裏切り者の奏鳴曲ソナタ)
掲載日:2026/07/23
「これは、遠い未来の少しだけ奇妙な日常のお話。」
執筆のきっかけ・一言のつぶやき
「真夜中のコーヒータイムに思いついた、短いお話です。」
自分から去ったのだから、裏切られたのは自分の方だと彼女は本気で信じている。
静まり返った部屋に、カチ、カチ、とメトロノームの重い音が響き始める。頼んだ覚えのないはずのテンポで、勝手に針が揺れ動いていた。
カタ……カタタ……
足元のペダルが、誰も踏んでいないのに深く沈み込む。と同時に、鍵盤の上に転がっていた枯れ枝のような指が、生き生きと跳ねるようにひとりでに鍵盤を叩き始めた。
不協和音のソナタが鳴り響く。
「……来てくれたのね」
彼女が愛おしそうに微笑んだ瞬間、暗闇の中から残りの九本の指が這い出し、彼女の首元へとなだれ込んでいった。
【了】
残された側」の歪んだ被害者意識と怪異の不気味さを対比させたショートホラーです。鍵盤を叩く一本の指から「十本の指」の全体像へと繋げ、一瞬の恐怖と絶望感を凝縮させました。彼女にとってその結末が望んだ救いだったのかは、闇の中です。




