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第二話 牧場の仕事もたいへんだ


 日の光で起きる、というのは――思ったより暴力的だ。


「……うっ」


 目を開ける。


 スマホを見る。


 4時02分。


「早すぎだろ……」


 いや、違う。早すぎじゃない。


 これが普通だ。


 お馬様の生活に人間が合わせて暮らすのだ。


 大学生だった頃なら、これから寝る時間だ。

 むしろ、飲み会で記憶を失って路上で目が覚める可能性が高い時間だ。懐かしい。

 戻りたくはない。


 ――いや、戻れるなら一瞬だけ戻ってもいいかもしれない。


「朔」


 廊下から、低い声。


「起きとるな」


「……起きてる」


「なら来い」


 返事を待たずに足音が遠ざかる。


 俺は布団の中で三秒だけ葛藤し、諦めて起き上がった。


 あれから――牧場を継いでから、しばらく経った。


 最初の数日は、正直なところ「やっぱやめるって言ったら怒られるかな」と本気で考えていた。


 だが。


「基礎の“キ”から叩き込む」


 という爺さんの宣言は、本気だった。


 餌の配合。

 水の量。

 干し草の状態の見分け方。

 蹄の掃除。

 馬房の掃除。

 ブラッシング。

 馬体の触り方。

 馬の立ち位置。

 後ろに立つな。

 横から入れ。

 目を見ろ。

 息を読め。


「馬はな、人より正直者だ」


 そう言われた。


 正直、いまだに意味はよくわからない。


 でも、なんとなくわかる気もしている。



 馬房の前に立つ。


「おはよう」


「おせーぞ、坊主」


 即座に返ってくる。


 うん、やっぱり聞こえる。


 会社が潰れたショックで、頭がおかしくなったかと思った。


 試しに爺さんに言ってみたこともある。


「馬って喋らないよな?」


「何を言っとる」


 真顔だった。


 だから、馬たちの声は俺にだけ聞こえているっぽい。


 でも。


「坊主、今日の干し草、ちょっと硬いぞ」


「マジで?」


「昨日のより水分少ない」


「了解、水多めにしとくわ」


 この仕事をする上ではめっちゃ便利だからいいや。


 隣の馬房から、女…というか牝馬の声が飛んでくる。


「坊主ー。ソイツ今日は機嫌悪いから気をつけな」


「気をつけるって何を」


「そいつ、昨日夕方に草がちょっと少なかったって怒ってた」


「根に持つなよ!」


「持つ。俺は持つ。俺は食事に誠実だ」


「こいつ面倒くせぇ……」


 俺は桶を置きながらため息をつく。


 朝からうるさい。


 でも、嫌じゃない。


 爺さんは黙々と作業している。


 俺は隣で同じ作業をする。


「腰を使え」


「はい」


「力任せにやるな」


「はい」


「馬に任せろ」


「任せるってどうやるんだよ」


「感じろ」


「抽象的すぎる」


 怒鳴られはしない。


 ただ、淡々と叩き込まれる。


 叩き込まれながら、俺はふと気付く。


 体力がきつい。時間がきつい。休みがきつい。


 この生活、案外嫌いじゃない。


「坊主」


 さっきの面倒くさい馬が、また鼻を鳴らす。


「んだよ」


「その手つき、まだ素人だな」


「うるせぇな!素人だよ!」


「素人は素人らしく、もっと丁寧にやれ。俺は潔癖だ」


「馬が潔癖とか言うな!」


 ……コイツは、“ストーンブレイク”

 一応、牝馬ながら今のうちの牧場では一番強いらしく、オープン馬らしい。


 周りの馬たちも笑っている。


 実際、馬によって結構性格が違って面白い。


 ……全部俺の妄想だったら悲しいけど。



 馬たちを外に出し、午前の作業がひと段落した頃。


 牧場の入口の方から車の音がした。


 軽トラじゃない。


 もっと……主張の強いエンジン音。


「誰だ?」


 爺さんが眉をひそめる。


 道路の方を見ると、ピカピカの車が入ってきて……すぐ止まった。


 田舎の土の道が似合わないタイプの車だ。


 車が止まり、降りてきたのは――同い年くらいの男だった。


 髪が綺麗。服も綺麗。靴も綺麗。


 つまり、牧場の人間っぽくない。


 そして、そのまま歩いてくる。


 ……結構遠いんだけど。


「爺さん、アレ無視して昼飯食いに戻ったらダメかな?」


「一応待ってやれ」


 めんどくさいなー、と思いつつ、目の前に来るまで待ってみた。


「やあやあ、ここが桜井牧場かね」


 軽いテンションで言ってくる。


「どうしてこっちまで車で来なかったんだ?」


「馬鹿かね!?馬房に未だ馬がいて、驚かせたら可哀そうだろう!?」


 静かな声で怒鳴るという器用なことをしてくるが、良いやつなのかもしれない。


「これだから素人は困る。しっかりしてくれたまえ」


 俺は手にしていた軍手を外し、適当に頭を下げた。


「はあ、どうも。えっと、あんたは?」


「おっと、失礼。僕はゴールドファームの金持かねもちさ!」


「……金持って苗字、すごいな」


「よく言われるよ」


 ちょっとだけ照れくさそうだ。

 照れるところなのか?


 いや、そういう話じゃない。


「ゴールドファーム……あのおっきい牧場の」


 この辺で一番でかい牧場。


 テレビにも出る。


 何十頭も抱えてる。


「そうそう」


 金持は周りを見渡し、わざとらしく口元を歪めた。


「牧場主が変わったってことで様子を見に来たが……ふふふ、大変そうだね」


 見下したような視線。


 でも、俺は特に気にしない。


 見下されるのは事実だし。


 大変なのも事実だ。


「そっすねー」


 俺が気の抜けた返事をすると、金持は拍子抜けした顔をした。


「……君、もっと悔しがったりしないのかい?」


「悔しがるほど余裕ないっす」


「ふふ。正直だね」


 金持は、興味があるんだかないんだか分からない顔で頷く。


「ま、同世代っぽいし、がんばり給えー」


「どうも」


 そのまま、金持は車に戻っていく。


 去り際に、背を向けたまま言う。


「そのうち、僕の牧場も見に来給え。……まあ、案内してあげる暇があるかはわからないがね」


「へーい」


 車が遠ざかっていく。


 俺は、ふっと息を吐いた。


「なんだったんだ、あいつ」


 背後から、馬の声。


「うわ、あいつ感じ悪いな」


「金持って名前のくせにケチそう」


「毛並みは良さそうだったな」


「人間の毛並みってなんだ」


「坊主、ああいうのは相手にすんな」


 金持に対する馬たちの評価はイマイチらしい。


「そうか?俺は結構いいやつだと思ったけど」


 少なくとも、俺より馬への気遣いができる奴なんだなーとは思った。


 俺は、ふと爺さんを見る。


 爺さんは、金持が去った方向をしばらく見てから、俺に視線を戻した。


「アレも最近継いだらしい。気にするなよ」


「気にしてないけど」


 いや、本当に気にしてないんだ。


「……そうか」


 むしろ爺さんの方が気にしてそうだなー。



 午後の作業は午前より少しだけ慣れてきた気がする。


 身体は疲れているが、動きは止まらない。


 干し草の匂いの中で、俺は地面に座る。


 汗だく。


「なあ」


「ん?」


「俺さ、本当に牧場主になれるのかね」


「もうなってんだろ」


「肩書きだけな」


「十分だ」


「適当だなお前」


 ストーンブレイクが鼻を鳴らす。


「馬たちの声聞こえる時点で、適当じゃねえだろ」


「それはそう」


 たしかに。


 他の牧場主にできないことが、俺にはできる。


 ……たぶん。


 実は聞こえてる人結構いたりしてな。


「まあ、いいや」


 立ち上がる。


 まだ午後の作業がある。


 まだ覚えることが山ほどある。


 まだ何も始まっていない。


 でも。


 日の光の中で。


 干し草と土と汗の匂いの中で。


 馬たちの声を聞きながら。


 俺は思う。


「とりあえず、やってみるか」


「その言い方、軽いよな」


「軽いほうがいいんだよ」


「重いと走れねえしな」


「それは馬だろ」


 笑う。


 馬たちも笑ってる気がする。


 牧場生活は、想像よりずっと大変だ。


 マウスとキーボードでポチポチするよりずっと大変だ。


 でも。


 割と面白い。


 俺の現実は、今ここにある。


 都会で就職するはずだった俺が、田舎の牧場で馬と喧嘩している。


 馬と喧嘩ってなんだよ。


 でも。


 馬の声が聞こえることも。


 爺さんに基礎の「キ」から叩き込まれることも。


 なんか金持が来たりすることも。


 全部まとめて――まあ、そんなこともあるんだろう、って思えてしまう。


 ……とりあえず。


 明日もまた、日の出と共に起きる。


 俺は牧場主だ。


 まだ見習いだけど。


 それでも。


 ちゃんと、桜井牧場の牧場主だ。


更新ペースも未定ですし、金持くんが再登場するかも未定です。

というかなんで出したのか、自分でもよくわかってません。

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