第七話 手ぇ上げて
「はい、というわけで、うちに残って爺さん名義になりたい馬、手ぇ上げて」
素直に馬たちに聞いてみることにした。
「……朔、俺たち馬だから、手ぇあげられなーい」
一番手前の鹿毛の仔が、心底呆れたような声を出した。
いや、そこはさ……こう、ね?
一番奥の馬房にいた栗毛の仔馬が、鼻を鳴らしながら言った。
「ぶっちゃけさ、どっちでもいいかなー」
え、そうなの?
「あたしも、どっちでもいいかなー。もっとイケメンな馬がいっぱいいるところに行きたいし」
別の牝馬が、夢見るような目をして言った。
「というかさ、ぶっちゃけ、うちに残るメリットって何? 飯の質が上がるとか、放牧地が三倍になるとか、そういう福利厚生の拡充はあるわけ?」
別の仔馬が冷ややかに聞いてくる。……一歳児のくせに、なんて世知辛いんだ。
「えー……。飯は、まあ、今まで通りだ。放牧地も、現状維持だな。ただ、俺の愛情がたっぷり付いてくる」
「いらねー」
「即答かよ」
おい、意外とドライだな!
「貰われてった先が、ここよりご飯美味しいなら、そっち行くー」
「僕もー。広い放牧地があるなら、どこでもいいかな」
「俺はさ、ゴールドファームとか、あそこらへんの高級な牧草、一回食べてみたいんだよね」
「わかるー。あそこの仔たち、毛艶がキラッキラだもんね。セレブだよねー」
仔馬たちは、まるで卒業後の進路を相談する高校生のようなノリで喋り始めた。
なんだよ、もっとこう「朔と離れたくない!」とか「桜井牧場の魂を継ぐのは僕だ!」みたいな熱い展開はないのか。
「……お前ら、意外とドライだな。俺、ちょっと傷ついたぞ」
「そんなこと言われてもさ。俺たち、走るのが仕事でしょ?だったら、より良い設備、より良い環境を目指すのは当然じゃない」
「でもさー……」
と、それまで黙って俺の袖をハムハムしていた小柄な牝馬が口を開いた。
「朔がいると、的確に痒いところ掻いてくれるのは捨てがたいよね」
「あ、それはわかる」
「昨日、左の肩の裏あたりをブラシでゴリゴリしてくれた時、マジで天国かと思ったわ」
「あそこのスポット、自分じゃ絶対届かないんだよねー。朔、あそこの掻き方、神がかってるよね」
……。
馬たちの間で、俺の評価が「的確に痒いところを掻く便利屋」として定着している。
「……俺の価値は、孫の手か」
思わず呟いた言葉に、自分で気づいてしまった。
「孫だけに、なんちゃって」
自分で言って、少しだけ期待して馬たちの反応を待つ。
……沈黙。
北海道の広い牧場に吹き抜ける、冷たい風の音だけが聞こえた気がした。
「……今のギャグ、どう反応すればいいの?」
「馬には高度すぎて伝わらないわ。次からは人間に向けて言いなよ。たぶん苦笑いしてくれるから」
「傷口を広げるな!」
俺は膝から崩れ落ちそうになるのを耐え、咳払いをした。
「と、とにかく!残りたい奴はいないのか?」
「……じゃあ、俺、残るー」
「お?」
声をあげたのは、昨日、天山って人が値段を付けた青鹿毛の仔馬だった。
「いいのか?お前は、昨日なんか超いい感じのオーナーが欲しがってたぞ」
「えー、うーん。じゃあ、どうしよっかなー」
おい。
「まあ、でもここにいてやるよ。全員いなくなると爺ちゃんも朔もさびしいだろ?」
馬に気遣われる俺って……
◇
作業を終え、母屋に戻り、爺さんに報告する。
「そうか。あいつは良い値段が付いたんじゃなかったか?」
「まあ、そうなんだけどさ」
爺さんはようやくこちらを向き、しわくちゃな顔を少しだけ緩めた。
「まあ、いい。お前の牧場だ。好きにしろ」
「うん、ありがとう」
まあ、俺にはもう一人報告しなきゃいけない人がいるんだけど。
「もしもし、桜井牧場です。天山さんでよろしいですか」
めっちゃドキドキしてるけど。
……これが、恋!?
「ああ、昨日の仔馬の返事かね?」
覚えててくれてよかったー。
「はい。申し訳ございませんが、あの子はうちの子にします」
「私が言ったからかね?」
即答が返ってきた。
予測されていたのかな?
「いいえ、あの子がうちの子になりたいと言ってくれたので」
せめて誠実に答える。
「…………面白い。また、どこかで話をしよう」
怖いよー、その言い回し怖いよー。
「他の子はセリに出す予定なので、よろしければ可愛がってあげてください」
「はっはっは。頑張って見た目をきれいにしてあげるといい。ではな」
ふっ。
綺麗にしろと来たか。
孫の手職人の力舐めるなよ。




