第六話 うちの牧場じゃ養いきれん
レースを見ているだけで仕事が成立するのはゲームの世界。
現実の世界では。
「ぅぅ……四時に勝手に起きる身体になってしまった」
レースを見て帰ってきたら、やっぱり朝から仕事である。
「お、戻ったか坊主」
「ストーンのおばちゃん元気だった?」
「それより腹減った。メシ、メシ!」
馬房の前に立つと、相変わらずの野次が飛んでくる。
その野次に適当に答えながら、飯と水を整え、全員の健康状態を確認する。
とは言っても大した数いねぇけど。
それが終わったらお掃除お掃除。
「おい、坊主。そこ、まだ汚れてんぞ。詰めが甘いんだよ」
背後から、生意気な声が飛んでくる。
ごめんて。
◇
お仕事の合間には、お勉強の時間だ。
餌の配合比率を勉強したり、血統を覚えたり、インブリード・アウトブリードなどなど……
あ、このノーザンダンサーの3×4のクロスってのはなんかわかる。
「……『面白い配合ですね』とか言ってくれるあの人が一番チートだったのでは?」
ピンポーン
「はーい」
ああ、あとお勉強にもやることがある。
来客の対応だ。
「……なるほど、これがストーンブレイクの全妹か。骨格は悪くない」
「でも少し繋ぎが硬いかな。ダート向きか」
彼らは一歳の仔馬たちを柵の外から眺め、歩かせ、時には触れて、品評していく。
まあ、いわゆる馬主さんとか調教師さんだったり、その代理人さんだ。
うちみたいな小さな牧場だと、ほんとたまにしか来ないけど。
ゴールドファームが近いからか、ついでにみたいに寄ってく人もいる。
「ねぇねぇ、あのおじさん、私のこと『尻が小さい』って言ってる。失礼しちゃう!」
「坊主ー、こいつら目がエローい」
「ご飯!?ご飯くれるの!?俺まだご飯貰ってないよ!!」
ご飯あげたでしょ。
うん、こいつらの言葉が聞こえてなくて本当に良かったな。
ただ、そんな中。
「君が朔くんかね?」
「あ、はい」
なんだ、このやたらと良いスーツ着た爺さん。
俺じゃなくて、馬を見ろ。馬を。
「ふむ。ああ、失礼した。私は天山と言うものでね」
「はあ」
「先日、競馬場で君が脚を注意してくれた馬の馬主、と言えばわかるかね?」
ギクリ。
「ああ、すまない。責めるわけじゃないんだ。ただ興味があってね」
「……はあ」
声が聞こえるなんて、隠すつもりもないが、言いふらすつもりもないんだが。
「うん、時折この牧場にもお邪魔させてもらおうかな。ああ、それと。あの黒鹿毛の一歳馬だが、良かったらこれくらいの値段でどうだろう」
「ありがとうございます。一日だけ検討させてください」
「わかった、良い返事を待ってるよ」
ふう、なんとか誤魔化せたようだな。
――ちなみに、この人が超大物馬主で、この人が来たってことで馬主界でうちの牧場が話題に上ったと知るのは後日の話。
にしても。
「そうだよなー。売るっつーか、他所の牧場にやる馬もいるんだもんなー」
ある意味当然のことを意識せざるを得なかった。
とりあえず、客に見られて機嫌わるくなった馬もいるから、様子見に行くかと思っていると。
「……朔」
いつの間にか、背後に爺さんが立っていた。
怖いって。
「ん?」
「そろそろ、セリの準備をしとけ」
セリ。
正確には、夏に行われる「サマーセール」や「セレクションセール」のことだ。
一歳になった馬たちが一堂に会し、競り落とされる戦場。
小さな牧場にとって、一年の収益の大半が決まる運命の日。
…………正確に言うと語弊があるんだけど、こんな感じで認識してほしい。
「え?俺が準備すんの?」
「当たり前だろ」
当たり前だったのか……
「どうせ、全員はうちでは面倒見切れん」
「まあ、それはそうなんだけど」
そんなことしたら餌代で破産してしまう。
とは言っても、先日のストーンの勝利でちょっと潤っているのだが。
特上寿司を爺さんと奪い合いながら食えるくらいには潤った。
「……もし、お前が」
やべ、寿司のこと思い出してたら、爺さん、なんか真面目な顔してる。
「コイツだけはうちで走らせたいってのを、自分の目で見極められるなら――最初から一頭だけ、選べ」
「え?」
えー。
「今までに来た客の目を信じてもいい。勉強した知識を信じてもいい。でも、お前が決めろ」
うーん。
あれだ。
仔馬に◎とかつけてくれるあの人たち。今、超欲しい。
誰の印見たらいいか、いつも忘れるんだけど。
「全員残したいなら、まずこの牧場をでかくしろ。そうすれば好きなだけ抱え込める」
「そうなんだけどさぁ……」
放牧地では、仔馬たちがまだ元気に駆け回っている。
「ねーねー、朔ー!遊ぼうよ!」
「今日の晩御飯、何?」
「あいつが僕の分の草取ったー!」
とりあえず悩んでるほど暇じゃないので、仕事の続きに向かう。
「さて、どうやって選ぼうか?」
誰か攻略サイト作っておいて欲しい。
現実の。




