイを外してボタンも上から二つ外していた。大きく開かれた襟元からは、黒々とした胸毛が覗いている。
男がいるのはコインランドリーだった。他に客の姿はなく、建物自体も随分と寂れている。タイル張りの床は傷つき、乾燥機の塗装もところどころ剥げていた。並んでいる漫画雑誌も一昔前のものだ。普段から客足が少ないことは、誰に聞かずとも明らかだった。
男は窓の外に視線を移す。雲に覆われた夜空には星も月もない。今日はずっと天気が優れなかった。空気もじめついていて、空調の整備されていないコインランドリーの中は不快な熱気に包まれている。虫や細菌がいかにも好みそうな湿度だ。男はチノパンのポケットから黒いハンカチを取り出すと、それで額を拭った。
そうしながらも、男の視線は相変わらず空に注がれている。
男の目には常人とは異なる世界が映し出されていた。
その瞳の内に広がる空は、無数の小さな光によって真っ白に埋め尽くされていた。星のようでもあるが、それらは瞬かず、まるで地上を見下ろすように堂々と佇んでいる。白く妖しい光が席巻する世界に、闇の居場所はどこにもなかった。
「なるほど。今日はまた随分と、夢が踊る夜だ」
男は呟き、相好を崩す。窓の側には錆びた傘立てが置かれていて、そこに透明のビニール傘が挿してあった。男が一週間前、来たときにもそれはあった。よく見れば骨が何本か折れ、ビニールも大分薄汚れている。おそらく誰かの忘れ物なのだろう。放置された傘から漂う哀愁は、このうらぶれた空間によく似合っていた。
乾燥機がいまにも火を吹き、バラバラになって壊れてしまいそうな駆動音を発している。放り込まれた洗濯物を、命がけで乾かしている。そんな印象さえ覚える。
男は革製のビジネスバッグの中から、分厚い手帳を取り出した。赤い付箋の貼られたページを開く。そこには二十代とみられる女性の写真が挟まっていた。商店街を歩いている姿で、おそらく隠し撮りされたものだ。男は写真を手に取ると、手帳を広げたままソファーの上に置き、肘当てに頬杖をついた。
「ぎんばやし、さほ、か……また、うねらせてくれそうな奴が現れたな」
唇をほとんど動かすことなく、男は独りごちる。表情には、遠足に胸を踊らせる子どもじみた愉悦が浮かんでいた。
片手で写真を摘んだまま、もう一方の手でバッグの中を漁り始める。やがて取り出されたその手には、銀色の腕輪が握られていた。腕輪にはめこまれた青い宝石が不気味に輝く。すると空に浮かぶ光の集団もまた、仄かに瞬くのだった。




