第九話 いってこい、金の卵
セリってのは、もっとこう、静かなもんだと思っていた。
美術館みたいに、みんなが無言で頷き合いながら、たまに「ほう」とか言う感じの。
実際は全然違った。
「はい百! 百! 百十! 百十ありがとうございます! その先どうですか! 百十、百十、百十――!」
めちゃくちゃ声がでかい。
会場の中央で競り人が早口で値を刻み、その周囲で人間たちが、手を上げたり、首を振ったり、資料をめくったり、電卓を叩いたりしている。
しかも全員、顔が怖い。
笑ってても怖い。
無表情だともっと怖い。
そんな中、俺は桜井牧場のブースで、四頭の一歳馬を並べてブラッシングしていた。
ブラシで毛並みを整えながら、最後の仕上げをしている。
「朔ー、まだ? もう一回首のとこブラシして」
「私、お腹すいたんだけど。セリってご飯付きじゃないの?」
「ねえねえ、さっき通った人、私のこと見て『歩様いい』って言った! 歩様いいって何!? 褒めてる!?」
「朔、あっちの牧場の子、めっちゃキラキラしてる。あのオイルどこのやつ?」
元気だな、お前ら。
「順番にやるから待て待て」
俺はブラシを持って、一頭ずつ丁寧に毛並みを整えていく。
昨日の夜もやったし、今朝もやった。
でも、直前の仕上げは大事だ。
“見た目が良いと売れるからだ”
この世界、まず見た目が大事らしい。
人間と同じだな。
ここまで来たらもうやれること全部やるしかない。
「よし、首元よし。背中よし。尻もよし。脚元……も、よし」
「ふふん。私、今日かなり美人じゃない?」
「元から可愛いけどな」
「え、なに、急に口説いてる?」
「違う違う、営業トークだ」
「営業トークならなお悪くない?朔モテないでしょ?」
馬に言われた。
一歳馬に。
なんなんだこいつらは。
「朔、俺いくらくらいで売れる?」
栗毛の牡馬が聞いてきた。
「知らん。そもそも売れたら上出来」
「え、安っ」
「いや、お前らは普通それくらいなんだよ」
隣の牝馬が言う。
「ゴールドファームの馬とかさー、数千万とかってさっき言ってたよー」
「そうそう。『僕、最低でも1億だってー』って言ってる奴もいた」
……。
お前ら、そういう話を俺の前でしないでくれないか。
地味に傷つく。
「まあ安心しろ」
俺は最後にブラシを大きく振り下ろす。
「今日の俺のブラッシングは、最高傑作だ」
「おー」
「自信満々」
「それで値段上がる?」
「たぶん」
根拠はない。
でも、俺にできるのはこれくらいだ。
「よし」
四頭を見回す。
「いってこい、金の卵」
「卵じゃないけど」
「俺たち馬だけど」
「まあいいや」
……お前ら、ちょっとは感動しろ。
◇
「一頭目、入ります」
スタッフの声。
最初の仔馬がリングへ引かれていく。
「朔ー、いってくるー」
「お前声でかい」
周りの人間には聞こえてないけどな。
リングの中央で、競りが始まる。
「さあ、桜井牧場、鹿毛の牡馬!父〇〇!母××!スタート、五十万円!」
すぐに札が上がる。
「七十!」
「八十!」
「……」
いやいやいや。
ちょっと待て。
ゲームだとさ、ここでガンガン上がるけどさ。
現実だとこんなもんなの?
結局。
「百十万円!」
トン。
ハンマーが鳴る。
「落札!」
……百十万。
金銭感覚おかしくなりそうだ。
「ひゃくじゅうまんえん?」
「そうだな」
「それって、ご飯何回分?」
「知らんけど、たぶん一生分よりは多い」
「すごーい」
こいつは、どこ行っても元気にやれそうだな、とちょっと思う。
正直、売れただけでもすごい。
中小牧場だと売れ残ることも普通にあると聞いた。
二頭目は、小柄な牝馬だ。
痒いところ評論家の一頭である。
「ねえ、朔」
「ん?」
「さっきの子、百十万だったじゃん」
「だったな」
「じゃあ私は百二十くらい?」
「その自信どこから来るんだ」
「可愛さ」
「……たしかに可愛いけど」
こいつはリングに入ると、さっきまでの軽口が嘘みたいにしゃんと歩いた。
「おい、あいつ猫かぶってるぞ」
「外面は大事だから」
馬も外面って概念あるんだな。
競り人の声がまた飛ぶ。
「百! 百! 百十! 百十! はいありがとうございます! 百十で……百十、百十、百十――!」
110万円。
二頭目も無事に売れた。
同額だ。
桜井牧場、連続百十万。
なんか福袋みたいな売れ方だな。
戻ってきた二頭目が、ふふんと鼻を鳴らす。
「どう? 百二十いかなかったけど、ほぼ誤差だよね?」
「十万は誤差じゃねぇだろ」
「女子に値段の話するなんて最低」
「お前が先にしたんだろうが」
でもまあ、元気である。
いい。
送り出す側としては、それが一番助かる。
三頭目。
こいつは『イケメンな馬がいっぱいいるところに行きたい』っていってた栗毛の牝馬。
「おじさんたちがまたお尻見てる」
「だからそういう仕事なんだって」
「百五十!」
「百八十!」
「二百!」
お、上がる。
「二百五!」
トン。
「二百五万円!」
おおー。
「朔ー、私お高い女?」
「だいたい、こいつら二人分」
「やったー」
「ずるーい」
「俺たち二人分なのー?」
素直に喜んでいる。
そして。
四頭目。
最後の一頭。
こいつは先日、『福利厚生は?』とか『走るのが仕事だし』とか言ってた賢い芦毛の牡馬。
「……朔」
「ん?」
「変なとこ行ったら呪うからな」
「お前、呪えるの?」
「気持ちの問題」
「そうかよ」
俺は首筋をぽんと叩いた。
「大丈夫だ。お前、口は悪いけど顔はいいし、脚も素直だし、わりと賢い。たぶん、見る人が見ればちゃんと良い馬だってわかる」
「お前、今、“わりと”って言った?」
「言ってない言ってない」
言った。
だが今はそれどころではない。
係の人に引き渡され、リングへ入っていった。
「スタート、同じく五十!」
ここまでは同じだったが、会場が大きくざわついた。
え、なんで?
通路の先、買い手たちの席に視線を向けると、何人かが札を上げている。
その中に――見覚えのある、やたら良いスーツの爺さんがいた。
あ、天山さんだ。
「二百」
会場がざわつく。
そのざわつきに引っ張られるように、さらに値が伸びる。
「三百!」
「四百!」
怖い怖い。
「……五百万」
「六百!」
そして。
「六百三十!」
トン。
「六百三十万円! 落札!」
……。
……え?
……えー。
「朔ー」
芦毛がリングから戻ってくる。
「俺、高い?」
「……めちゃくちゃ高い」
「マジ?」
「マジ」
上位10頭とかには入らないらしいけど。
それでも。
中小牧場にとっては。
すっごい高値だ。
「……ふふん、牧場に残ったアイツも朔も俺がなぎ倒してやるからな?」
「お前、ここまで育ててもらった恩とかないの?」
残りの三匹が集まってワイワイ言っている。
「630万ってすごいの!?ご飯何回分!?」
「ちょっと!そっちの牧場にイケメンいたら紹介してよね!!」
「広いところだといいねー」
こいつらの声聞いてると、感動すらできん。
◇
帰り際。
天山さんが近づいてきた。
「良い馬だった」
「ありがとうございます」
「大事にする」
短い言葉だったが、妙に安心できる声だった。
爺さんが横で言った。
「さて」
「ん?」
「今年の餌代はなんとかなる」
……。
……。
……夢がない。
「でもまあ、今夜くらいは美味いもの食うか」
「じゃあ、爺さん。寿司取ろう」
「またか」
爺さんは少しだけ笑った。
牧場の未来は、まだまだこれからだ。




