帰り道
ひかりが僕のクラスに転校してきたのはいいが、クラスの皆が転校生のひかりに興味津々で駆け寄っていき質問攻めにされてしまい、話すことができなかった。
質問攻めは放課後になるまで続き、ひかりは疲れた表情をしていた。
さすがに疲れた顔を見てしまったクラスメート達は、それ以上質問する事を諦めそれぞれ自分の家や、部活へと行く為次々と教室から消えていった。
疲れた表情のひかりを見て僕は、なんだか声をかける事を戸惑ってしまい静かに教室から消えていった。
今日は図書室に寄らなかっため、いつもの家に着く時間よりとても早い。
少し遠回りして帰ろうと思った。
違う道に進もうとした時、後ろから誰かが走ってくるような音がした。
その時僕は、振り返らなければいけないような使命感のようなものを感じた。
僕はそれに従いゆっくりと振り返った。
少し期待していたのかもしれない。
僕はひかりが、後ろから走って追いかけて来たものだと思っていた。
期待ばかりしている僕の心には少し、だけど確実に悲しみが溢れてきているのがわかった。
そのまましばらく振り返ったまま考え事をしていた。
犬の散歩をしている大学生くらいの女性に不審な、冷ややかな目で見られていることにハッと気づき慌てて歩き出した。
遠くに電車の止まる音が聞こえた。
今頃は帰宅する学生達で電車は溢れ返っている事だろう。
五分ほど歩くとようやく我が家が見えてきた。
遠回りし過ぎたのか、考え事をし過ぎていたのか、気づけば辺りはうす暗い。
腕に付けた腕時計はすでに七時半を指しており、いつも帰ってくる時間になっていた。
僕の住んでいるマンションは十階建てで、僕はその七階に住んでいる。
エレベーターで七階まで上がり、僕の今の家である部屋へとかった。
ドアの前で鍵を開けようとしていたら、中から電話の音が聞こえた。
慌ててドアを開け、電話に出る。
「はい、もしもし牧野です。」
電話に出ると、受話器から母親の声が聞こえた。
今日は二人とも帰れないとのこと、夕飯はテーブルの上にお金を置いといたからそれで済ましてくれとの事だった。
母親からの電話の後はいつも僕は、本当は世界中で僕一人しか存在せず他の人や友達、両親そして、ひかりさえも実は僕の思い込みで見ている存在なのではと思ってしまう。
馬鹿なことばかりを想像してしまい、悲しくなりなんだか自分が惨めに思えてしまう。
電話の前で考え込んでいると電話がまた鳴り出した。
母親が何か言い忘れたのかと思い、無視をしようと思ったがやっぱり考え直して電話に出た。
「もしもし、牧野です。」
母親じゃなかった時の対応に困る為、礼儀よく電話に出た。
「あの、藤原ですけど高志君いますか?」
ひかりの声が聞こえた瞬間に僕は、さっきまでの憂鬱とした気持ちが晴れ今度はとても嬉しい気持ちになった。
「ひかり。僕だよ。」
「高志君?良かった・・・。さっきから電話してるのに繋がらなくてちょっと不安だった。」
ひかりを不安にさせてしまったことに罪悪感を感じた。
「ごめん。」
「何で謝るの?」
その言葉は少し笑いを含んでいた。
「なんとなくかな。」
「そうなんだ。なんとなくかぁ。」
なんだか二人とも安心し、思わず笑ってしまった。
「高志君。」
不意にひかりが僕の名前を呼んだ。
「うん?どうしたの?」
「今日は嬉しかった。」
ひかりはとても嬉しそうに言った。
「そっか。僕もとても嬉しかった。」
やっとひかりに逢えて、同じクラスになれたことが心の底から嬉しかった。
「放課後すぐに帰ったんだね。忙しかった?」
「ううん。ちょっと教室に居ずらかっただけ。」
「そっか。皆に質問攻めにされて疲れたから、帰ったのに気づかなかったよ。」
ひかりの声が少し震えたのがわかった。
「ごめん。」
「ううん。声が聞けたからちょっぴり安心した。」
その後も僕達は、三十分ほどひかりの質問攻めにされていた時の愚痴や、明日の朝一緒に登校する約束などをした。
しばらくすると、ひかり方からひかりの声とは違い、ちょっと低くなった女性の声でご飯が出来たとの声が聞こえてきた。
「高志君ごめん。お母さんが呼んでるからもう切るね。」
「うん。わかった。じゃ、明日駅前で待ち合わせね。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」
それだけ言うと、電話の向こうからガチャッと音が聞こえた。
母親からの電話はいつも、憂鬱とした気分にさせるのに。
今は、とても幸せな気持ちでいっぱいだ。
幸せに浸りながら僕は、夕飯も食べずにそのままベットに横になり眠ってしまった。
次の日の朝、昨日は帰らなかった為家にはいないはずの母親の姿がリビングにあった。
「おはよう。仕事は休み?」
久しぶりに見る母の姿につい声をかけてしまった。
「おはよう。うん。今日は久しぶりに休みなの。まぁ、さっき帰ってきたんだけどね。」
朝からこんなにご機嫌な母親を見たのは本当に久しぶりで、ひかりの事もあり僕もひかりとの学校生活を送れることに幸せを感じていた。
母の作ってくれた朝食を食べ、ひかりとの約束の時間まで時間に余裕はあったが、早く会いたいという想いばかりが先走り、慌てて家からでた。
駅の前に着き、ひかりの姿を探したがやっぱり三十分も早く来てしまったこともあり、周りには人の姿もあまり無かった。
十分ほどすると、仕事に行く為この駅を利用する背広に身を包んだ人の姿が増えてきた。
不意に後ろから何かが肩を叩いていたことに気づいた。
ひかりだと思い、すぐ後ろを振り返るとそこには昨日の疲れた表情ではなく、嬉しそうに微笑むひかりの姿があった。
「おはよう。ひかり。逢いたかった。」
不意にそんな言葉が口から零れ落ちてしまった。
頬を赤くしたひかりを見て、僕の顔はもっと赤くなっているんだろうなと思った。
「お、おはよう、高志君。」
動揺しながらも挨拶はきちんと返してくれた。
朝からひかりに逢える喜びからなんだろうか。
こんな恥ずかしいことを言えたのは。
僕達は何事も無かったかのように今までの思い出を語り合って学校までの道のりを過ごした。
それから、一週間という時間が過ぎた。
ひかりが東京に来るまで、ただ過ごしていた日々は変わって行った。
ひかりとは毎日放課後図書室に行き、読書をして過ごした。
ひかりといる時間はとても幸せで早く過ぎていく時間を、神様が悪戯をしているのではないかと疑ってしまうほどだった。




