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第四話 やっぱり聞こえるのは俺だけらしい

 さらにしばらく経った頃。


 牧場の生活は、慣れたと言えば慣れた。


 慣れた、と言っても、毎朝「もう少し寝たい」と思う気持ちが消えたわけじゃない。

 ただ、身体が勝手に動くようになっただけだ。


 草を運ぶ腕も、掃除をする腰も、馬体を触る手つきも、最初よりは様になってきたらしい。


 少なくとも――馬たちからの文句は減った。


「坊主、今日のブラシは合格」


「昨日よりマシ」


「水、ぬるくない。よし」


 褒め方が独特すぎるが、まあいい。


「朔」


 厩舎の外で、爺さんが俺を呼んだ。


 今日の爺さんは、いつもより機嫌がいい――ように見える。


 表情は相変わらず渋いのだが、歩く速度が少し軽い。


「何?」


「ストーンブレイクがレースに出る」


「ああ、アイツ」


 うちの牧場にいる数少ない現役馬の一頭で、俺がここに来た時からずっと「態度がデカい」馬だ。


 先月くらいに馬運車で運ばれて行った。


 その時は「あー!!またダイエットさせられるー!!」とか喚いていた。


 そのストーンブレイクが、来週のレースに出るらしい。


 爺さんが言った。


「見ておけ」


「え?」


「お前は牧場主代理だ。書類上は俺だが、実質はお前だ。現場を知らんと話にならん」


「はい……」


「あと」


 爺さんは俺をじろりと見る。


「うちの馬が走るところを、お前はちゃんと見たことがないだろ」


「……ない」


「なら、見ろ。牧場主なら、自分の馬の走りくらい、目に焼き付けとけ」


 その一言で、俺は送り出された。


 競馬場かー。


 札幌住んでる時も一回も行かなかったんだよなー。



 爺さんに町まで送ってもらって、そこからバスで札幌へ。


 懐かしの大学に足を向ける暇もなく、さらに乗り継いで競馬場へ。


 静内の空とは違う、都会の空。ビルと人と車の音。


 こないだまで住んでいたはずなのに、懐かしく感じてしまった。


 競馬場は思ったより大きい。


 玄関おっきいなー、意外と子どもとかもいるんだなーと思いながら、看板を見つつ歩く。


 パドックへ向かうと、円形の歩道の内側に、馬たちが順番に歩いていた。


「うわ……」


 思わず声が出る。


 ゲームで何度も見た光景が、目の前にある。


 黒鹿毛、鹿毛、栗毛。毛色も雰囲気も、それぞれ違う。


 そして――


「いやー、今日は人多いなー」

「腹減った」

「芝、昨日より硬くね?」

「腹減った」

「ようよう、ねえちゃん。いいケツしてんじゃん」

「あ!おーい!おっちゃん!見ってるー!?」

「お前、緊張してんの?」

「してねーし」


 馬たちうっせぇ!!


 うちの牧場とゴールドファームの馬だけじゃない。


 他の馬も、喋っている。


 しかも、普通に。


 それなのに、周りの人間は誰も気にしていない。


 俺は口を半開きのまま、パドックを見回した。


 みんな普通に「おー、いい馬体だね」とか「落ち着いてるな」とか話している。


 でも。


 誰も、馬の会話に反応していない。


 笑っている人がいても、それは馬の会話に笑ってるわけじゃない。


 ただ、なんとなくの雰囲気とか、仲の良さそうな仕草とかを見て、勝手に解釈しているだけだ。


 俺は小さく息を吐いた。


 正直、馬のプロには聞こえる人が意外といたりするのなーとか、ちょっとだけ思ってた。


 なんかプロの馬券師の人とかいたりしないかなー。


「きみが桜井朔くんでいいかな?」


 そんなことを考えていると、壮年の男性に話しかけられた。


「あ、はい。あ、もしかして貴方が」


「うん、調教師の岡部だ。よろしくね。いやー、若いねぇ」


 岡部さん。


 爺さんがあらかじめ連絡しておいてくれたという、ストーンの調教師さんだ。


「こちらから探すべきところ申し訳ありません。本日はよろしくお願いいたします」


 慌てて頭を下げる。


 パドックをぼんやり見てる場合じゃなかった。


「まだ待ち合わせ時間じゃないから気にしなくてもいいよ」


 にこやかに許してくれる。


 いい人そうで良かった。


「これがパドックって言ってね。この後、鞍を着けに行くから一緒においで」


「はい」


 素直に従って、謎の通路を通って、馬たちがぞろぞろいるところに辿り着く。


 その時、視界の端で、ひときわ態度のデカい馬が歩いていた。


 ストーンブレイクだ。


 馬体が光っている。


 ……うちで見た時より、なんか輝いて見えるのは、場所が違うせいか。


 ストーンは、当然のように他の馬に話しかけていた。


 大人しくしてろよ。


 相手の馬――ゼッケンが見える。8番。


「よー、元気ないじゃん」


 ストーンの声に8番の馬が、だるそうに返す。


「いやー、なんか左脚嫌な感じでさー。走りたくないんだよねー」


 えー、なんかやな感じの会話してるー。


「ははは、なんかこの二頭話してるみたいですね」


 二頭の周囲で、関係者らしき人が笑っている。


「何回か顔合わせてますからねー」

「仲いいんでしょうか」

「がんばってほしいですねー」


 ――聞こえてない。


 えー、なんか脚嫌だって言ってますよー。


 そこでストーンが俺に気が付いたらしく、当然のように俺に声を投げてくる。


「おーい、朔」


 そのままポコポコ走り寄ってくる。


 隣の岡部さんは喜んでいる。


「お、この子、朔くんのことがわかるんですね。いやー、牧場でよく世話してたんですね」


 違うんです。


 コイツは牧場を出る日まで俺の世話に文句言ってました。


「おう、ストーン。見に来たぞ」


 とりあえず、ストーンに返事する。


「さっきの馬、見た?」


「8番の?」


「そう、あのやる気のない顔の馬」


「いや、やる気は分からん」


 さすがに顔からそこまでわからんて。


「とにかくあの子」


 ストーンは鼻を鳴らし、少しだけ声を落とした。


「あの子がね、左脚がなんか嫌な感じで走りたくないんだってさ」


「聞こえてたけど、馬的にそういうのあるんだな」


「あるよ。あるある。言葉にしにくいけど、嫌な感じ」


 ストーンは、ちらりと俺を見る。


「だからさ、言ってあげてよ」


「……え?」


「だからー、走りたくないって言ってたって」


 当たり前みたいに言うな。


「えーと」


「何さ」


「……言ってみる」


 たぶん無駄だろうな、と思いながら。


 周りには関係者っぽい人がいる。騎手っぽい人がいる。みんな忙しそうにしている。


 隣で岡部さんが急に馬と話してる――風に見える俺を不思議そうに見ている。


「どうしたんだい?朔くん」


「えーと」


 なんて言おうかな。


「えっと、あの8番の馬の関係者の人って、あそこにいる人たちでいいです?」


「うん?うん、調教師と騎手だね」


「ちょっとだけ失礼します」


 詳細を話すと、岡部さんにも迷惑がいきそうなので、直接話に行ってみる。


「あのー」


 声をかけると、調教師さんらしき人が振り向いた。


 腕組みして、俺を上から下まで見てくる。


「なんだね?」


 俺は唾を飲み込み、できるだけ普通の声を出した。


「8番の馬、なんか脚に違和感あるみたいです」


 その人は、じろりと俺を見た。


「ん-?そもそも、誰だね、君は」


「あ、ストーンブレイクの牧場主代理です」


「ふん」


 鼻で笑われる。


「君みたいな若造に何がわかるというのかね。うちの馬を妬んでのことだろう、シッシッ」


 手で払うように追い払われる。


 ……だよなぁ。


 俺は苦笑いしながら戻る。


 戻る途中、周りの関係者が「何かあった?」みたいな顔をしたが、誰も深くは聞いてこない。


「どうだった?」


 ストーンが聞いてくる。


「聞いてもらえなかった」


「なんで!?」


 ストーンブレイクの声が、素で怒っている。


 ごめんて。


「んー、ごめん。実績のない若造がなんか言ってるくらいに思われた」


「どういうこと?」


 ストーンブレイクは本当に分からない、という声音だった。


「うーん」


 俺は少し考える。


「馬たちにはない?おっきいレース勝ってる馬とか速い馬の言うことなら、みんなある程度話聞くみたいな感じの」


「あー」


 ストーンは納得したようにうなずく。


「なるほど。『あんたほどの馬が言うなら』ってやつか」


 おお、伝わった。

 ちょっとびっくりだ。


「そんな感じ」


 ストーンはしばらく黙り込む。


 そして、ぽつりと。


「……わかった、任せろ」


「?」


「朔」


「ん?」


「見てろよ」


 ストーンの目が、いつもより少しだけ鋭くなった気がした。


 岡部さんが楽しそうに言ってくる。


「なんか、ストーンブレイクやる気だしてるね」


「見てろよって言ってます」


「ははは、それはイイね。うん期待できそうだ」


 まあ、そういうリアクションになるよね。


 むしろ“頭おかしいんか?”と言わないだけ岡部さんは優しい。


 ストーンが最後に俺を見た。


 騎手がやってきて、乗ってくれて、馬たちは引き上げていく。


「お、こいつ今日やる気ありますね」

「わかるかい?頼んだよ」


 そんな騎手さんと岡部さんの会話を俺はぼんやりと眺める。


 馬の声は、牧場でだけじゃない。


 競馬場でも、聞こえる。


 そして。


 それは、やっぱり俺にだけ、聞こえているらしい。


 ……とんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。


「ま、なんとかなるか」


 便利だし。

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