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追放された冒険者四人、誰も近づかない赤字ダンジョンを引き受けました

作者: よみなぎ
掲載日:2026/10/09

《銀翼の剣》のクラン長が急死した。


前日まで元気だったため、まともな引き継ぎは何も残されていなかった。


百人を超える冒険者を抱える大手クランを急遽継いだのは、先代の息子だった。


そして新クラン長が最初に始めたのが、クランの合理化だった。


その一か月後。


私たち四人は、クラン長の執務室に呼び出された。


「単刀直入に言う。お前たちには今日限りでクランを抜けてもらう」


「……私たちが、ですか?」


「ああ」


クラン長が一枚の紙を差し出した。


そこには、私たちの昨年度の収支が記されていた。


依頼報酬、討伐報酬、素材売却。


収入――金貨四百二十枚。


対して、四人分の給与、装備、消耗品、移動費など。


支出――金貨六百十枚。


差し引き、金貨百九十枚の赤字。


「去年だけじゃない。一昨年も、その前年も赤字だ」


三年連続。


私は何も言えなかった。


自分たちが大して稼いでいないことは知っていた。


でも、ここまでとは思っていなかった。


「先代はなぜかお前たちの班を残していた。だが、理由を知る者はいない」


急死だった。


聞こうにも、もう本人はいない。


「俺は百人以上を食わせなければならない。理由の分からない赤字を、先代が続けていたというだけで残すことはできない」


正論だった。


金貨百九十枚。


新人冒険者なら何人も雇える金額だ。


「退職金と今月分の給与は規定通り支払う。長い間、ご苦労だった」


「……分かりました」


こうして私たち四人は、五年間所属した《銀翼の剣》を追放された。


少なくともこのときの私は。


その判断が間違っているとは思わなかった。


◇


翌日、私たち四人は冒険者ギルドにいた。


「さて。無職になったな」


カーラの言葉に、ミナが机へ突っ伏した。


「なったねえ。次どうする?」


一人ずつなら雇ってくれるクランはあるかもしれない。でも私たちは五年間、この四人でやってきた。できることなら、このまま一緒に働きたい。


依頼掲示板を眺めていたリリィが、一枚の紙を指さした。


《灰石の迷宮・管理者募集》


王都から徒歩半日。全六層。危険度は低く、出現する魔物も弱い。採れる素材も安物ばかり。


そして一番下には、人気がない理由がはっきり書かれていた。


《過去三年間の平均収支――赤字》


「赤字じゃないですか」


「だから残ってるんでしょ」


管理者になれば、迷宮内の素材を自由に採取して売却できる。その代わり、魔物の間引きや通路の維持、安全確認も自分たちで行う。


儲かる迷宮なら、とっくに誰かが取っている。


「まあ、見るだけ見てみるか」


カーラの一言で、翌朝、私たちは灰石の迷宮へ向かった。


◇


そして昼には結論が出た。


「赤字だね」


「赤字ですね」


何もない。本当に何もない。


弱い魔物から採れる安い素材。どこにでもある鉱石や苔。ミナが隠し通路まで探したが、宝箱も希少素材もなかった。


最下層で昼食を取りながら、リリィが採取袋を確認する。


「全部売っても、四人分の宿代くらいですね」


「食事は?」


「抜きです」


駄目じゃないか。


私は採取袋の中にあった、灰色スライムの粘液を持ち上げた。


「これって何に使うんですか?」


「革用の防水剤ですね。水分を飛ばして濃縮すれば使えます」


「じゃあ、私の乾燥魔法でも?」


試してみると、あっさりできた。


「加工済みなら、いくらになります?」


「そのまま売るより、ずっと高いですよ」


私は少し考えてから、他の素材についてもリリィに聞いた。


どれも高価なものではない。ただ、簡単な加工や選別をすれば、そのまま売るより値段が上がるものが多かった。


紙を取り出し、今日採れた量と加工後の値段を書いていく。


四人分の食費。消耗品。管理費。


計算して、もう一度計算した。


「……黒字になります」


「本当に?」


「少しだけ。でも四人なら暮らせます」


希少素材なんて一つもない。


ただ、普通の冒険者なら捨てるような安物を拾って、少し手を加えて、全部売る。


それだけだった。


「本当に売れるか、試してみません?」


◇


売れた。


しかも店の主人から、こう聞かれた。


「これ、次も持ってきてくれるか?」


「こんな安い素材を?」


「安いから困るんだよ。わざわざ採りに行く冒険者がいないから、必要なのに入荷が安定しない」


他の素材を持ち込んだ店でも、似たような反応だった。


帰り道で、私はようやく分かった。


「この迷宮、価値がないんじゃない」


「どういうこと?」


「一つ一つの価値が小さすぎるんだよ」


普通の冒険者なら、安い素材を集める時間でもっと強い魔物を倒した方がいい。大手クランなら、なおさらだ。


でも私たちは四人しかいない。


四人が暮らせるだけ稼げれば、それでいい。


「管理者、申し込みましょう」


誰も反対しなかった。


その日のうちに、私たちは灰石の迷宮の管理者になった。


◇


管理を始めてすぐ、冒険者だったころとの違いにも気づいた。


「今日はこれ以上採らないでください」


リリィに止められ、私は首を傾げた。


「まだ採れますよ?」


「来月もここで稼ぐんですよ?」


それで分かった。


私たちはもう、一度攻略して帰る冒険者ではない。


今日たくさん持ち帰ることより、来月も同じだけ採れることの方が大切なのだ。


魔物は増えすぎた分だけ間引く。素材は採り尽くさない。危険な場所を補修し、迷宮の変化を記録する。


一か月目、黒字。


二か月目も黒字。


三か月目も黒字。


大儲けではない。それでも四人分の生活費を払い、装備を整備して、少し貯金できるくらいにはなった。


そして三か月目のある朝。


「すみません。ここ、入ってもいいですか?」


迷宮の入口に、まだ新品同然の革鎧を着た三人組が立っていた。


「いいですよ。ただ、今日は第一層だけにしてください。第二層から少し危険になります」


「はい!」


嬉しそうに入っていく三人を見送りながら、私は気づいた。


弱いから儲からない。


でも、弱いからこそ新人でも入れる。


私たちは入口に地図を置き、危険な場所を示し、安全な休憩場所を作った。希望する新人には、安い料金で迷宮の歩き方も教えることにした。


さらに新人が持ち帰った素材を、その場で私たちが買い取った。


新人はすぐに現金を得られる。私たちは採取する手間が減る。加工して店へ売れば、少しだけ利益が残る。


新人冒険者が増え、素材の納品量も安定した。


半年後。


視察に来たギルド職員が、帳簿を見て目を丸くした。


「……黒字ですね」


「黒字です」


「かなり儲かっています?」


「いえ。少しだけです」


でも、それで十分だった。


一か月目も、二か月目も、半年目も黒字。


誰も欲しがらなかった赤字ダンジョンは、私たち四人が暮らしていける、小さくて安定した仕事場になった。


「正式に管理契約を更新します。今後もよろしくお願いします」


「はい。よろしくお願いします」


こうして私たちは、追放されて半年。


誰も近づかなかった赤字ダンジョンの、黒字管理人になった。


◇


灰石の迷宮の管理契約を更新するため、久しぶりに冒険者ギルドを訪れた日のことだった。


手続きを待っていると、聞き覚えのあるクラン名が耳に入った。


「《銀翼の剣》、ずいぶん儲かってるらしいな」


近くにいた冒険者たちが話している。


「新しいクラン長になってから、赤字仕事を片っ端から整理したんだろ?」


「高難度迷宮と大口依頼に人を集中させたらしい。先月なんて過去最高益だってさ」


ミナが私を見る。


「成功してるんだ」


「みたいですね」


驚きはしたけれど、不思議ではなかった。


私たち四人を追放しただけでも、年間金貨百九十枚の赤字が消える。


同じような仕事をいくつも整理したのなら、利益が増えるのは当然だ。


「やっぱり、あの判断は正しかったのかな」


ミナが言った。


私は少し考えてから答えた。


「少なくとも、《銀翼の剣》にとってはそうだったんじゃない?」


私たちは私たちで食べていけている。


《銀翼の剣》も以前より儲かっている。


それなら、悪いことは何もない。


そう思っていた。


◇


それから二か月ほど経ったころ。


灰石の迷宮へ、ギルド職員が定期確認にやってきた。


いつものように帳簿を渡すと、職員さんは確認しながら言った。


「最近、低級迷宮の管理を引き受けてくれる人が減っていましてね」


「人気ないですからね」


「ええ。以前は《銀翼の剣》がかなり受け持ってくれていたんですが」


私は顔を上げた。


「私たち以外にも?」


「もちろんです。街道沿いの巡回、小型魔物の間引き、低級迷宮の確認……あそこは大手ですから、かなり広い範囲を」


知らなかった。


私たちは自分たちの仕事しか見ていなかった。


「今は?」


「ほとんど撤退しました。採算が合わないそうです」


「それは……そうでしょうね」


私たちだって、やり方を変えてようやく黒字になったのだ。


普通に依頼として受ければ、赤字になる仕事は多い。


職員さんは帳簿を閉じた。


「仕方ありません。依頼を受けるかどうかは冒険者の自由ですから」


それだけ言って、話は終わった。


◇


さらに一か月後。


私たちは素材の納品を終え、冒険者ギルドへ寄っていた。


そのとき。


「どういうことだ!」


大きな声が響いた。


振り向く。


《銀翼の剣》の新クラン長だった。


追放された日以来、初めて見る。


「北部迷宮の攻略依頼だ! なぜ他のクランが先に準備を始めている!」


受付の職員が淡々と答える。


「依頼は昨日、掲示板に公開しております」


「そんなことは分かっている! なぜ事前に話がなかったと聞いている!」


ギルドの中が静かになった。


私たちも思わず足を止める。


「以前なら、大型依頼はこちらへ先に相談があったはずだ!」


「今回は一般公募となっております」


「だから、なぜだ!」


奥から支部長が出てきた。


「俺が話そう」


新クラン長が支部長を見る。


「最近ずっとだ。大型護衛も、新迷宮も、貴族からの討伐依頼も! 以前は《銀翼の剣》へ事前に話が来ていた。それが突然なくなった!」


「そうだな」


「理由を聞かせてもらおう」


支部長はあっさり答えた。


「お前のところを、他のクランと同じように扱うことにした」


「……何?」


「だから全部、平等にしたんだよ」


新クラン長の顔から怒りが消えた。


代わりに、困惑が浮かぶ。


「……平等?」


「続きはここでする話じゃない。来い」


支部長はそれだけ言うと、奥の廊下へ向かった。


◇


支部長室へ入ると、新クラン長は勧められた椅子にも座らなかった。


「説明してください。平等とは、どういう意味です?」


「言葉通りだよ。依頼は他のクランと同じ時期に知らせる。新しい迷宮の情報も一般公開まで渡さない。貴族や商会から相談があれば、条件に合うクランを公平に紹介する」


「待ってください。以前は違ったでしょう」


「違ったな」


支部長はあっさり認めた。


「先代のころは、大型依頼が来れば《銀翼の剣》へ先に相談することがあった。新しい迷宮が見つかれば、公開前に話を通すこともあった」


「なら、なぜそれをやめたんです?」


「信用がなくなったからだ」


「俺は何か問題を起こしましたか?」


「起こしてない」


「依頼に失敗しましたか?」


「してない」


「では、なぜ信用がなくなる!」


支部長は少し黙ってから言った。


「お前、親父さんがどんな仕事を受けていたか、全部調べたか?」


「当然です。だからこそ、採算の合わない仕事を整理しました」


「低級迷宮の巡回。街道の小型魔物の間引き。安い護衛。新人向けの仕事。全部切ったな」


「赤字でしたから」


「そうだ。赤字だった」


あっさり肯定され、新クラン長は言葉に詰まった。


「じゃあ何が悪いんです?」


「悪くないよ。依頼を受けるかどうかは自由だ。赤字仕事を断ったからって処罰する規則はない」


「なら――」


「ただな。先代は、ギルドが困る仕事をずっと拾ってくれていた」


誰も行きたがらない低級迷宮。報酬の安い街道巡回。放っておけば困るが、受けても大して儲からない仕事。


《銀翼の剣》は、そういう仕事を長年引き受けてきた。


「その見返りに、大型依頼を優先していた?」


「違う」


支部長は即座に否定した。


「そんな契約はない」


「では、なぜ?」


「信用だよ」


支部長は言った。


「こっちが困ったときに動いてくれる。いざというとき頼れる。それを何十年も続けてきた。だったら大きな仕事が来たとき、こっちだって最初に相談したくなる。それだけだ」


「……」


「新しい迷宮が見つかった。早く攻略してほしい。だったら、長年付き合いがあって信用できるクランに早めに話をする。急ぎの護衛を頼まれた。だったら、まず予定を確認する」


支部長はそこで、もう一つ付け加えた。


「あとは、いわゆる美味しい依頼だ」


「美味しい依頼?」


「どこの大手クランがやっても成功する。危険も少ない。それなのに報酬は大きい。そういう依頼だよ」


実力のある大手クランなら、どこへ任せても構わない。


だからこそ。


「そんなもの、今後も付き合いを続けたい相手に最優先で回すに決まってるだろ?」


新クラン長は黙った。


「こっちが困ったとき、採算の悪い仕事でも引き受けてくれる。長年そうして付き合ってきた相手だ。だったら向こうが喜ぶ仕事が来たときには、こっちだって最初に声をかける」


「……そんな話は、聞いていない」


「だろうな。親父さんは急死した」


「なら、言ってくれればよかった!」


支部長の眉が動いた。


「何を?」


「赤字依頼を引き受けることに、そんな意味があると! それを知っていれば、俺だって全部は切らなかった!」


「言えるか、ボケ!」


支部長の声が部屋に響いた。


「冒険者ギルドは、建前上すべての冒険者とクランを平等に扱うんだぞ! 『赤字仕事を引き受けてくれたら、お前のところには儲かる仕事を先に回します』なんて言えるわけないだろうが!」


「ですが、実際には――」


「だから暗黙なんだよ!」


支部長は大きく息を吐いた。


「先代は分かってた。俺たちも分かってた。契約なんてない。約束もない。ただ何十年も付き合って、その関係ができていた」


新クラン長は何も言わなかった。


就任して最初に見た帳簿を思い出す。


低級迷宮の巡回。


街道警備。


小型魔物討伐。


そして、エルナたち四人の班。


年間収入、金貨四百二十枚。


年間支出、金貨六百十枚。


赤字、金貨百九十枚。


切った。


全部、切った。


その結果、利益は大きく増えた。


自分の改革は成功した。


そう思っていた。


「……処罰なんですか?」


ようやく出た言葉に、支部長は首を振った。


「違う」


「では、元に戻してください」


「それも違う」


「なぜです!」


「信用ってのは、契約じゃないからだよ」


新クラン長が息を呑んだ。


「お前が赤字仕事を受けなきゃならない規則がないのと同じだ。俺たちにも、《銀翼の剣》へ先に話を持っていかなきゃならない規則はない」


「……」


「勘違いするな。クラン等級は下げない。依頼を受ける資格もそのままだ。罰金もない。何の処分もしていない」


支部長は淡々と続ける。


「大型依頼が欲しければ、掲示板に出てから応募すればいい。新迷宮も、一般公開されてから準備すればいい。他のクランと同じようにな」


それは本当に、何の処罰でもなかった。


「お前は採算の合わない仕事を切った。それで利益を増やした。経営者として間違っているとは言わん」


「……」


「ただ、お前はその付き合いをやめたんだ」


支部長は新クラン長をまっすぐ見た。


「だから俺たちも、それまで通りの付き合いを続ける理由がなくなった。それだけだ」


新クラン長は答えられなかった。


自分が切ったものは、帳簿には赤字と書かれていた。


けれど、その赤字が何を買っていたのか。


帳簿には、どこにも書かれていなかった。


◇


それから数か月後。


《銀翼の剣》のクラン長は、帳簿を前に頭を抱えていた。


赤字仕事を切ったことで、支出は確かに減っている。だが、大型護衛を他のクランに取られ、新迷宮では準備に出遅れ、報酬の大きな依頼も回ってこなくなった。


改革直後には過去最高を記録した利益も、今では改革前を下回っている。


赤字は消えた。


ただ、その赤字と一緒に消したものの方が大きかった。


◇


「エルナさん。新しい迷宮の管理をお願いできませんか?」


灰石の迷宮を黒字にしてから半年。ギルド職員が一枚の依頼書を差し出してきた。


《青苔の洞穴・管理者募集》


そして一番下には、


《過去二年間の平均収支――赤字》


私は思わず笑った。


「また赤字じゃないですか」


「だから、あなたたちにお願いするんです」


仲間たちを見る。


三人とも笑っていた。


「じゃあ、まずは見に行きましょうか」


誰にも必要とされない赤字ダンジョン。


今の私たちには、それが少しだけ楽しみに見えた。


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